FTA実現のための農政「改革」に国民的コンセンサスはあるのか

農業情報研究所(WAPIC)

04.11.10

 去る2日、自由貿易協定(FTA)を核とする経済連携推進に血道を上げる日本経済新聞社と経済連携推進国民会議が主催する「東アジア経済連携推進フォーラム」が開かれた。その詳しい中身が今日の日経新聞に掲載されている(第14版、8、9面)。FTA交渉の進展の最大の障害とされている農業貿易と外国人労働者受け入れの問題については、特別に「パネルディスカッション」が設けられたということだ。

 農業貿易に関する議論は、「FTA推進、農政改革急げ」、「農家一律保護は功罪両面」と題し、専らFTA推進を前提とした農政改革のあり方が取り上げられている。日経新聞は、この議論を、「農業分野での自由貿易協定(FTA)を推進するうえで、農政改革を通じ国内農業の競争力の向上が急務だとする立場で一致。ただ、その手法を巡っては一律に農家を保護する政策の是非で意見が割れた」と総括する。

 パネリストの一人、経済産業研究所上席研究員の山下一仁氏は、FTAやWTOの交渉の結果として関税が下がれば国内農作物の価格を下げる必要があり、また国内農業の衰退に歯止めをかけねばならず、農業の効率化を促がすために対象者を絞って補助金を直接支払えばいいと言う。

 これに対し、全中の山田俊男専務理事は、食料を過度に海外に依存する体質から脱却するために農政改革は欠かせないが、「ただ、やみくもに農業の担い手を絞り込むような改革を進めると現場が混乱する。多様な担い手づくりが大切だ」と言う。

 議論がこのようにすれ違うのは、基本的には、日本の農業がどうあるべきかについてコンセンサスがないからだ。直接支払の対象を大規模経営に絞り込もうとする現在の政府が目指すのは、効率一辺倒の米国型農業であろう。しかし、そうしたとしても、「世界百四ヵ国中百三位」の日本農業の国際競争力(パネルディスカッション・パネラーの一人、丹羽宇一郎伊藤忠商事会長の発言)が飛躍的に伸びる条件はまったくない。そればかりか、種に至るまで人工化された(遺伝子組み換え)今日の米国農畜産は、大量の食料の供給は可能にしたが、食品安全・環境・地域社会に克服し難い、破滅的とさえ言える問題を引き起こしている。

 さらに、大規模単作化は、ますます頻発するようになる大規模な自然・気象災害への抵抗力を損なうであろう。丹羽氏は、「最近起きた台風や地震の被害を見ると、ある日突然、食料危機がやってくると感じる。・・・自給力を高めることが大切だ」、そのために、FTAや規制緩和によって「競争力を高める」必要があると言う。それで災害に弱くなるなどとは考えもしないようだ。

 政府の「改革」推進に檄を飛ばすこれらの人にとって、日本農業の将来像はこのように明瞭だ。だが、この将来像に危惧を抱く山田氏は、「日本の農業構造はアジア型だ。農地や担い手、土地利用の将来像を定め、日本型農業をどうつくるのか共通認識を持つ」ことが必要と言うだけだ。自ら明確な将来像を提示するわけではない。やはりパネリストの一人、生源寺真一東大教授は、「あるべき農業の姿を国民で議論して醸成する必要がある」と言いながら、食料・農業・農村農村政策審議会で、政府の改革の方向は基本的には容認しようとしている。

 今必要なのは、まさに国民が考える「あるべき農業の姿」とは何か探求することであり、それが明らかでないないかぎり、具体的な改革論議はできないのだ。にもかかわらず、一定規模以上の担い手に支払対象を絞り、効果・効率を上げねば納税者の理解は得られない、バラマキを繰り返してはならないという議論が、当たり前のように(国民のコンセンサスであるかのように)横行している。

