農業情報研究所農業・農村・食料欧州ドキュメント:15 年5月31日


抄訳:フランスの農業と山地―高付加価値との関連 その1

 

 以下はフランス農業会議所刊、”農業と山地:高付加価値との関連”(Agriture et montagne une relation à haute valear ajoutée,Chambres d’agriculture no990,Févriere 2010)の抄訳である。かつてフランス、ドイツをはじめとするヨーロッパの農政に大いに学んだ日本は、今やヨーロッパの農業や農政は見向きもしなくなった。しかし、農業が「持続的」衰退に向かい、とりわけ「中山間地」の農業が存続の危機に直面し、「地方創生」が叫ばれれる中、今一度ヨーロッパに学ぶ必要があると思われる。

 

 ここでは、山村地域社会・経済の活性化にかかわる人々の何らかの参考になればと、近頃ほとんど顧みられることがなくなったフランスの山地農業とこれを支える政策について紹介する。

  

 ただし、1000年の人の営みも一瞬にして無に帰せしめる原発事故以来、従前の農業・農村研究の意味さえ見失っているた筆者には、これを一気に紹介するほどの 気力とそれに支えられた体力も残っていない。 予兆もなく火山が突如大噴火を起こし、大地震も頻発するなか原発再稼働への動きが「粛々」と進む今、そんなことをして何になるという想いが強い。次回はいつになるか 、いつまで続くか確約できないが、今後おいおい紹介していくことにしたい。

 

山地と山地農業のポートレート

 

山地、二つの定義

 

 1960年代にフランスに現れた《山地区域》(zone de mongtagne1)の概念は、1975428日の欧州共同体理事会指令(75/268/CEE)で明確にされた。この指令は、共通農業政策(PAC、英語でCAP)の練り上げにおいて農業の社会的構造と多様な農業地域間の構造的・自然的不均衡が考慮されるように、領土の分類基準を定義する。

 

  この定義によれば、フランスの山地区域には次のような特徴を持つ市町村または市町村の一部が含まれる。

 

・非常に困難な気候条件が植物生長期間の短縮によって示されるような700m(ヴォージュ山地では600m、地中海山地では800m)以上の標高、

・標高はより低いが、領土の大部分(80%以上)において機械化ができないか、非常に高価な機械が必要になるような(斜度20%以上の)傾斜地の存在、

・またはこれら二つの要因の結合。

 

  その後の国の規則の変遷で、山地地域内に山地的性格がより明瞭な高山地区域(zones de haute montagne)を区別することが可能になった。さらに、山地と平地区域の両方の特徴を持つ山麓区域(zones de piémont)も設けられた。

 

 198519日の山地の開発及び保護に関する法律(いわゆる《山地法》)2)は《山塊》(massifs)の概念を導入した。これには山地区域とそれに直接隣接する区域(山麓、山塊との連続性が確かな平地)が含まれる。これは、首尾一貫した国土整備の論理において、標高の高い領土と平地との間の相互作用と交流を考慮するものである。

 

  フランス本土の山塊には、ヴォージュ、ジュラ、アルプス、中央山塊、ピレネー、コルシカの六つがあり、マルティニーク、グアドループ、レユニオンの海外県に三つの山塊がある。

 

ヨーロッパの山地は193万㎢、領土の40.6%を占め、山地住民は9430万人、全人口の19.1%を占める。

 NORDREGO,Zone de montagne en Europe,Rapport final,janvier 2004

 

 注1)拙稿 フランス山地政策の胎動 レファレンス 568(1998.5)を参照されたし。

 注2)拙稿 フランスの山地農業問題とその対策ー山地開発保護法制定への動きの中からー レファレンス 417(1985.10)を参照されたし。

 

フランスの山地区域地図

 

フランス山地山塊の社会・経済的ダイナミックス

 

 DIACT(国土整備競争力強化省間委員会、旧DADAR)が2009年に発表したデータがフランス山地区域のパノラマを描き、社会・経済的ダイナミックスと農業の重みに関する山塊間の一定の多様性を説明することを可能にする。(下表参照)

 

アルプス

ジュラ

中央山塊

ピレネー

ヴォージュ

本土全体

面積

総面積(㎢)

40,780

9,900

84,350

18,180

7,340

543,900

農地面積(対総面積比%)

25.9

37.6

48.9

27.8

28.4

51.8

森林(対総面積比%)

34.1

41.7

27.2

31.0

58.5

24.0

人口

住民数(2006年、千人)

2,590

563

3,835

500

617

61,400

人口密度(人/㎢)

65.3

57.1

45.8

27.8

83.8

112.9

変化(1999-2006年%)

8.3

6.9

2.7

4.1

2.8

5.0

経済(2006年)

雇用数変化(99-06年%)

13.7

6.4

7.0

8.9

3.5

10.9

工業雇用(%)

16.3

27.7

18.2

12.9

28.1

15.4

第三次産業雇用(%)

