イヌコモチナデシコの正しい学名
Petrorhagia dubia (Rafinesque) G. Lopez & Romo 


現在、外来種のイヌコモチナデシコにはPetrorhagia nanteuilii (Burnat) P. W. Ball & Heywoodの学名が当てられている。 しかし、本種の原産地であるヨーロッパの文献等に基づいて記載並びに証拠標本を検討した結果、イヌコモチナデシコとして発表された種(長田1972)はP.nanteuiliiではなく、Petrorhagia dubia (Rafinesque) G. Lopez & Romoであることが判明した。(わたしたちの自然史第132号、北九州市立自然史・歴史博物館 2015)。


1.
イヌコモチナデシコの記載 
 イヌコモチナデシコ(新称)P. nanteuiliiが発表されたのは『日本帰化植物圖鑑』(長田1972)である。記載には、「茎は細かい立毛を密生する」、「種子は尖卵形、全面にこぶ状の凸点をしく」とあり、参考標本として畑中健一氏によって北九州市門司で採集された標本の図が描かれている。
この記載内容Ball & Heywood1964)・Ball & Akeroyd1993)・Rabeler & Hartman 2005)・Verloove2012の記述や種子の画像に照らすと、イヌコモチナデシコはP. nanteuilii ではなくP. dubia の特徴と概ね一致する(表T)。 
 4年後に発刊された『原色日本帰化植物図鑑』(長田1976 )のイヌコモチナデシコは、図が静岡県清水市のもので、種子・腺毛・総苞片の形態などが詳細に描かれていて、こちらは明らかにP. dubia の特徴と一致している。 この『原色日本帰化植物図鑑』に図示されているイヌコモチナデシコがP.velutina(=P.dubia)であることは、勝山(2003)がすでに指摘している。

          表T. Petrorhagia dubiaP.nanteuiliiP.proliferaの特徴

 

    P.dubia

    P.nanteuilii

   P.prolifera

茎の節間

葉鞘 長さ/    

総苞片の先端

種子の長さ

種皮

種子の形

染色体数

腺毛密生または無毛

2-3

微凸形

1-1.4mm

円すい状突起

洋梨(ヘルメット)形       

2n30 

無毛しばしば有毛

1.5-2

外片微突形、内片鈍形か微凸形     

1.3-1.8mm

こぶ状隆起

盾形

2n60

無毛

ほぼ同じ

鈍形、または外片微凸形     

1.3-1.9mm

ち密な網状

盾形

2n30

2.イヌコモチナデシコの証拠標本
 長田(1967)は『帰化植物図譜』において「1963年頃より北九州市で畑中建一、吉岡重夫らによって散発的に採集」と記述している。この記載に該当する標本は国立科学博物館(図1, TNS543905)と、北九州市立自然史・歴史博物館収蔵されている(図2, KMNH;2014601GR012014601GR02 & 2014601GR03,)。これらの標本はいずれも茎に腺毛が密生し、総苞片の先端が微凸形であり、種子は長さ1.11.3mmで洋梨形をして、円すい状突起をもっており、すべての標本はP. nanteuilii ではなくP.dubiaであった


 


1 Petrorhagia dubia 1965.Jun.8畑中健一採集、北九州市門司 TNS543905A.長田によりイヌコモチナデシコの和名を与えられた標本  B. 茎に腺毛が密生 C. 種子 洋梨形・円すい状突起がある 1目盛=0.2mm

 

2 Petrorhagia dubia 1964.Apr.10 吉岡重夫採集、北九州市門司税関 KMNH;2014601GR01A. ラベルには福岡県植物誌基礎標本;Kohlrauschia prolifera (L.) Kunth コモチナデシコとある  B. 総苞片微凸形 C. 種子洋梨形・円すい状突起がある


以上のとおり記載内容ならびに証拠標本はすべてP.dubiaであったことから、長田(1972)がイヌコモチナデシコと新和名を与えた種は、P. nanteuilii ではなくPetrorhagia dubia (Rafinesque) G. Lopez & Romoの学名にあてるのが適切である




