ベトナム 自然災害と病虫害で米輸出停止 アジア・世界の米の将来に暗雲

農業情報研究所(WAPIC)

06.11.15

  べトナムが、食料安全保障を確保し、米の市場価格を安定させるために、米輸出の停止に追い込まれた。グエン・タン・ズン首相が13日、貿易・農業・農村開発・財務省、都市・省の当局等に対し、米輸出を直ちに停止するように要請したものだ。ただし、米輸送のための船舶が11月11日以前にべトナムで投錨したキューバとインドネシアとの輸出契約分だけは例外とする。

 首相は同時に、食料品の取引と輸出の厳重な管理も要請した。食料品価格を引き上げる投機的行為は厳罰を科せられる。財務省に対しては、国の食料備蓄からの米の販売によって食料品価格を安定させるように要請した。さらに、農業・農村開発省、省・自治体当局に対しては、米の病虫害を克服し、冬-春作のためのガイドラインを提供する緊急措置を練り上げるように要請したという。

  Prime Minister urges efforts to maintain food security, prices,Viet Nam News,11.14
  http://vietnamnews.vnagency.com.vn/showarticle.php?num=11BUS131106

 ベトナムは去年、日本におよそ8万トンの米を輸出した。今年10月までの日本への輸出契約量も約11万6000トンに達している。10月末には、さらに1万4000トンの輸出契約も日本政府から勝ち取ったと言われる。11月初めには、年初以来10ヵ月の米輸出は全体で400万トンに達し、12億米ドルの輸出収入を稼いだと報じられたばかりだ。

 このときの報道では、農業・農村開発省は、今年の米生産量は昨年を40万トン上回る3600万トンになると推定していた。ベトナム食品協会 (Vietfood)は、豊作と2005年に積み上げた在庫のために、500万トンの輸出目標を達成し、かつ国の食料安全保障を維持できると言っていた。それどころか、企業収入ばかりか、農家所得も改善されると、タイ、パキスタン、インドからの米供給の減少による世界米価格の10年来の上昇を歓迎していた。

 Rice exports soar, reap US$1.2b in 10 months,Viet Nam News,11.14
 http://vietnamnews.vnagency.com.vn/showarticle.php?num=02ECO041106

 それから10日も経たないうちにこの事態だ。米不足と価格高騰はベトナムの食料安全保障に対する深刻な脅威となってしまった。

 アジア諸国の米生産は、1980年代までは稲作技術の改善を主因とする単収の増加で順調に伸びてきた。しかし、90年代に入ると単収の伸びは限界に達し、水田面積の減少(特に中国)やますます頻度と強度を増す洪水・干ばつの影響で生産の伸びは低迷、不安定さも増している。そのなかで、比較的順調に生産を伸ばしてきたのがべトナムとインドネシアだ。インドネシアは長年の夢であった米自給を達成した。ベトナムはタイに次ぐ世界第2の米輸出国に伸し上がった(付図参照)。べトナムは、まさに他国の米供給減少を”歓迎”できる立場に立つこともできたのである。

 だが、今年インドネシアを襲った厳しい干ばつは、再び国を米輸入国に転落させた。その恩恵を受けたべトナムも、今年はますます強大化する台風などの自然災害に頻々と見舞われている。その上、トビイロウンカの大発生とそれが誘発する病害がおよそ49万haの水田に広がり、それによる米収穫量の損害は83万トンに達すると推定されている。

 Prime Minister urges action on pest infestation of rice crop,Viet Nam News,11.7
 http://vietnamnews.vnagency.com.vn/showarticle.php?num=01AGR061106

 米輸出停止は必然の成り行きと考えられる。べトナムが今直面している食料安全保障への脅威は、アジア諸国に共通するものだ。

 中国の今年の穀物生産は3年続きで前年を上回る。だが、これは大量の水資源を犠牲にしてのものだ。11月9日に発表された国連開発計画(UNDP)の”2006年人間開発報告”*によると、中国の3大河川である長江・黄河・松花江の流量は、過剰利用のために1956-79年以来60%も減少した。取水量は持続可能なレベルをはるかに超えている。その上、これらの水は農業と工業による汚染で、70%以上が人間の利用に適さない。地下水も灌漑用に大量に汲み上げられ、地下水位は40年前に比べて50mから90mも低下している。最近に至るまで水がただだったために、大量の水が必要な穀物が農業生産を支配し、工業は先進国に比べて4倍から10倍も多くの水を使用してきた結果という。

 政府は農業に使われる水を節約するために、ドリップ灌漑の普及に努めているが、設備が高価で貧しい農民には手が出ない(Saving more water from China's agriculture,xinhua,06.11.12)。先の人間開発報告によると、トウモロコシ1トンを生産するために、中国はフランスの2倍の水を使っている。揚子江上流から黄河に水を引く大工事計画も、温暖化による氷河の融解は将来の流れ を不安定にすると予想され、北東部穀倉地帯の水の安定確保は保障されない。その上、これら河川はたびた大水害を引き起こしてきたし、気候変動とともに、このリスクもますます高まる。

 人間開発報告は、中国だけでなく、アジア諸国を含む世界の国々が同様な深刻な水問題ー水不足と洪水ーに直面しており、これは気候変動によってますます深刻化するが、各国のこれに対する備えはまったく不十分で、適切な防備を構築する能力も手段も欠いている現状を明らかにしている。水がなくては稲は持たない。他方、短時間の大雨は何の役に立たないばかりか、水田と稲を押し流すだけだ。 タイの稲作地帯の低地中央部の水田は、この3ヵ月にわたり水に浸かっており、水が引くのは年末になるという。しかも、政府はバンコクを洪水から守るために、これら水田を排水地(一時著留地)にする計画を立てている(Farmland to stay flooded until year-end,Bangkok Post,11.15)。稲作、従ってアジア諸国の食料安全保障は、途方もない課題に直面している。

 いまや輸出国も、貿易自由化をわめきたてている時代ではない。米国やオーストラリアでさえ、深刻化する水不足、都市との間の水戦争の激化で、米どころかあらゆる農畜産物の輸出余力を失うのは遠い先のことではない だろう。 ベトナムが米を輸出できない、オーストラリアが穀物を輸入する(オーストラリア 干ばつで家畜飼料用穀物の輸入を計画 世界穀物需給に大きな影響,06.10.28)、これはそんな世界の予兆であろう。各国は近づくこの危機に備えることこそ最優先せねばならない。

 *Human Development Report 2006; http://hdr.undp.org/hdr2006/pdfs/report/HDR06-complete.pdf

 付図(FAOSTATより作成)