73.5

60.0

67.8

70.5

61.1

74.7

農業雇用(%)

3.0

4.8

6.9

8.4

3.8

3.5

ツーリズム

住居中別荘の%

26.6

11.6

14.2

35.6

10.1

9.9

別荘数の変化(99-06%)

8.7

-2.1

0.6

15.5

0.6

5.7

 

 領土面積中の農地面積の比率から見た農業の比重は、逆説的だがフランスの他の地域より小さい。これは、特にヴォージュに見られるように、森林が多いことで説明できる。ただ、これは、利用可能なデータに共同放牧地面積が欠けていることで割り引いて考える必要がある。

 

 山地区域は、基本的には人口希薄で特徴づけられる農村的地域である。ただ、これにも山塊により多少の違いがある。中央山塊とピレネーは、人口密度が低く、農業雇用が重要な比率を占める農村地帯をなす。しかし、アルプスとジュラでは都市の影響が顕著である。ジュラでは都市郊外化途上の農村地域が多く、アルプス、特に北アルプスは既に都市郊外となっている。これら二つの山塊では農業の比重は比較的小さい。ヴォージュは東部(アルザス)の郊外化地域と、山や谷が多い西部(ヴォージュ県)の農村的地域に分かれる。

 

 山地経済はフランス全体に比べて別の特徴を持つ。アルプスとピレネーではツーリズムが重要な地位を占め、それはセカンドハウスの多さに現れている。セカンドハウスは1999年以来増加している。他方、ジュラとヴォージュでは工業部門が大きな比重を持つことで特徴づけられる

 

 各山塊は、1999年から2006年まで、異なる人口的・経済的ダイナミックスを経験した。アルプスとジュラの人口は、他の平均的なフランスの地域以上に増加した。農村的なヴォージュと中央山塊の人口増加率はずっと小さい。雇用の成長率は、アルプスだけは別として、一般的にはフランス全体に比べて小さい。

 

 フランスの諸山塊の経済には標高、傾斜の山岳的特徴を超えた多様性がある。しかし、共通する主要な特徴は、その農業にある。

 

フランス山地農業の特徴と多様性

 

養畜の地、山地

 

 フランス農業における山地農業のシェアは第1表のとおり。経営数、利用農地面積(SAU、耕地・永年草地・果樹等永年作物地などから成る)、労働力(年労働単位=UTA、年間フルタイムで働く1人の労働に相当)では15%程度、経済規模(UDE=ヨーロッパ規模単位、小麦1.5㌶に相当)ではその半分程度だが、フランスの農業景観を形作る上で重要な役割を演じている。山地に多い草地を利用する養畜が支配的で、羊群の39%、牛群の17%がこの地に集中している。

 

 第1表 フランス農業における山地のシェア(2000年農業センサスと2007年農業構造調査による)

 

 

山地

フランス本国

山地のシェア

職業的農業経営数

52,070

326,225

16

農地面積・SAUha

3,564,490

25,210,268

14

総労働力・UTA

95,718

707,991

14

経済規模・UDE

2,039,067

26,239,041

8

                                                    

・4つに3つの経営が養畜、主に乳・肉畜生産に専門化している
・2つに1つの経営は養牛経営、
4つに1つの経営が羊・山羊経営
108つの経営が永年草地を活用、37%が放牧地(parcours)、高地放牧地(alpages)、生産性が低い荒地を持つ

 

  フランス農業における山地のシェアは生産物によって異なる。その生産物は山地ごとに非常な対照も見せる。

 

 大まかに言えば、ジュラ、北アルプス、ヴォージュの三つの山地は酪農が中心で、公式の品質保証マークを付けられた産品が多い。コルシカ、ピレネー、南アルプスは肉生産が中心をなす。中央山塊はこれらの中間に位置する。羊は中央山塊南部、南アルプス南部、ピレネー西部に集中している。

 

 養畜が支配的であることは、常に草に覆われた土地の面積(STH)が利用農地面積の3分の2(ヴォージュ)から90%以上(中央山塊)を占めることに示されている。放牧地、荒地、共同放牧地などの低生産性のSTHの比率は山地により大きく異なり、ピレネー、南アルプス、北アルプスでは60%以上を占める(第1図)。とはいえ、これは山地農業の際立った特徴をなす。

 

脆い関連部門

 

 山地でも国全体でも、酪農部門に見られる特徴的傾向は工業的加工施設の地理的集中である。これは加工業者にとっての「規模の経済」が引き起こしたものとはいえ、特に遠隔地の集乳費用を上昇させることになる。これは酪農経営数の減少とともに、部門の脆弱性を強める。

 

 食肉部門や屠畜施設の状況も同様だ。山地中心部に存在した多くの地方施設は弱体化し、危機的状況にある。これは、生きた牛の輸出のために地方肥育経営が衰微することから来る繁殖経営の困難に反映する。羊部門も同様である。

 