ミチバタナデシコ(新称) Petrorhagia nanteuilii (Burnat) P. W. Ball & Heywood (ナデシコ科) 
―イヌコモチナデシコとされていた外来種― 
 

イヌコモチナデシコの学名がP.dubiaであると判明したことにより、今までイヌコモチナデシコとされていたP. nanteuiliiに新たにミチバタナデシコの和名を与えた。 

すでに日本各地に定着しているミチバタナデシコ(新称)P. nanteuilii 福岡県北九州市でも道路脇や中央分離帯、荒れ地などに広範囲に繁殖している北九州に生育する本種は茎の節間が無毛である(図3B)が、兵庫県神戸市や島根県松江市には茎の節間に下向きの短毛をもつイヌコモチナデシコ類似種が生育している(図4A)。 これらを比較検討した結果、北九州のものと神戸市・松江市のものは茎の短毛以外に大きな差異はみられなかった。染色体数はいずれの種も2n=約60であったことからこれらは同一種(P. nanteuilii)で、北九州市のものは無毛型、神戸市と松江市のものは有毛型であることが判明した。

新和名については、北九州市産に別の和名を与える予定であったが、すでに近畿植物同好会の植村修二氏
兵庫県に生育する種を「ミチバタナデシコ(仮称)」とされていたため、和名による混乱を避けるため植村氏の了解を得て北九州市の無毛型にも同じ新和名を与えた。



   

3. ミチバタナデシコP. nanteuilii 無毛型(北九州市); A.  B. 茎(節間は無毛)と葉鞘 C. 総苞内片は鈍形 D. 種子;盾形・細かいこぶ状隆起がある 1目盛=0.2mm

 
A. 茎の節間に下向きの短毛
 
 B.
種子 1目盛=0.2mm

4. ミチバタナデシコP. nanteuilii 有毛型(神戸市) 

以下にイヌコモチナデシコ、ミチバタナデシコ、コモチナデシコの検索表と種子を示す。


  1. 種子1.0-1.4 mm、洋梨形で円すい状突起がある、総苞内片が微凸形、茎に腺毛が密生(または無毛)
                                                                     ・・・・・イヌコモチナデシコ
P.dubia,
  1. 種子1.3-1.9 mm、盾形で低い隆起がある、総苞内片が鈍形
    2. 茎は無毛しばしば有毛、種子は細かいこぶ状隆起がある ・・・・・ミチバタナデシコ(新称)
P.nanteuilii
    2. 茎は無毛、種子はち密な網目状隆起がある          ・・・・・コモチナデシコP.prolifera
                                               
 


【 引用文献 】
Ball P. W. & Akeroyd J.R. 1993. Flora Europaea 2nd. Ed. Vol.1.pp.224-227
Ball P. W. & Heywood V. H. 1964. A revision of the genus Petrorhagia. Bull. Brit. Mus. ( Bot.) 3: 121-172.
・勝山輝男2003.帰化植物MLのやりとりで明らかになった神奈川県産帰化植物 1.コモチナデシコとイヌコモチナデシコ, FROLA  KANAGAWA  No.56, p.701-702, 神奈川
・長田武正1967.コモチナデシコ,帰化植物図譜, pp.183-184.88.第一学習社, 広島
・長田武正1972.イヌコモチナデシコ(新称),日本帰化植物圖鑑, p.156.322.北隆館, 東京 
・長田武正1976.イヌコモチナデシコ,原色日本帰化植物図鑑, p.308.PL50.保育社, 大阪
Rabeler,R.K. & Hartman,R.L. 2005  Caryophyllaceae . Flora of North America North of Mexico  2nd. Ed. Vol. 5. pp.162-165
Verloove,F. 2012. Petrorhagia prolifera and its look-alikes in Belgium: look out for P. nanteuilii (and others)

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