農業情報研究所

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タイ:首相は外国専門家でなく、農民に聞け
ー「自己にたのむ」有機農民ー

農業情報研究所(WAPIC)

02.12.13

 12月12日付のFinancial Times紙は、北米自由貿易協定(NAFTA)の規定に従い、来年1月には鶏肉45%、豚肉2-30%の関税が廃止されることで生計を脅かされるメキシコ農民の様子を伝えている(Campensinos fear for livlihoods,p.2)。この関税廃止により、アグリビジネスは利益を得るだろうが、国内市場に販売する家族農民は米国との競争に太刀打ちできないという。今週、多数の農民が米国大使館の外で抗議行動を展開、メキシコ議会に通じる街路に牛を放ち、対話と農村開発予算の増額、関税撤廃の延期を要求した。これら農民の一人は、昨年、米国からの補助金付き穀物輸入により価格が生産コスト以下に下がったために、その穀物を20頭の豚の飼料に使うように転換したばかりである。関税撤廃の少なくとも3年の延期が必要だという。同紙は、メキシコ人の4分の1は、「信用、投資、技術を欠くために」、遅れた農村農業システムに依存しており、この農民もその一人だという。

 いつからか世界標準となってしまったグローバリゼーションと規制緩和の大合唱(ロシアや中国もこれに加わった)、それのみが経済発展を促し、人々の経済的「福祉」を高めるのだという。こんな時代、最近の世界各地の農業・農村・農民に関する報道を見ていると、目に付くのはこの類の話ばかりである。日本でも「構造改革特区」を設置、農業や農村地域に投資を呼び込もうと各地で競う動きが見られる。しかし、やはり12日付のBangkok Post紙が伝えるタイの一農民の姿を見ると、ちょっと救われた気分になる(Farmers do best relying on self,Bangkok Post,12.12)。

 この農民は、ヤソトーン県Kut ChunMun Samsee54歳)と言う。彼は、20年前、化学農業で豊かになれると信じたために借金と苦闘し、健康を損なう大部分のタイ農民の中の一人であった。それは、カネを追いかけることだけが信条の生活を止める前のことでああった。いまや、彼は「自由人」である。

 彼によれば、農民は自分の土地と水に気遣い、自己にたのもうとし始めれば、すぐに借金問題から抜け出せるし、健康、コミュニティと尊厳の意識も戻ってくる。彼は、伝統的な「自己にたのむ哲学」に回帰し、有機農業によって貧困の罠から抜け出す(次第に増えつつある)農民の一人である。いまや、有機米の価格は、普通の米が1,000s当り5,000バーツであるのに対し、10,000バーツになっている。Kut Chunの農民は、彼らの「秘密」を他の農民と分かち合おうと、1226日から29日まで、ヤソトーンのシティ・ホール前で、有機米フェスティバルを開く。

 しかし、彼は、生活の仕方を変えることなく高米価のバンドワゴンに飛び乗ろうとする農民は、決して借金と貧困との戦いに勝てないだろうと警告する。買って、買って、買いまくるコンシューマリズムの呪縛に囚われているかぎり、キロ当たり1万バーツでも足りない。健康・農法・健全な自然の相互依存関係を実現すること、人生において何が大事かを知ることから始めねばならないと言う。

 Kut Chunのコミュニティの生活と農業へのこの歴史的アプローチを見れば、資産を資本に換える(土地を担保にカネを借りる)タクシン政府の政策の貧困さが見えてくる。政府は農民が銀行ローンにアクセスできるならば、貧困が緩和されると信じている。しかし、Mun氏によれば、「現実には、我々の福祉に不可欠な多くの種類の「資本」があり、それはカネだけではない」。土地と水と森林の生態的健全性、セルフ・ケアと生物多様性に関する地方の知識、道徳的行為を律する精神的システム、コミュニティのメンバーに問題を共に考え、解決させる帰属意識、村人の福祉に貢献するこれらの重要な「社会資本」がある。しかし、国の単一現金作物政策は、これらの多くの要素を破壊する。土壌は化学肥料で荒れ、健康は農薬で害され、農薬は水田の魚を殺し、疫病蔓延の引き金にもなる。高まるコストと作物価格の低下による農業の苦境が都市への大量の移住をもたらし、家族とコミュニティを崩壊させる。さらに、政府がダムや発電所や木材用樹木育成場などの「メガ・プロジェクト」を強制するときには、自然と地方住民の生計の手段を破壊し、こうして自己依存を破壊し、貧困を悪化させる。

 Mun氏は外部からの助けはなお必要と考えているが、援助はコミュニティの強化と環境保全に寄与するものでなければならず、これらを破壊するものであってはならないと言う。我が首相がなすべきことは、政策を決めるときに外国の権威者によるベストセラーを読むことを止め、農民に聞くことだ。政策決定者が人々の意見を尊重することを学べば、貧困削減をめぐって論議する必要もなくなる。