鳥インフルエンザ、大規模・集中養鶏の構造再編が必要―FAO声明

農業情報研究所

04.1.31

 マスコミが連日報じているように、鳥インフルエンザがアジア諸国で猛威を振っている。昨年12月15日に韓国が発生を確認してから1ヵ月あまりの間に、互いに近接した計10ヵ国(韓国に加え、日本、台湾、中国、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、インドネシア、パキスタン)が発生を認める事態となっている。しかも、日本や韓国では現在のところ局所的発生にとどまっているが、タイ、中国などでは国内感染地域の拡大が日々確認されている状態だ。この病気を引き起こしたウィルスは、台湾のケースを除き、いずれも97年に香港に出現し、6人の死者を出したH5N1と呼ばれる系統に類似しているようだ。今回の前例のない同時多発は、それぞれ孤立したものではなく、共通の発生源から拡散したものと考えるのが妥当であろう。また、この拡散は、各国での発生が確認されるよりもかなり前から始まっていたと考えるのが事態を最も説明しやすいだろう。

 1月28日付のNewScientist.comの記事(Bird flu outbreak started a year ago)は、今回の病気勃発は、多分中国で昨年前半に始まったという保健専門家の意見を取り上げた。それによれば、97年の香港での鳥インフルエンザ勃発を受けて中国南部で大規模に接種されたワクチンがこのウィルスに十分に適合していなかったとすれば、ウィルスは大抵の動物が病気の症候を示すことなく、なお複製できた可能性があり、そのためにウィルスの広範な拡散が生じた可能性があるという。そして、病気拡散のパターンは、ウィルスが東南アジアで広範に広がっている人々の鶏密輸の慣行により運ばれたことを強力に示唆しているともいう。

 ただし、今回の大量発生が中国から始まったことを否定する見方もある。29日付のBBC Newsの記事(WHO fears bird flu began in April)によれば、WHOの専門家が、2週間前にうけとった昨年4月に遡るサンプルを検査、現在アジアに広がっているH5N1ウィルスを持っていることを確認したが、このサンプルの出所は中国ではないと語ったという。

 だが、発生源はどこでもよい。養鶏は、いまや集中した大規模な工業的活動に変貌しているから、病気拡散の速度と規模はかつての比ではない。今回の病気勃発が相当前に始まっていたとすれば、前例のない規模の同時多発も説明がつく。これは人間にとっての脅威の高まりも意味する。感染した鳥と人間の接触の機会も増えたであろう。さらに、人間から人間への感染も起き得るようにウィルスが変異する機会も増えるに違いない。それは、渡り鳥によってはウィルスが運ばれないだろう北米や南米へのウィルス拡散の脅威ももたらす。

 現在知られている鳥インフルエンザの拡散と人間への感染を防ぐ方法としては、感染した動物、感染が疑われる動物の徹底した廃棄しかない。だが、問題は、病気拡散の速度と規模を高めた養鶏産業の変貌は、同時に厳格な病気監視と処分をためらわせる要因にもなっていることだ。処分がもたらす経済的損失は巨大化している。先のNewScientist.comの専門家も、「当局の隠蔽工作と問題ある農業慣行」が結合して現在の事態を招いたと指摘している。

 ではどうすればよいのか。問題を根本的に解決する方策としては、畜産・養鶏産業の構造再編しかないであろう。

 最近のアジア諸国は”畜産革命”を経験してきた。スーパーやファースト・フードの急展開により促進された肉・卵・乳の需要増大はすざましい。これに応えるために、例えば、タイでは、養鶏は小規模な庭先での活動から、0.5%の農場が鶏の3分の2ほどを生産する工業的プロセスに変革された。中国では、4億5千800万の豚が飼われ、一部農場ではしばしば汚い環境で数万の家畜が飼われている。中国その他のアジア諸国では、肉需要は2020年までに倍増、さらなる成長が予想されるから、この傾向はますます強まるだろう。規制も不十分なままのこの急拡大は、人間の健康にも、環境にも、予想もできない危険をもたらす。88年、マレーシアのニパウィルスは105人の死と100万頭の豚の屠殺につながった。南シナ海の有機汚染の30%は養豚廃棄物から来る。これは2020年には90%に達すると予想される。国連農業食糧機関(FAO)の動物生産・保健部のディレクター・Samuel Jutziは、「病気の勃発の頻度、あるいは病源体の流通は動物の集中度の増大のために確実に増加し、同時に影響も非常に大きくなる」と言う(以上は、Greater livestock density blamed for disease rise,Financial Times,04.1.28,p.2による)。

 1月28日、FAOは、「パキスタンから中国までの鳥インフルエンザの拡散は豚・鶏生産の劇的な規模拡大と中国・タイ・ベトナムの家畜の大規模な地理的集中により促進されてきた。養鶏部門は大きな構造再編が必要である」という声明を出した(⇒High geographic concentration of animals may have favoured the spread of avian flu)。この声明は、大要、次のように言う。

 鳥インフルエンザで、今までに2,500万の鳥が殺された。その地域社会・小農民・商業的養鶏企業への影響は破滅的であり、さらなる屠殺が必要となれば、事態は一層悪化する。鳥インフルエンザ発生国すべてからの生鮮・冷凍鶏製品の輸出は禁じられ、これは特に世界4位の輸出国であるタイのような国に多大な損害をもたらしている。消費者の信頼は失われ、地域にとって重要な観光も破壊する恐れがある公衆衛生騒動につながるであろう。緊急対策には、政府、獣医当局、鶏生産者、家畜取引業者がフルにかかわる必要がある。そのコストは多大で、国際的支援が必要である。

 「生産者、特に鶏製品の販売による日々の収入に依存する小農民に補償と援助を与えることが不可欠である」。感染地域では動物の移動を即座に制限、感染鶏舎は消毒し、最低21日間は遊ばせ、近隣農場を監視せねばならない。

 「しばしば人間と動物の高密度な地区が重なっており、これが不適切な廃物処理、直接の接触、あるいは空気伝染を通じて病気を伝播させる新たな経路を作り出している」、「これは新たに出現する病気を増加させ、人間と動物の健康への脅威となる恐れがある」。生きたままの鶏の販売がH5N1ウィルスの容易な拡散を許すことにもなる。

 この危機はアジアの養鶏部門が重大な再編を必要としていることを示唆している。農場から食卓までの良好な農業慣行と健全な農業システムが必要である。畜産は、貧しい者を助け、環境に優しい方法に基づくべきである。それは、国レベルの貧困軽減及び食糧安全保障のプログラムに統合されるべきである。

 レヴィー・ストロースは、草食動物を共食い動物に変えることで「食料生産装置」としての牛を死をつくりだす装置に変えてしまったのではないかと言う。ヒトは牛の本性を変えることで狂牛病(BSE)を生み出した。鳥インフルエンザの蔓延も、鶏を肉・卵の「生産装置」に変え、貶めたヒトへの酬いなのだろうか。かれらは、生まれてから死ぬまで、短い命を閉じ込められた狭い空間で、ただただ人間のために肉と卵を生産するためにだけ生きる。その人間への怨念の強さと深さは想像に余る。ヒッチコックの「鳥」の恐怖を思い出した。

 だが、人間は、それでもなお足りないようだ。遺伝子操作(組み換え)により、あらゆる「食料生産装置」の本質が直接変えられようとしている。

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