鳥インフルエンザ、中国、タイ、ベトナムで再発生、高まるヒト→ヒト伝達の脅威

農業情報研究所

04.7.9

 この冬から春にかけてアジア諸国で広範に広がった鳥インフルエンザの再発生が、ベトナム、タイ、中国で相次いで確認された。

 先ず7月2日、ベトナム南部で鳥インフルエンザが発生、既に5県に広がっており、鶏2万羽が感染していると報じられた(1)5日には新たな地域での感染が発見され、直ちに予防措置が講じられたという報道が加わった(2)。ベトナムでは昨年12月に勃発、国の家禽の17%に相当する4,230万羽が死ぬか、殺され、16人が命を落としたのち、今年3月末に終息が宣言されていた。

 翌6日には、中国の鳥インフルエンザ基準試験所が、中国東部・安徽省の最近の鶏の死が、今春猛威を振るったH5N1型鶏インフルエンザ・ウィルスによるものと確認したという報が流れた(3)。この報道によると、農業部も報告を受け取り、国連食糧農業機関(FAO)、国際獣疫事務局(OIE)、香港・マカオ・台湾の関係当局に伝えた。地方保健当局は半径3km以内のすべての鶏を殺処分、半径5km以内の他のすべての鶏にワクチンを接種した。農業部の専門家は、農場は辺鄙な傾斜地に立地しており、鶏はかつて鳥インフルエンザの報告例がない地方市場で購入されていることから、ウィルスは渡り鳥または野生の水鳥を通じて広がったと見ている。

 中国は900万の家禽を処分したのち、3月に終息宣言をした。ただし、気候が暖かくなれば再発生もあり得ると警告していた。

 同じ6日、米国ワシントン・ポスト紙は、APの報道として、「鳥インフルエンザ、中国とタイに戻る」と伝えた(4)タイについては、ネウイン農業副大臣が、アユタヤ等2県の検査の結果、H5N1ウィルスの存在を確認したと述べたと伝えている。政府も7日になって、正式に再発生を認めた。ただし、ウィルスの型の決定には、なお数日を要するとしている。前回の勃発時と同様、政府の対応の遅れと不透明な情報開示に批判が高まっている。だが、OIEは7日、中国とタイにおける新たな鳥インフルエンザのケースは、今年初めに24人の命を奪ったのと同じ病気が再発したものらしいと語っている。専門家は、ウィルスは未だ広がる力を失っておらず、病気は野鳥を通して伝播した可能性が高い、野鳥のウィルスの根絶は不可能といってよく、野鳥が家禽農場に近づくのを防ぐ以外に感染拡大を防ぐ手段はないと語ったという(5)。

 このように、新たな病気の勃発は、各国が鳥インフルエンザ終息宣言をしたのちにも、なお感染力を失うことなくどこかに潜伏していた同じウィルスがもたらしたものであることは、ほぼ間違ないようだ。このウィルスは、おそらくアジアのどこかに格好の潜伏場所を確保した。そして、おそらくは野鳥を介して、いつでも、広い範囲で鶏などに感染をもたらす恐れがある。このことは、とりわけ鶏肉需要の世界的増加により急拡大してきた東アジア、東南アジアの養鶏産業が、常に高病原性鳥インフルエンザの脅威にさらされていることを意味する。

 だが、脅かされているのは養鶏産業だけではない。長期にわたり潜伏し、養鶏農場での再三の病気大発生を通じて拡散するウィルスは、その過程で変異を繰り返し、やがてはヒトからヒトへの感染能力を獲得する恐れがある。折りしも、この脅威を裏付ける最新の研究が発表された(6)。それは、今年初めにアジア諸国の鳥を襲い、23人に死をもたらした鳥インフルエンザは、中国南部で進化して高度の適応性を獲得した変異体であり、2年前にアヒルと鶏に出現したと言う。この研究は、中国南部のアヒルがウィルスを致死的なものに変える遺伝子を提供したことを示唆する。研究者は、ウィルスがどれほど簡単に変異できるかを示し、人間の流行病を引き起こす潜在能力を持つと警告する。

