ノルウェー 世界の作物種子を永久保存する地下貯蔵室の建設に着手

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.20

  ノルウェーが北極圏スバルバール諸島の氷結した山腹に、世界のすべての作物品種の種子を永久に保存する地下貯蔵室の建設を始めた。その目的は、気候変動、自然災害、植物病蔓延、戦争などの脅威から多様な作物を護り、その生き残りを確保することで、絶滅した食料作物の栽培再開機会を世界中に提供することにある。この貯蔵室建設は100ヵ国以上の世界の国々が支援する。

 地下貯蔵室内の気温はマイナス18℃に保たれ、種子は数百年から数千年もの間生き残ることができる。山腹の永久凍土のために、気温が氷点以上に上がることは決してない。この貯蔵室は2004年に設立された”グローバル作物多様性トラスト”が運営する。それは2007年9月に運営を開始、およそ300万になると予想される世界中の種子を受け入れるという。

 貯蔵室は建設費用300万ドルを全額負担するノルウェーが所有するが、預けられた種子はこれを送った国が所有する。多くの途上国は種子の収集や送付のための費用を払えない恐れがあるから、この費用はグローバル作物多様性トラストが払うことになる。

 世界には既に1400ほどの種子銀行があり、その多くは国立で各国の作物の種子を保存している。しかし、不適切な管理や停電による冷凍設備のダウンなどのために、これら種子の発芽率は劇的に低下、大部分は使い物にならなくなっていると言われる。メキシコに本拠を置く国際トウモロコシ遺伝子銀行・CIMMYTを率いるSuketoshi Taba氏は、世界中で貯蔵されているトウモロコシ種子の半分以下が発芽できるだけだ、多くは貯蔵前に適切に乾燥されなかった、その他の種子は停電で冷凍設備がダウンしたときに失われたと語っている。

 これらの種子は、気候変動、自然災害、戦争、テロ、資金不足などで失われる恐れもある。この地下貯蔵室はこのような脅威からも堅固に護られるという。

 ただ、ノルウェーには最近、巨大な隕石が落下した。その破壊力は広島に投下された原爆に匹敵するという。筆者は、地下貯蔵室がこのような隕石や小遊星の衝突、原爆投下にも耐えられるの かと疑う。

 確かに、急速に失われつつある植物遺伝資源をこのような遺伝子銀行で保存することは重要だ。より確実な保存を保証する地下貯蔵室の建設の意義を割り引くつもりはない。 将来の世界の食料安全保障に真剣に取り組もうとするノルウェー政府に敬意を表すべきも当然だ。しかし、隕石や 原爆の問題は別としても、それで十分だろうか。

 国連食糧農業機関(FAO)はかつて、「現在までの遺伝資源多様性喪失の最大の原因は、地方に適した種の評価の失敗であり、多くの国の農民が集約的農業システムに最適の非常に限定された数の近代的品種に依存」するようななったことだと述べている(食糧・農業の将来を脅かす遺伝資源多様性喪失、植物遺伝資源条約は発効するが,04.4.2)。これは動物遺伝資源の多様性喪失に警告する声明で述べられたことであるが、植物遺伝資源についても基本的には当てはまる。

 種子銀行を通しての種子保存も重要だ。しかし、遺伝子資源の多様性を護る最も確実な方法は、農民が現実に多様な作物を作り続けることだ。このようなFAOの声明を紹介するなかで、筆者は次のように述べた。

 「農民は、一層多収の、あるいは市場が要求する画一化された品種の大規模栽培によってしか生き残れなくなっている。都市化、スーパーの急速な進出が続く途上国でも、多種多様な在来作物・品種の農民的小規模生産では、生産物が市場に受け入れられなくなっている。単一品種種子の大量生産・大量販売は、多国籍種子企業の利益を最大化する要因でもある。多様な遺伝子資源へのアクセスが容易になることは、遺伝子組み換え(GM)技術を含む高度な育種技術をもつこれら企業が種子市場への支配力を増すことを意味するから、この傾向を一層強めるだろう。条約[食料・農業のための植物遺伝資源に関する国際条約]がカバーする種は限られているし、農民の権利を侵害する現在の知的財産権・特許制度には何の手も加えていない。これら企業が取得する知的財産権が途上国農民による地域に適した新品種の独自な開発を不可能にしてしまう恐れがある」。

 栽培作物・品種の単一化を強要する市場のグローバル化と競争の激化 を放置したままで、あるいはそれを煽りながら、遺伝資源多様性の保存を専ら種子銀行による頼ることには疑問を持たざるを得ない。この努力は、少なくともグローバル化の統御、あるいはその悪影響を減らす努力の強化と並行するものでなければならないだろう。

 ニュースソース
  The World's Agricultural Legacy Gets A Safe Home,The Washington Post,6.20
 Deep in permafrost - a seed bank to save the world,The Guardian,6.20
  Une "arche de Noé" végétale va être construite sur un archipel de l'Arctique,Le Monde,6.19
 Work begins on Arctic seed vault,BBC News,6.19
 Here's where the meteorite hit,Aftenposten,6.12
  Record meteorite hit Norway,Aftenposten,6.12

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