水不足がタイ農業を脅かす―水不足には構造的要因

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.30

 タイの水不足が深刻化、農業生産への重大な影響の懸念が高まっている。

 430万haの作物に責任を負う農業・協同組合省灌漑局は、通常は5月初めに最初の雨が来ると、およそ1万の大中規模の貯水池を満たし始める。3月または4月の乾季に放出するために、雨季が終わるまで貯水を続ける。しかし、昨年の雨季は通常より1ヵ月早い9月に終わってしまった。そのために、12月には稲作のための水を放出しなければならなかった。その結果、北部・中部の大規模ダムは満水とならなかった。現在の貯水量は、能力の40%から70%に留まっている(1、2)。

 半分の水を農業のために使用する中部地域の農民は警告を無視して二作目の稲を、3万2千haに植え、今年は米価が高いから、多くの農民が三作目を計画している。しかし、県は先週、5月1日から放水を完全に止めると発表した。

 防災・復旧担当官は、北部・北東部を中心とする47県の90万家庭の400万人、農地10万6千haが厳しい影響を受けていると言う(1)。

 北部の水不足が広範囲に広がっており、特にチュンライ、プレー、ランプ―ンの諸県の河川水位と貯水レベルは軒なみ低位、チュンライではこの数ヵ月雨がなく、あらゆる河川が干上がる寸前にある。大部分の貯水池の貯水量も、能力に対して38%のレベルに留まっている(昨年は50%)。知事は水不足を和らげるために、5千万バーツ(約1億4千万円)の緊急予算を組んで、1万の小規模堰を建設するように呼びかけている。

 プレーでは、ワンチップ地区の果樹園の多くのタンジェリンが枯れかけている。タンジェリン農家は、多くのタンジェリンが枯死し、あるいは森林火災で破壊されたと救済を求めている。ランプ―ンのメータ地区ではすべての河川が干上がり、村民はトラックによる毎日の給水を要求している。知事は、メータ地区を含む45の村の住民を助けるために、33万8千500バーツの予算を承認した(3)。

 このような水不足のなかで、かつてなかった水争いも起きている。プレー県デンチャイ地区の一農婦・パド・サイタさんは、3ヵ月前に7万バーツ(約19万円)を借金して大豆を植えたが、その大豆が干からび、しおれている。通常水を供給する堰は枯れ、農地が乾き始めた。地区住民は他地区からの配水を求めたが拒絶され、800haの大豆が枯れた。水は大豆だけでなく、果樹、稲の発芽のためにも不可欠だ。彼女は、他地区住民は自分の管轄区域の堰の水は自分たちで管理する権利があると主張するが、これは水が彼らに属し、我々には利用する権利がないことを意味するのか、すべての村が自分の堰を持たねばならないのかと訴えている。

 プレーの灌漑当局は農民のための適切な水はあると保証したが、配水委員会は大豆農民には一滴も配水しないと決定した。貯水池には1,300万立方メートルの水があり、需要は1,100万立法メートルだ、灌漑当局は大豆農民への300立方メートルの供給を保証したが、委員会は乾季の稲二作目の水が少なすぎると、大豆農民への放出を拒否した。デンチャイ地区の干上がった農地を助けるために、このダムからは早い時期に放水したが、水路沿いの上流地区が汲み上げてしまい、デンチャイまで届いたのはごく僅かだった。こんな争いは数年来なかったことだという。

 北部の主要河川の水位は極度に落ちている。北部10県を貫流するチャオプラヤー川の大支流・735kmのヨム川は、ピークには約37億立方メートルの水を供給できる。通常は雨季には氾濫、夏は干上がる。デンチャイ地区農民は毎年洪水に襲われるが、今年は深堀り井戸に頼らざるをえなかった。だが、すべての井戸に水があるわけではない。地区の一農民は、63年の生涯で、これほど厳しい乾季は初めてだと言う。ヨム川下流農民は、ニ作目の稲をやめるように当局の警告を受けたが、既に枯れかけたヨム側の水を池に汲み上げている。農民は、稲を育てるのを止めれば、仕事を探しにバンコクに出なければならない、貧しい農民には他に選択肢はないと言う(2)。

 何故このような水不足が起きたのか。気象庁の専門家はエルニーニョの影響ではない、今年の水の不足は、単に昨年の降水の減少の結果だと言う。昨年の降水は30年年間の平均を4%下回った。だが、彼は、水が何故減ったかは正確には分からないが、地球温暖化、森林破壊、土地利用の変化、特に森林の農地と都市用地への転換が背景にあると推測している。

 温暖化について言えば、タイの平均気温は過去30年でほぼ0.5℃上昇した。灌漑局長は、乾燥は母なる自然からの警告、我々は危機にあり、これを止める唯一の方法は、森林を元に戻すことだけだと言う。彼によれば、タイは以前にも降水が減少する年を経験してきたが、なお大量の水が河川にあった。しかし、今は、「ヨム、ムーン、コックなどの主要河川の水位は、この25年間で最低のレベルになっている。これは大量の水を吸収し、貯える森林からの流出がなくなってしまったからだ」。広大な原始林は、省のダム建設で破壊されてきた。「国立公園・野生動物・植物保護省は再植林にもっとまじめに取り組まねばならない」(2)。

 森林破壊は乾燥に拍車をかけるだけではない。逆に洪水による大災害の引き金にもなる。タイでは、92年に厳しい干ばつに襲われたが、95年、96年には大洪水が起きた。エル・ニーニョの年の97年には最悪の干ばつ、そして99年、02年には大洪水を経験している。農業生産を脅かす気象災害は、ますます頻度を増すかもしれない。

 今年のチュンライの水不足の一因は行き過ぎた季節はずれの農業だという指摘もあれば、ミャンマー国境のメーサイ地区では、ミャンマーがいくつかの堰を建設して以後、サイ川の水位が下がったという指摘もある(3)。外交上の理由からか政府は否定するが、環境保護団体は、中国によるメコン上流での多数の大規模ダム建設こそタイの水不足と水量不安定化の最大の要因だと言う。今年のメコンの水位低下と不安定は余りに異常であり、魚は増殖の場を失い激減している。夥しい数の流域農漁民の生計が破滅に瀕している。だが、中国の水力エネルギー開発への驀進を止める国際的調整手段はない。ますます大量の下流農漁民が犠牲となるだろう(5,6)。

 気候変動、森林破戒、(貧困から来る)農業資源の乱用、河川・水をめぐる国際的協力・調整の欠如、現在の水問題がこのような長期的・構造的問題を背景とするとすれば、タイ農業の明るい展望を描くことはできそうもない。

(1)Worst is still to come,experts warn,Bangkok Post,3.29.
(2)Crops shrivel as resevoirs,rivers plunge to new depths,
Bangkok Post,3.29.
(3)Outlook remains bleak for northern provinces,
Bangkok Post,3.29.
(4)Water agency rejevts link to El Nino,
Bangkok Post,3.29.
(5)Farms,fishermen suffer as waters dry up,
Bangkok Post,3.11.
(6)Chinese dams blamed for Mekong's bizarre flow,
New Sientist.com,3.25.

農業情報研究所(WAPIC)

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