工場畜産環境汚染抑制に壁、規制緩める米国

農業情報研究所(WAPIC)

03.6.18

 畜産業の「工業化」、大規模化に伴い、大量に発生する家畜排泄物の適切な処理はどこの国でも著しく困難になっている。以前ならば肥料や土壌改良材として農地に還元される貴重なリサイクル資材であったが、化学肥料の普及から単なる廃棄物となる部分が増大するとともに、農地に還元しても余りの増加と地理的集中のためにが吸収しきれなくなり、水汚染の大きな要因となってきた。

 この問題の根本的解決のためには、大規模化と工業化に歯どめをかけるしかないのだが、スーパーの安売り競争が生産者にコスト割れにも近い納入価格を強要することも常態となり、生産者はますます増産に走ることで厳しい競争を生き残ろうとする。それが環境汚染をますます深刻にする。

 ヨーロッパのスーパーの安売り競争の背景にはグローバリゼーションがある。国内生産者が要求どおりの価格での納入をしぶれば、生産費がはるかに安い南米やアジアからいつでも、どれだけでも輸入できる。しかし、現在の貿易システムをめぐる国際政治は、このような事態の是正を許さない。従って、この悪循環を断ち切る決め手はは、こうした生産方法による生産物を消費者が拒否することであろうが、多くの消費者は鶏がどんな状態で育てられているのか気にもせず、少しでも安いものの購入に走っている。

 フランスのブルターニュは、このような問題を抱えた典型的工業畜産地帯である。観光シーズンの悪臭はフランス有数の観光資源をもつこの地域の観光業に損失をもたらしているだけではない。この地域の水のほとんどは飲料水としての安全限界を超えるほどに汚染(硝酸塩汚染)されている。燐の多量の排出も加わり、海の富栄養化の被害も深刻だ。年に何回かは、貝類を食用とすることも禁止される。1990年代前半から始まった汚染削減対策(農地への散布の規制や廃棄物処理施設の建設)には多額な公的資金が注ぎ込まれているが、生産抑制は「ブルターニュのタブー」と言われるほどに生産者が嫌い、価格危機のたびに増産に走るから、事態は一向に改善されない(この問題については、「追いつめられるブルターニュの工場畜産」と題して昨年の『地上』6月号で簡単に紹介した)。フランスは、つい先頃も、従わなければEU水質法違反で罰金を求めて欧州裁判所に訴えると欧州委員会から早急な改善措置を求められている(欧州委、農業起原水質汚染で英仏に法的措置,03.04.07)。しかし、生産者は環境・動物福祉規制がこうも厳しくては、EU域内・域外の競争者と太刀打ちできるはずがないと反発を強めるばかり、政府も実効ある手を打ち出せそうにない。

 フランスについては近々詳細に報告するつもりであるが、畜産の工業化・大規模化では米国は勝るとも劣らない。大規模養畜場周辺の大気(臭気)・水質汚染は住民の健康と環境を脅かし、地域住民との「平和共存」は限界にまで近づいている。しかし、京都議定書の拒否が典型的に示すように、現ブッシュ大統領にとっては、環境は経済的利益の前では何の意味もない。自然保護、森林保護、水質・大気浄化など、クリントン時代に強化された環境施策を次々と覆してきた。それは意見を異にするホイットマン環境保護局(EPA)長官を辞任にまで追い込んだほどだ(米国環境保護局長官、大統領との亀裂の噂の中で辞任,03.5)。畜産工場の廃物管理もそうした施策の一つである。

 EPAは、昨年1216日、畜産工場の排水規制を強化するとして、大規模畜産農場に、栄養分管理計画を立て、実施するとともに、各農場の家畜数、発生する排泄物の量、処理方法を毎年報告するように要求する新ルールを作った。しかし、これは15500の「ファクトリー・ファーム(工場農場)」に対して自主的計画に基づく排水許可を与える事実上の規制緩和だと批判されている。

 環境団体によれば、新ルールにより、大規模農場は公的審査を制限し、汚染を防止することにはならない「基本的には自主的な許可計画」を与えらることになる。彼らは、EPAが管理計画の立案においてフィードロットに大きな裁量の幅を与え、養畜農民と契約する際に大規模ミートパッカ−に責任を共有させず、またし尿を畑に撒く慣行も規制していないと批判する。今年3月10日、三つの環境団体が大規模牛・豚・鶏農場からの排泄物排出統制ルールを改める必要があると訴訟を起こしている。ところが、米国最大の農業者団体であるアメリカン・ファーム・ビューロー連盟は、ルールは達成不能のものだと、逆にEPAの過剰規制を訴えているありさまである。

 メリーランド州・チェサピーク湾に臨むデルマーバ半島にはタイソン・フードやパーデユー社のような巨大鶏肉加工業者と契約した農民が育てる10億羽近い鶏がいる。これらの農場の鶏の排泄物は農地の吸収能力をはるかに越え、大量の硝酸塩と燐が湾に流れ込む。1997年、科学者は東海岸での無数の魚の死因とされる有毒藻の発生を、こうした農場排水と関連づけた。当時の知事・グレンドニングは、三つの河川の一部を閉鎖、鶏排泄物の肥料としての利用を制限する立法のキャンペーンを始めた。同時に、米国で初めて、鶏肉加工業者に鶏排泄物処理の監督責任を負わせた。1999年にはバージニアが同様の立法を行なった。EPAは畜産による汚染は米国水系の最大の脅威と認め、1990年代後半には、工場的大規模畜産農場の規制を開始した。ブッシュ政府は、今年初めから、その転覆にとりかかったのである。

 メリーランド州の現知事、エールリッヒも、6月13日、タイソンやパーデユーに監督責任を課すルールを廃止したと発表した。その代わりに、硝酸塩や燐が河川や湾に注ぐのを抑制するための自主的措置、あるいは経済的インセンティブを導入するのだという。その声明は、「私はチェサーピーク湾を浄化する革新的解決策を開発する一方、鶏肉加工業者と農民が政府の過剰な指示なしで生計を立てることを可能にするつもりである」と言う。環境団体は驚いていない。鶏肉産業は、エールリッヒの選挙運動に15万ドルを拠出したと言われている。

 グレンドニングの時代、鶏肉企業は所有農場で生産される排泄物の管理計画を提出し、雛や飼料を与えて育てさせる契約農民がそのような計画を持っていることを検証しなければならなかった。また援助を求められれば生産者が計画を作るのを助け、各農民が育てる鶏の数、発生する排泄物の量、処理方法に関する記録を保持しなければならなかった。ただし、妥協の産物として、農民が適切な処理を怠った場合には罰金を科すのではなく、育てるための新たな鶏の供給を停止するものとされていた。それでも、鶏肉企業に余計なコストであったのは間違いない。鶏肉企業は、ガソリン・スタンドが精油所の廃棄物に、新聞社がインク・メーカーの廃棄物に何故責任を持たねばならないのかと運動していた。

 鶏肉企業はこの義務を免れる。ただし、農民は環境に安全な方法での鶏排泄物の処理を要求される。

 関連ニュース
 
Chicken farmers support decision ,Baltimore Sun.,6.16
 Ehrlich Eases Liability For Big Chicken Firms,The Washington Post,6.14
 
Proposal Would Ease Rules of Livestock Farm Pollution,The New York Times,5.6
 
Groupes Challenge EPA On Rules for Farm Runoff,The Washington Post,3.11