トレニア(Torenia fournieri)
 −花粉管誘導物質の発見−


   
 これまで、花粉管を引き寄せる何らかの物質があるだろうと考えられていましたが、それがどんな物質かは、長い間わかっていませんでした。 
 誘引物質が何かを特定する論文が発表されても、すぐさまそれを批判する論文が出される状況が140年も続いていたそうです。 

 今年(2009年)ついに名古屋大学の東山哲也教授らによって,その謎とされていた誘因物質が初めて明らかになりました。 (Close up 植物の花粉管誘導物質を発見−140年来の謎を解明

 この素晴らしい研究成果を読み、トレニアの胚珠のつくりや花粉管の伸びる様子にとても興味を惹かれましたので、追認(後追い)しながら自分なりに観察してみました。
 
  画像はトレニアの花(Torenia fournieri)

1.トレニアの雄しべ・雌しべ

トレニアの花には4本の雄しべがあり、そのうち2本は長くなっています。 花は花粉をまず先に出す雄しべ先熟です。 雄しべが雌しべよりも前に出ていて柱頭は隠れています。 (図1) 雄しべが花粉を出し終わる頃、長い雄しべは上方に移動して、雌しべの柱頭が現れるようになります。(図2)

   
 図1 雄しべが花粉を出す(雄しべ先熟)  図2 長い雄しべは上方に移動し、雌しべの柱頭が現れる


柱頭は普段は開いていますが、何かが触れたとたんに柱頭は閉じてしまいます。 これは昆虫から運ばれた花粉をしっかりと受け取るためのすばらしい仕組みです。(図3〜5)

     
 図3 柱頭は普段は開いている  図4 柱頭に何かが触れると・・・  図5 柱頭は閉じてしまう



2.花粉管を導くもの

被子植物ではめしべ の柱頭に花粉 がつくと、花粉から花粉管 が胚珠まで伸びて卵細胞に達して受精 します。 次の画像は、アフリカホウセンカの花粉管が胚珠の方へ伸びてゆくようすです。 (図6・7)

   
 図6 アフリカホウセンカの花粉管  図7 雌しべの胚珠に向かって伸びる花粉管

このように、なぜ花粉管は迷わずに胚珠の方向へ伸びて卵細胞にたどりつくことができるのかは長い間の疑問でした。


3.トレニアの胚珠と卵装置

『 植物の花粉管誘導物質を発見』の記述によりますと、「長い間、誘引物質が見つからなかった理由の1つは、一般的な植物では卵装置が胚珠に包まれ、癒着していることです。これでは卵装置だけを生きた状態で取り出し、観察することができません」・・・ 東山教授はたくさんの文献を調べた結果ついに「卵の部分が胚珠の外に飛び出している」――ゴマノハグサ科のトレニアに関する記述にたどりついたそうです。

「卵の部分が胚珠の外に飛び出している」とはどんな胚珠なのでしょうか?
 トレニアの雌しべの子房を開いてみると胚珠がびっしりと並んでいます。(図8)  子房は2室で、中軸胎座になっています。(図9)

   
 図8 子房の中に胚珠がびっしりと並んでいる  図9 子房は2室で、中軸胎座


この胚珠を顕微鏡で見ると、普通は胚珠に包まれている卵装置(胚のう)が外に飛び出しているという特異な形態をしています。 これには驚きました。 (図10・11) なんと、この卵装置に花粉管がたどり着き受精するようすが目で見ることができるのです。

   
 図10 胚珠と卵装置(胚のう)  図11 胚珠と卵装置(胚のう)


3.トレニアの花粉と花粉管

トレニアの花粉は、真っ白で長楕円形をしています。 大きさは長径 42〜45μmほどでとても細かい花粉です。 (図12・13)

   
 図12 トレニアの花粉 図13 花粉の長径 42〜45μm


花粉管は寒天培地上で簡単に発芽し、誘引物質がなくても無目的に伸びていきます。 (図14)  胚珠があればその方向に向かって伸びてゆくのですが、(図15)

   
 図14 トレニアの花粉管  図15 胚珠の方向に伸びてゆく花粉管


その後、胚珠の近くまでは伸びても、目的の卵装置に容易にたどり着くことができません。 (図16・17)

   
 図16 胚珠の近くまでは伸びてくるが  図17 卵装置に容易にたどり着くことができない


花粉管が卵装置にたどり着くためには、雌しべの花柱を通過することが必要な条件だということも、今回明らかにされました。
 
 「花柱は、花粉管を胚珠の一歩手前まで導く一本道のトンネルのような役割を果たしていることがわかっていた。 しかし、それだけでなく、誘引物質に応答する能力を花粉管に与えるという、もう1つの重要な役割を果たしていたのだ。

そこで、花柱を通過させた花粉管を観察してみますと、見違えるように胚珠を目指して伸びてゆきます。 まるで花粉管が意志を持って伸びてゆくようでした。 (図18〜21)

 
図18 花柱を通過した花粉管
 
図19 胚珠を目指して伸びていく花粉管
 
図20 胚珠を探し当てるように伸びる
 
図21 角度をかえて胚珠に向かう花粉管

今回の追認はここまでしかできませんでした。 
胚珠の卵装置に到達した瞬間の花粉管まで観察したかったのですが、今年はもうトレニアの花の時期が遅くて、ほとんど咲き残っておらず、花も貧弱で花粉管を伸ばすのに苦労しました。 もっと花の盛んな夏頃では見られるのではないかと思いました。 また来年の課題として楽しみにとっておきます。   
                                                         (2009.11.11)

なお、東山教授らの研究では植物の受精の瞬間の動画記録に世界で初めて成功しました。人為的に胚珠の位置を動かすと、花粉管が胚珠の卵装置の後を追って伸びる様子も記録され、花粉管誘引物質の存在が確かに証明されて、長年の謎がみごとに解明されました。 

  【参考サイト】

  ・ Close up 植物の花粉管誘導物質を発見−140年来の謎を解明

  ・ かがくナビ 140年なぞだった花粉管をおびき寄せる物質がわかった


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