萬葉のヤマアイ染め


 ヤマアイの染色について、石川の植物』のmizuaoiさんと、『そよ風のなかで』のそよかぜさんから、”辻村嘉一氏が山藍の染色を研究した”という情報を教えて頂きました。 
 さっそく図書館で調べると「萬葉の山藍染め」(辻村嘉一 昭和59年)という本が、図書館に寄贈されていることがわかりました。 館内で閲覧したところ、辻村氏は山藍の染色について、独自の考察によってコツコツと研究された様子や、山藍への深い思いが著されていました。

 1.ヤマアイの染色性

ヤマアイでは、いったんは青(藍)色に染まるのですが、この青(藍)色は、藍成分(インジゴ)ではなくまったく別の色素だそうです。

ヤマアイの白い地下茎をしぼって、無色の汁を滴下すると、青色に変わります。 しかし、この青色は数日のうちに赤変し、かつ水を入れるとこの色は溶け去るので、ヤマアイには染色性は無いとされています。 (写真 1・2)

また分析の結果でも、ヤマアイ自体にも藍成分(インジゴ)が含まれていないことが、確かめられています。

写真 1 うすい藍色に染まった布 写真 2 数日たつと赤変する(8日後)

辻村氏は、なんとかこの藍色に染色ができないものかと、何百回もの試し刷りを試み、長い試行錯誤の末、ついに昭和51年の12月に、銅媒染で藍色の染液がそのまま布に染着して、水洗しても流失しないことを発見しました。

今回は、辻村氏が山藍染めを探求し、ついに発見した「萬葉の山藍染め」を、体験してみたいと思います。


 2.辻村法による山藍染め

まず、ヤマアイの白い地下茎の部分を採取します。 

ていねいに地下茎を掘っていると、こんな面白い株がありました。 雌花と雄花が別々に咲いていますが、同一の茎の根元から分かれている個体です。 ヤマアイは雌雄異株とされていますが、これは雌雄同株ということですね。 (写真 3)

写真 3 雌花と雄花が、同一の茎から咲いている 雌雄同株


採取した白い地下茎を、4日ほど天日干しをします。 すると、濃い藍色に変化します。 (写真 4・5)

写真 4 地下茎を天日干しにする 写真5 濃い藍色になる(4日目)


天日干しをしている期間に、媒染液を作ります。 本には硫酸銅を使って媒染すると書かれていますが、硫酸銅は劇薬なので手に入りません。 そこで代理品ですが、身近にある酢と10円玉で、酢酸銅を作りました。 (写真 6・7)

写真 6 酢に10円玉を入れる 写真 7 酢酸銅ができる(5日目)


ろうけつ染めにするので、下絵を描きます。 シロバナエンレイソウと蝶を描いてみました。 
藍色になった地下茎を細粉するための、ミニすり鉢を100円ショップで購入。 これで準備完了です。 (写真 8・9)

写真 8 ろうけつ染めの下絵描き 写真 9 100円ショップで購入したミニすり鉢


ミニすり鉢で藍色の地下茎を細かくしてゆきます。 このミニすり鉢は小さすぎて、するのに苦労しました。 やはり、実用には適していないようです。 頑張ってすり鉢で細かくしてゆくと、淡青色の粉になります。 (写真 10・11)

写真 10 天日干しした地下茎を細かく刻む 写真 11 淡青色の粉になる


この淡青色の粉に、水を注ぐと藍色になります。 この藍色の地下茎を絞ると、とても綺麗な染液ができます。 (写真 12・13)

写真 12 水を注ぐと藍色になる 写真 13 藍色の染液をしぼり出す


ろう描きした布に、筆で染液を引きます。 絵は蝶だけにしてみました、ちょっとした染色家の気分です。 (写真 14)

写真 14 ろう描きした布に、筆で染液を引く


絵のつたなさはご容赦下さい。  ほんとうは、布全面を藍色の染液に漬けると良いのでしょうが、液が少なかったので、ろう描きした周りだけ染液を引いてみました。 葉っぱを描いた部分には、生葉を絞った緑色の液を引いてみました。 (写真 15)

写真 15 淡青色(1回塗り) 藍色(4回塗り)


1回塗りの部分は淡青色に、4回塗りではみごとな藍色に、生葉では緑色に染まりました。

乾いたら酢酸銅の媒染液を塗って1日おき、水洗いしたのち、ろうをアイロンで溶かせば、ヤマアイの藍染めの出来上がりです。  (写真 15)

写真 16 酢酸銅の媒染液を塗り、ろうをアイロンで溶かして完成



 3.古代の山藍染めは、何色だったのか?

山藍染めの歴史は、あまりにも古く神話から始まっています。

  ・其の臣紅き紐著けし青摺の衣を服たり  (古事記)

  ・青摺の裳唐衣あゐしてゑがきて赤紐など結びかけたれば・・・  (清少納言)

  ・足引の山あいにすれる衣をば神につかふるしるしぞと思ふ  (紀貫之)

記紀に現れる最初は「青摺(あおずり)の衣」です。 山藍で布を染めた「青摺(あおずり)の衣」とは、実際にはどんな色合いだったのでしょうか?  

文字通りの藍色であったとの考えと、葉緑素染の緑色だとの考えが研究者によって分かれていました。 ところが、ヤマアイには藍成分(インジゴ)が含有されていないことが確かめられてからは、緑色説が有力となっています。 これは現在の図鑑にも、この緑色説が採用されています。

辻村氏は、「山藍はその神秘的な天然色素の正体を明かすことなく、永い歴史の中で、葉緑素だけしかほのめかされなかったことは、あまりにも不思議である」と述べています。

そして、山藍のこの藍色染めを発見したにもかかわらず、謙虚な研究者 辻村氏は、「山藍による藍色染めは、今頃になって個人の発見したものではなく、遠く古代の先人がすでに発見し、その手法を秘して語らなかった、まぼろしの山藍染めであることを念願してやまないものである」とも書かれています。 嬉しい言葉だと思いました。

                                                                 (2008.5.3)


【 参考文献 】
   ・辻村 嘉一       1984 「萬葉の山藍染め」  染織と生活社
   ・増井幸夫・神崎夏子  2007 「植物染めのサイエンス」  裳華房


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