食料・水問題の解決には食料損失・廃棄の削減が決定的に重要ー新研究

農業情報研究所(WAPIC)

08.5.26

 ストックホルム国際水研究所(SIWI)・国際水管理研究所(IWMI)が、気候変動で利用可能な水が減る中で人口増加・都市化・工業化で増える水需要を満たすためには、食料の損失と浪費(廃棄)を減らすことが決定的に重要だとする新たな研究を発表した。畑から食卓までの間 (食品チェーン)で起こる食料の損失は巨大であり、このような食料の損失と浪費(廃棄)を減らすことで農業が必要とする水の量を大きく減らすことができるという。

 Saving Water: From Field to Fork,SIWI and IWMI,Stockholm,May 2008.
  http://www.siwi.org/documents/Resources/Policy_Briefs/PB_From_Filed_to_Fork_2008.pdf

 この研究によると、畑から食卓までの間における損失と廃棄は、生産量の半分にもなる。食べられる作物の収穫量は1人1日当たりで4,600キロカロリーになるが、収穫後の損失で600キロカロリー、その一部を家畜に与えることで(肉などで取り戻される分を差し引いて)1200キロカロリー、流通過程と家庭における損失・廃棄で800キロカロリーが失われ、利用できるのは2,200キロカロリーと半減してしまう。

 途上国では、効率的な収穫技術や貯蔵・輸送施設を欠くために、損失 の多くは畑や貯蔵・輸送の過程で生じるが、先進国では加工、流通、家庭・食堂などでの最終消費の段階での廃棄による損失が半分ほどを占める。米国では、家庭だけでも全損失額の半分の額の食料を廃棄しているとする研究がある。英国やスウェーデンについての研究も同様な傾向を示す。

 このような平均的な損失・廃棄に加え、とくに先進国では、厳格な安全基準のために、巨大な損失や廃棄につながる事故が頻繁に起きる。たとえば、今年2月のダウナーカウ食用と畜事件(米国で史上最大の牛肉製品リコール ダウナーカウと畜のBSE規制違反)では、その生産には乾燥地10万fを灌漑でき、あるいはラスベガスの1年分の都市用水を賄うことができる6,500億リットルの水が必要な6500億kgもの牛肉が回収され・廃棄されねばならないとされた(実際には、大部分は既に食べられるか、捨てられていただろうが)。

 こうして失われ、廃棄される食品を生産するために使われる水は、ビクトリア湖の半分の湖を満たすことができる。米国人は全食品の30%を捨てていると推定され、これは40兆リットルの灌漑水に相当する。あるいは、5億人の家庭用水を賄うことができる。

 食料品価格が世界的に高騰するなか、農業、とりわけ食料生産農業を徹底して軽視してきた人々の間からでさえ、食料増産の必要性を訴える声が、俄かに上がり始めた。しかし、食料増産に必要な水は欠乏している。そこで、強調されるのが、農業による効率的な水利用の重要性である。

 しかし、この研究によると、今は食料生産が不足しているわけではない。「畑で生産される食料の量は、世界人口の健康的で、生産的で、活発な生活に必要な量をはるかに超えている。問題は、明らかに食料の分配である。多くの人々が飢えるとともに、多くの人が過食になっている。隠れた問題は、必要な消費と我々の浪費的生活慣習の両方の面倒を見るために 、農民が食料を供給しなければならないことだ」と言う。

 畑から食卓までの間での食料の損失や廃棄をなくすことが、現在と将来の食料・水問題の重要な解決策になるということだ。研究は、そのための農民支援策、食品加工・流通ビジネスは取るべき行動、消費者の啓発などを提案する。


 食料品価格高騰に伴う食料危機の根本的解決のためには、増加する需要に見合った供給を確保するための長期的施策(例えば生産性改善のための研究投資の拡充など)が重要とする声が高まっている。しかし、この研究は、供給サイドだけではなく、需要サイドの改善も、それに劣らず重要であることを示唆している。バイオ燃料が価格高騰の元凶とされることが多いが、それを問題にするなら、それ以上の食料が家畜の餌とされるばかりか、先進国では半分もが捨てられていることを何故問題にしないのだろうか。 バイオ燃料が免責されるわけではないが、その根本問題は持続不能な農業方法を加速するとともに、土壌の植物生産力の回復、あるいは土壌そのもの維持のために土に戻さねばならない作物の非食用部分まで燃料にして燃やしてしまおうというところにある。

 浪費的生活慣習の改善が、必然的に高騰する食料品価格の沈静につながるわけではない。むしろ、価格高騰とそれにともなう需要減少は、長期的にはより健全で、持続可能であるが、一層生産コストの高い食料生産方法につながる可能性がある。これは、一般的には歓迎されるべきことだ。ただ、現在の高価格が続けば、とくに都市貧困層、増え続けるワーキングプアの生活を直撃する。

 例えば、昨年のサイクロンで農地と家をなくしたバングラデシュの多くの農民はダッカに移り住み、婦人の多くが極度に低賃金の繊維工場労働者となって糊口をしのいでいる。米価格が1年で2倍にもなった今、1日1食、2食しか食べられない悲惨な状態にある。米価格の高止まりを前提とすれば、彼女ら家族の生活に未来はない。

 しかし、この問題は、もともと食料問題の域を超えている。彼女らにこのような低賃金を強いているグローバル社会全体の問題だ。これを強いているのは、厳しい販売競争を勝ち抜くために彼女らの工場の製品を安く買い叩く先進国流通企業だ。価格高騰に伴う食料危機は、このようなグローバル社会の構造改変なしには解消できない。