季節のなかで
春
第8巻1430番 【若宮年魚麻呂】
去年の春 逢へりし君に 恋ひにてし桜の花は 迎へけらしも
去年の春あなたに出会い 恋した桜は 今年もまた あなたのために美しい花を咲かせましたよ
第8巻1432番 【大伴坂上郎女】
我が背子が 見らむ佐保道の 青柳を 手折りてだにも 見むよしもがも
あなたが 今見ている 佐保道の青柳の 手折った枝でも せめて見られたらいいのに
離れた場所に居る人が、今見ている枝を見ることは不可能ですね、愛しい人が見ている同じ風景を同じ時に見たい。
会えない時間の中でも同じ感性を共有したいと思うのが恋心でしょう。
第8巻 1452番【紀女郎】
闇ならば うべも来まさじ 梅の花 咲ける月夜に 出でまさじとや
暗闇の夜なら あなたが来なくてもわかるわ 梅の花が咲き誇る こんな良い月夜に 来てくれないなんて
夏
第8巻1500番 【大伴坂上郎女】
夏の野の 繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものそ
夏の野に ひっそりと咲いている姫百合のように 相手に伝わらない片思いの恋は 苦しいばかり
第8巻1510番【大伴家持】紀女郎へ贈った歌
なでしこは 咲きて散りぬと 人は言へど 我が標めし野の 花にあらめやも
なでしこは咲いて散ったと、恋多き女の心変わりを人々が噂してるよ まさか あなたの事ではねいよね
秋
第2巻88番 【磐姫皇后】(いわのひめのおおきさき)
秋の田の 穂の上に霧らふ 朝霞 何処の方に わが恋ひやまむ
秋の稲穂の実った田に 立つ朝霞は 何処かへ消えていくけれども 私の恋心は晴れることがないのです
第4巻488番 【額田 王女】(ぬかたのおおきみ)
君待つと我が恋ひ居れば 我がやどの簾動かし秋の風吹く
あなたを待って恋しい思いでいると(あなたが部屋へ入ってくるときのように)すだれが動いたけれどそれはただの秋の風なのね
第10巻2240番
誰そ彼と われをな問ひそ 九月の 露に濡れつつ君待つわれそ
誰だあれはと 私のことを聞かないでください 9月の露に濡れながら愛しい人を待っている私を
夕暮れ時を「たそがれ」と言いますね。この言葉の語源が誰そ彼(たれそかれ)です。
薄暗く誰かだか分明できない夕暮れは夜同様に危険な時間帯です、愛しい人を待ち切れないのでしょか
第10巻2299番
秋の夜の 月かも君は 雲隠り しましく見ねば ここだ恋しき
秋の夜の月のようね あなたは 雲に隠れるように しばらく見ないでいると こんなにも恋
冬
第2巻103番 【天武天皇】 五百重娘(鎌足の娘)に送った歌。天武天皇が大雪が降った事を自慢げに歌にして送ったもの
わが里に 大雪降れり 大原の古にし里に降らまくは後
わたしの里に大雪が降った あなたが住んでいる大原の古びた里に雪が降るのは もう少し後になるだろう
第2巻104番 【五百重娘】天武天皇への返歌 ユーモアたっぷりに応酬しています、女性らしいこまやかさを感じますね。
わが岡の おかみに言ひて 降らしめし雪の摧けし 其処に散りけむ
私がいる岡の竜神に 言い付けて降らせた雪のかけらが そちらに降ったのでしょう