山地農業:フランス中央山塊印象記ー日本との比較でー

農業情報研究所(WAPIC)

02.11.6

 10月始めからほぼ1ヵ月の間に、フランス(中央山塊)と日本(岩手)の二つの山地を巡り歩く機会があった。両者共に牛の飼養を中心とする地域であるが、その景観の差は驚くばかりである。

 フランス中央山塊を広く歩いても「放棄地」らしいところはほとんど見ることができない。この10年、放棄地がそれほど増えていないことは公式統計でも確認できる。19世紀、稠密な人口を養うために山頂まで丸裸にされたこの山地の農牧システムは人口減少とともに崩壊に向かった。1950年代末には、多くの村が人口減少が人口流出を呼ぶという危機的状況を迎え、かつての農牧地は次々と放棄されていった。しかし、復活した森林や植林地は見事に維持され、残った放牧地も美しく維持されている。しかし、日本で見た景観は無残なものであった。かつて草地であったと思われる場所には雑多な植物が生い茂り、僅かに残った草地を取り囲んでいる(下の写真参照)。植林地の多くは、枝打ちも間伐もされずに荒れ果てている。人影がほとんどなく、車にも滅多に出会わないこの奥地の道路からちょっと引っ込んだ山林にトラックが顔をのぞかせているのは、「不法投棄」の格好の地となっているのではないかと疑わせる。下に降りると、雑草生い茂る休耕田が至るところに見られ、森林との境界の休耕田はほほ完全に「放棄」されているようである。すべてがそうだというのではない。ただ、フランスではこのような光景は、まず見ることができないということである。

フランス     日本  
 

 この違いはどこから来るのか。様々な要因があろうが、フランスでまず思い当たるのは政策的要因である。フランスは、1970年代初頭から農業条件の不利な山岳地域への「補償」援助や青年農業者自立就農援助(現在では、いわゆる「後継者」に限らず、都会からの新規参入者にも開かれている)の制度を導入してきた。しかし、今日の山村景観に直接に大きく寄与しているのは、これら山地に特有な伝統産品(特にチーズ)の市場を保護する原産地呼称(AOC)制度(日本とは比較にならない厳格な法的統制があり、これら製品の詐称には厳罰が科される)、1984年のEUレベルでの牛乳生産割当導入により苦境に陥った酪農から肉用牛への転換を促した肉用繁殖母牛奨励金の導入、1992年の改革されたEU共通農業政策の農業環境政策をフランス流に翻案した草地維持を目的とする粗放的放牧の奨励(「草地奨励金」)、1999年農業基本法により導入され、農業の多面的機能を維持・発展させるための契約援助制度(CTE、参照:フランス:地方経営契約、最初の分析,01.11.3)などである。

 ただし、以上は景観だけの話である。このような政策にもかかわらず、この地に住む人々は、なお急速に減少中であり、人口構成の高齢化も著しい。日本の山村同様、ここには、農業と観光のほかに雇用源がない。その農業においても、大規模化が急速に進み、人口減少に拍車をかけている。この点では、兼業機会が少ない分、日本以上に問題は深刻とも言える。山村の社会生活は、依然として危機状態にある。これらの政策も、この大勢を覆すには力不足のようである。これらの問題については、模索されている対策も含め、おいおい報告していきたい。