 洪水・大災害の頻発で中山間地域の国土保全機能の強化が急務となっているまさにそのとき、財務・農水は、このために大きな役割を果たしている「中山間地域直接支払制度」まで見直し、「共同作業などで効率化に努める農家に対し、重点的に交付金を配布する仕組みに改める」ことに合意したという。「新制度では、交付対象の農村を選ぶ際に、機械化などで生産性向上の努力をしている地域などに重点を置く方向」(「山あい農家、助成制度存続 財務・農水省効率配分で合意」、日経、11.8)。これでは、中山間地域農家の多様な生態系・国土保全のための働きは報われない。

 効率一辺倒のこのような方向は、本当に国民のコンセンサスなのか。

 ヨーロッパは、山間地域の過疎化が局限に達し、効率農業の環境への悪影響が懸念されるようになった70年代初め、早くもこのような方向の軌道修正を模索し始めた。生産条件の不利を補償し、山地等の農家存続を助け、その水土保全の働きに酬いようとする条件不利地域特別援助などの直接支払制度は完全に定着している。特別の環境対策を講じる農家の追加コストを補償する環境支払もあれば、一般的直接支払は、小規模農家を除外することなく、むしろ大規模農家への支払は減額して農村振興施策に当て、環境・食品安全基準などの遵守も義務付けている。これも、欧州市民が、農業政策は、何よりも環境にやさしく、高品質で、安全な食べ物を生産する農業と、中小農家の保護によるできるかぎり多くの農村人口の維持に寄与しなければならないと望んでいるからだ(食品安全・品質・環境尊重、中小農家保護を求めるEU市民―CAPに関する世論調査分析,04.10.23)。

 日本国民には、このようなコンセンサスはないというのだろうか。農業は専ら安価で大量の食料を供給すればよいというのが国民の大勢なのだろうか。そうであれば、政府の改革の方向にも正当性があろう。だが、それには疑問がある。少なくとも、そんなコンセンサスはない。農業・農村に何を望むかに関する比較的最近の世論調査のいくつか(といっても、筆者が存在を知り得たすべてで、好都合なものだけを選んだわけではない)を掲げよう。

 1.岐阜県政世論調査(実施:H.12.7.21-8.20)

 農業・農村に期待することは、

 ・健康を維持・増進させる食料を供給する役割 56.2%
 ・農業の持つ自然循環機能を活用した環境保全の役割 47.3%
 ・水資源を蓄え、土砂崩れや洪水を防止する役割 30.7% 

 2.富山県政世論調査(同:H.15.8)

 農業・農村を活力あるものにするために望まれるの県の取組みは

 ・地元の農産物を地元で消費する「地産地消」を推進すること 54.6%
 ・学校で子供たちに農業や食文化の大切さを教えること 36.7%
 ・農業経営の安定を図るため、一定の収入または所得を確保するようにすること 34.4%
 ・消費者と生産者とのふれあいを通じたスローフードなどの活動を推進すること 31.7%
  ・・・
 ・新たな品目や栽培技術などに関する試験研究を行なうこと 10.9%
 ・規模拡大を志向する生産者に農地が集まるようにすること 10.6%

 3.北海道道民意識調査 農業・農村(農業・農村の役割と振興策について、同:H.15.9-10)

 北海道農業に期待することは、

 ・手間などのコストはかかるが、有機農業をはじめ農薬や化学肥料を可能な限り減らした農業 66.7%、

 ・生産効率を高め、できるだけ安価な農産物を提供する農業 24.0%

 4.滋賀県政世論調査結果(同:H.14.8.8-8.21)

 これからの滋賀県の農業・農村に対して期待することは、

 ・安全で安心な食料の供給 83.2%
 ・緑地や景観など良好な自然環境の保全や心の安らぎの提供 31.4%
 ・自然環境に恵まれた居住の場の提供 24.1%

 FTAを勝ち取るためにのみ押し付けられる性急な農政「改革」の方向は、国民が求める方向と完全に乖離しているのではないかと疑われる。改革論議は一から出直すべきではないか。