世界のパン籠に迫るアジア大豆カビの脅威

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.26

 BSEや鳥インフルエンザなどの動物病が畜産食品供給の安全保障を脅かしている。だが、食糧供給を脅かす病気は動物病だけではない。グローバリゼーションの進展は、植物病害虫の世界的蔓延を促し、地球温暖化に伴う気候変動はこれを一層促すだろう。

 植物病害虫に対しては、従来、化学農薬の発達が被害の増加と拡散を抑制するのに成功してきた。だが、化学農薬使用の増大がもたらす環境・生物多様性の破壊、人間の健康への悪影響への懸念を限界にまで高めるとともに、農地生態系の破壊により食料生産自体の持続可能性に懸念を呼び起こすまでになっている。この事態を克服するためにと、まさに化学農業の推進役を果たしてきた化学企業が農薬使用を減らし、将来の環境保全の決め手になると売り出した遺伝子組み換え(GM)技術も、事態を改善するどころか、かえって悪化させるのではないかと疑われている。動物病だけではなく、植物病害虫も、制御困難なときが近づいていないだろうか。

 主要生産地の気象条件からくる供給の停滞と需要増大のために、大豆価格が急騰している。わが国の食用油や飼料のメーカーにも原料高の影響が出始めた。異常気象が常態化すれば(実は現在もうそうなっているという見方もある)、これも常態化するだろう。その上に制御不能な病害虫が加わるかもしれない。安価な大量な食料の供給を基盤に築かれた経済の繁栄と我々の食生活は重大な転機に立たされている。

 その予兆は、南米の急激な追い上げでその地位を脅かされているとはいえ、なお「世界のパンカゴ」を自任する米国に迫るアジア大豆カビ病侵入の脅威だ。この病気は1902年に日本で始めて報告された病気だ。早期発見により適切な防除の対応をしなければ、実ができる前に葉が落ち、収穫に壊滅l的打撃を与える。近隣の他の植物にも移るから、根絶は容易ではない。

 30年代半ばには他のアジア諸国やオーストラリアに伝播、98年にはアフリカに渡り、2000年には南米でも報告された。この年、ブラジル農民は、この病気による収量減と農薬コストの増大で、13億ドル(約1,300億円)の被害を蒙った。これは今や南米に定着、毎年発生するようになっており、農薬散布で被害を最小限に食い止めるているが、そのための生産コスト増が無視できない大きさになっている。

 このカビは、人や植物の移動によっても伝播するが、最大の運び屋は風である。米国の専門家は、このカビがハリケーンに乗って米国に侵入するのは時間の問題だと見ている。米国農務省はそれに備えて対応措置を用意周到に練り上げているが、一度侵入すれば被害を食い止めるのは簡単なことではない。ミネソタ農業省植物保護課のFriisoe氏は、「大豆カビは、今や単一のものとしては農業の最大の脅威と見なしている」と言う(Farmers Gird for Possible Soybean Rust,AP,3.22)。

 ミネソタ大学の専門家は、中西部大豆畑で10%から40%の損害が出ると言う。農薬を施用しても損害がなくならない。価格変動を引き起こし、農民の作付け決定に変化をもたらすだろう。以前に決してなかったような追加コストが必要になるという。米国大豆協会会長は、アリマキ防除のための農薬散布のコストはエーカー(0.4ha)当たり10ドルから11ドルだが、このカビの場合には20ドルから50ドルかかると言う。適切な防除ができなければ、ミネソタの02年の大豆収量はエーカー当たり45ブッシェルだったが、31ブッシェルに落ちると予想される。このカビは大豆産業を壊滅させるほどの脅威となる。

 今や世界一の大豆輸出国となったブラジルやアルゼンチンも、コスト増と環境影響に耐えられなくなるかもしれない。このカビに抵抗性をもつGM大豆の開発に拍車がかかるが、完成までには時間がかかるし、問題解決の決め手となるどころか、別の問題を引き起こす可能性も否定できない。

 動物性食料も、植物性食料も、安定供給保障の決め手はなくなりつつある。 

農業情報研究所(WAPIC)

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