 山地全体にとって、付加価値の増加は生産物の差別化戦略に依拠する。それはしばしば近傍の職人的工場に支えられており、生産条件を前面に押し出し、《山地》のイメージに関連づけることで消費者を惹きつける。この戦略は、とりわけ生産物の原産地(地理的表示、原産地呼称)や《山地》呼称に基づく公認マークに依拠している。

 

 しかし、公認品質マークによる差別化は山地や産品により非常に異なっている。全体的には、これはチーズと羊肉にかかわる。牛肉については、生きた牛の輸出が支配的になることで、むしろ後退している。

 

経営の小規模化、若返り、兼業化

 

  山地畜産は草地への依存だけでなく、経営構造や人口現象でも特徴づけられる。山地の経営は、自然条件に拘束されて粗放的であるとはいえ、物理的規模でも経済規模でも全国平均よりも小規模である。これは時とともに強まる傾向である。

 

  他方、山地の経営は平地以上に急速に減少しているとはいえ、経営者の年齢は山地の方が若い。経営者の若返りの動きは、特にジュラ、ピレネー西部、中央山塊の中部と西部で顕著である。

 

  兼業経営者が多いことも山地農業の特徴をなす。これは特に高山地で重要な特徴をなす(17%、平地の二倍の経営者が兼業を持つ)。この比率は時とともに減少しているとはいえ、高山地経営の重要な特徴をなし、農業経営が比較的小規模であることに関係している。兼業活動はヴォージュや北アルプス(高山地)に集中した現象で、中央山塊やジュラでは専業農業者が多い(それぞれ62%、69%で平地よりも多い)。

 

食料供給、国土保全、環境保護への貢献

 

 山地区域はそれが立ち向かわねばならない構造的制約からして、農産食料を大量に供給する最善の手段を持たない。逆に、消費者の期待に応える多様で高品質の産品を供給する強い能力に恵まれている。それを識別するための手段は数多いが、これにはなお改善の余地がある。

 

山地産品 未開発市場の潜在能力

 

 山地産品は魅力的なイメージの恩恵に浴しているとはいえ、なおコミュニケーションと販売促進の多大な努力を必要とする。

 

 画像や言葉による山地の想像世界に結びついた産品はヨーロッパ市場にあふれているが、これらはすべての山岳地域に由来するわけではなく、必ずしも山岳地域の発展を促しはしない。

 

 

 

 Euromontana(ヨーロッパ山岳地域協会)はこの10年来、この問題の研究に取り組んできた。EU研究総局の資金供給を受けて2000年から2004年のかけて行われた最初の研究は、山地産品が生産環境や山地原材料に由来する特別な性質を持つことを立証した。山地区域での原材料加工はこれらの特別の性質の活用と山地区域にとっての付加価値の創出を可能にする。

 

 2007年に始まった二つ目の研究は、山地産品に対する消費者の関心と、関連部門と流通の当事者が出会う困難や見通しを評価した。オーストリア、スコットランド、フランス、ノルウェー、ルーマニア、スロベニアで行われたこの調査の結論は、山地食料・農業産品の市場の潜在力はヨーロッパレベルで存在するが、関連部門はその開発のための十分に組織化されていない、というものであった。

 

 消費者は山地食料・農業産品を食べることで、山地の環境、その自然、その純粋性、品質を想起するが、山地区域に由来するすべての産品が必ずしも優れた品質を持つわけではないとも思っている。衛生基準には非常にうるさい。また、回答者の81%が、そうすることで山地区域の生産や加工、山地コミュニティのノウハウの利用、地方の雇用の創出、衛生基準尊重が促されるならば、山地産品生産のためのラベル(表示)に賛成している。

 

 流通業者も大多数が、山地開発への貢献とか、一層多様な商品の供給・別種の消費者の獲得とか、多様な理由で山地産品の販売に好意的である。

 

 店の棚で消費者が見ることのでき、山地産品と表示されている品は非常に多様で、国によっても異なる。スコットランドやノルウェーでは魚や肉が多く、ルーマニアでは水とフルーツ、フランスではチーズ、純粋蜂蜜、水、肉製品、フルーツが多い。

 

 この研究は、消費者の期待によりよく応えるための山地産品生産者・加工業者への援助のガイドの開発を可能にした。しかし、《山地産品》のカテゴリーは当面、消費者の心の中では十分に定義されていないことに留意することが重要だ。山地産品の促進のためには、産品識別の改善とコミュニケーションの改善が必要だ。ヨーロッパレベルでの山地産品保護の確立が、生産者と原産地域が一層の利益を得るための決め手になるだろう。 (つづく)

 

  関連情報(いささか古く改訂が必要だが)

 

 フランスの農畜産品品質マークの現況(農業情報研究所),03.5.27

 

 EUの農産物食品「地理的表示」制度(農業情報研究所),03.8.18

 

 

 次回予定

 

 原産地呼称―山地酪農部門組織化の要素

 

 山地領土―農業のプラスの外部性にいかに報いるか