 昨年末から今年初めにかけてアジア諸国を襲った高病原性鳥インフルエンザ・ウィルスは、H5N1と呼ばれる株の一変種であり、遺伝子型”Z”として知られる。研究者は、これが、97年に香港で初めて人間の死を引き起こし、また01年、02年の鳥インフルエンザを勃発させたH5N1の原種まで遡ることができることを示した。この間の一連の遺伝的出来事が、03-04年の勃発をもたらしたH5N1遺伝子型”Z”を生み出したのだという。彼らは、様々な形のウィルスの起原の研究により、新たな致死的ウィルスは、ウィルスがアヒルに見出されるウィルスと遺伝子を交換することで出現したことを発見した。今のところ、このウィルスはヒトからヒトには伝わらないが、彼らは、アヒルのウィルスと遺伝子の交換を可能にしたのと同様に、人間のインフルエンザ・ウィルスと遺伝子を交換すれば、容易にこの能力を獲得すると恐れる。

 研究者は、「我々の発見は、中国南部の飼育アヒルがこのウィルスの発生と維持において中心的役割を演じ、野鳥がアジアでのますます広範なウィルス拡散に寄与した可能性があることを示す」、「我々の結果は、流行能力を持つH5N1ウィルスが地域の特有の病気になっており、容易に根絶できないことを示唆している」、「これらの展開は、地域の、また可能性としては世界の、公衆・家畜衛生への脅威をもたらしており、長期的なコントロール措置が必要であることを示唆する」と書いている。

 ウィルスがヒトからヒトに伝わる能力を獲得するのを防ぐためには、人間のこのウィルスへの暴露を可能なかぎり抑える必要がある。彼らは、「人間のH5N1ウィルスへの継続的で、大規模な暴露は、ウィルスが遺伝的変異を通じてヒトからヒトへの効率的伝達に必要な性質を獲得する可能性を増加させる」と警告している。

 同じ研究者たちは、つい先頃、新たな形のウィルスは、その先駆ウィルスよりも、哺乳動物にとって一層破壊的になることも示している(7)。97年以来分離された21のH5N1ウィルスの異なるサンプルをマウスに注入した。最近のウィルスほど早くマウスを殺すという明確なパターンが発見された。今までのところ、ヒトからヒトに伝達する能力は欠けているが、このことは、鳥インフルエンザが人間にとってもますます破壊的になりつつあることを示唆するという。その上、新たな研究が、人間と動物の接触により、致死的ウィルスがヒトからヒトに伝達する能力を獲得する可能性が示されたわけだ。研究者は、WHOはヒト・動物のインターフェイス(接点)に適切に取り組んでいないと警告していた。

 産業の観点からも、人間の安全の観点からも、養鶏産業はそのあり方自体が問われている。今のままでは、アジアの養鶏産業は自滅するほかないかもしれない。

 この問題に関する筆者(北林寿信)の基本的考え方については、今年初め、「ふぇみん」の小塚知子氏に問われ、3時間ほど話をした。内容は、「1ヵ所で何万羽もの鶏を集中して飼う大規模・集中養鶏というやり方に一番の問題がある」、「基本的には、畜産のあり方、農業のあり方を変えるしかない」が、現実にはそうしたやり方でなければ生産者はやっていけないし、増大する需要、廉価な食品を求める消費者の要求を満たすこともできない。正直言って、問題解決の糸口は見つからないけれども、「工場畜産は”自家中毒”で自滅の道をたどるかもしれない」、「地球温暖化により気象災害が増え、様々な病気や害虫が頻繁にでてくる可能性がある。危険分散を忘れた農業も自滅の道をたどるかもしれない」などと、小塚氏に要約して頂いた(「鳥インフルエンザはもう終わったの?食と農の根本が問われている」、『ふぇみん』04年5月5日号)。明るい展望は開けそうにない。

 (1)New bird flu outbreaks in Vietnam,Xinhua.net,7.2
 (2)Vietnam detects one more bird flu-hit area,Xinhua,.net,7.5
 (3)New bird flu case found in east China,Xinhua.net,7.6
 (4)Bird Flu Returns to China and Thailand,The Washington Post,7.6
 (5)Bird flu confirmed at farm in Ayutthaya,Bangkok Post,7.8
 (6)K. S. LI, Y. GUAN et al.,Genesis of a highly pathogenic and potentially pandemic H5N1 influenza virus in eastern Asia,Nature 430, 209 - 213 (08 July 2004); doi:10.1038/nature02746
 (7)H. Chen et al.,The evolution of H5N1 influenza viruses in ducks in southern China,Proceedings of the National Academy of Sciences,July 2, 2004 ;Avian flu grows more virulent,Nature News,04.6.29

 関連情報
 鳥インフルエンザ、大規模・集中養鶏の構造再編が必要―FAO声明,04.1.31