11月の章 11月19日 結氷の朝

大陸の高気圧が張り出すと、放射冷却現象がおきる。
夜中から朝方にかけて、そうとう冷え込んだ翌朝 

11月19日、尾瀬沼は結氷した。

昨日まで波立っていた沼の表面は
透きとおった氷となり、燧ヶ岳を映しだす。

「尾瀬沼で透明な氷が見られることは、めったにないよ!」
少し関西弁の 隊長が教えてくれた。 

この年 我々は、幸運にも
透明な結氷の尾瀬沼にめぐり逢うことが出来た。


11.19 尾瀬沼 結氷の朝


11.21 燧ヶ岳、雲に覆われる



11.24 大江川湿原の葦も 雪に覆われてゆく


翌日から太陽は姿を隠した。

燧ヶ岳は雲に覆われ、空はどんよりと重く
一日中冷たい雪が降った。

吹雪の日は、小屋の中も暗く
閉じこめられたままで、気が重くなる。


少し気が重くなっている私に、この越冬生活で1番
気がかりな 「まかない当番」がいよいよやってくる。

「まかない当番」

この越冬期間での食事当番のことで、朝食・昼食・夕食の
3食 全員分を1週間交代で作る当番である。

なにしろ、TVもラジオも もちろん新聞もない
閉ざされた生活での1番の楽しみは食事なのだ。

料理を、まるでやったことがない私にとって、
1食や2食、自分の食べる分だけ作ればよい
というのとはワケが違い。

1週間も、しかも期待のかかる料理当番を
し続けることに、そうとう不安を抱いていた。



ここ何日かは、越冬のために購入して
山まで持って上がっていた
2冊の「料理の本」を見ては、献立を考えていたが、

見れば見るほど、“その通りに作れるのだろうか”と、
いっそう気が重くなっていった。


「えーい、何とかなるだろう」

不安をぬぐいきれないまま、
「まかない当番」 1日目の朝はやって来た。

その日は、1時間以上早く起きてストーブに火を入れる。
本を片手に、不安げな朝食の準備にかかる。


「 なんとか朝食は、できあがりそうだぞ。」
すこし形が見えてきて安心した所に

無線当番の、ウミさんが足早にやって来た。


「なかなかさーん、朝の定時交信で連絡が入りました。」

「本日、山岳写真家2名入山します。夕食お願いしますとのことです。」




11.24 まだら模様に雪が積もりはじめる


 
11.24 凍っていく尾瀬沼 沼尻桟橋から




11.24 緩やかなカーブを描きながら凍っていく 尾瀬沼
「えっ今日入山してくるの・・!?」

冬期、尾瀬は入山が禁止されており。
もちろん越冬している小屋にも泊まることは出来ない。

ここに来るには、きちんと許可を受けた特別の場合のみだ。

よりによって、その特別の場合が今日にあたったのである。


不安な「まかない当番」初日に、まさか
冬山のプロが2名追加で夕食に参加だなんて・・・

不安な上に最大のプレッシャ−までおおいかぶさってきた。


                        つづく