EU 個別農場への補助金支払上限設定を提案へー英国では王侯貴族が最大の受け取り人

農業情報研究所(WAPIC)

06.6.8

  Financial Times紙の報道によると、EUのマリアン・フィッシャー=ボエル農業農村開発担当委員が来年、1人の土地所有者が受け取る補助金の上限を年に30万€(約4400万円)に設定することを考えている。

 UK's biggest landowners to lose millions in EU farm subsidy reform,Financial Times.6.7,p.2

 同紙に対し、「2007/2008年の共通農業政策(CAP)改革のヘルスチェックの一環として、個人に対するCAP支払の上限設定を提案するだろう」、「同時に、田園地域における広大な雇用基盤を創出するために、農業者への直接支払を農村開発支援にさらにシフトさせることも考える」と語ったという。

 CAP支払を監視するfarmssubsidy.orgは、30万€の上限設定で影響を受けるのは、旧EU15ヵ国全体で1880農場で、総額9億7900万€になると計算する。そのうちの1430は旧東ドイツの集団農場で、330は英国の農場、30はフランスの農場という。

 直接支払が生産規模や面積に応じて支払われる以上、巨大農場が大半の補助金を受け取ることになるのは避けがたい。欧州委員会は、過去の何回かの改革でもこのような提案を行ってきたが、その都度、主として東ドイツの巨大規模農場への支払が減ることを恐れるドイツの抵抗で実現しなかった。支払を生産と切り離した03年の改革でも、基準は過去の実績に基づくものだから、このような”不公平”は亡くなることがなかった。ただ、農村開発援助を増やすためにこのような直接支払を大規模農場ほど減額し、それを農村開発援助に当てること(モジュレーションと呼ばれる)を義務化しただけだ。

 その結果、巨大農場を所有する英国の王侯・貴族階級が個人としての最大の援助受領者となるひずみが生じている。昨年の情報公開法発効で英国政府が発表したデータは、CAP補助金の最大の受領者は食品製造企業と多国籍巨大アグリビジネス、そして英国王室と貴族であることを明らかにした。CAPは小規模農民を助けるというのがまったくの虚構にすぎないことが明白になったわけだ。

 個人に関して言えば、女王は二つの農場で54万6000ポンド(約1億1500万円)、その長子のチャールズ皇太子は二つの農場で68万835ポンドを受け取っていた。ウエストミンスター公は56万ポンドを受け取り、最大に受領者であるサー・リチャード・サットンに至ってはバークシャーの7000エーカーの土地で117万ポンドを受け取っていた。企業にはははるかに及ばないが(最大の受け取り企業は、砂糖会社・テート & ライル社で2億2700万ポンド)、王侯・貴族が1億円を超える補助金を受け取っているというのはどう見ても常軌を逸している。

 So who's milking it?,The Observer,06.6.26
 http://www.guardian.co.uk/country/article/0,,1514619,00.html

 ボエル委員の提案が実現すれば、カネ食い虫と批判されるCAPの多少の改革になるとは言えよう。しかし、Financial Timesによると、英国政府は早速これに反応、これら王侯・貴族は近代的な大規模で効率的な農業の唱道者であると主張、大規模農場への巨額の支払を守ると語ったという。環境食料農村省は、CAP改革の目標は世界の農産物市場でEUの競争力を増すことだ、「これを達成するためには、最も効率的な農業者を報奨 する必要がある」と言う。直接支払を導入しようとしているどこかの国で聞いたような言い分だ。この国にも、農村社会・環境の維持や食料安全保障に寄与するであろう多くの少農民・兼業農家を犠牲に、「近代的な大規模で効率的な」農業貴族がはびこることになるかもしれない。

 ただ、英国が提案の実現の阻止に失敗したとしても、実際の改革につながるとは限らない。farmssubsidy.orgは、上限ができれば、大規模農場は全体として同額を受け取ることができるように所有権を分割するだけだと言う。これは米国の巨大農場が使っている常套手段だ(米国:大規模農業事業者が作物補助金獲得に狂奔、違法行為も―GAO報告,04.6.19)。直接支払は完全に農村開発や環境の保全・改善のためにのみ支払われるようにしなければ、決してこのような問題を解決できないだろう。自立が可能なはずの「近代的な大規模で効率的な」農業貴族に何故支払わねばならないのか。 援助を必要としているのは、農村社会や環境に貢献しながら生き残りのために苦闘している小規模農家や兼業農家だ。それを支えるための政策手段の見本はフランスがかつて採用し、今は放棄してしまった”国土経営契約”(CTE)にある(是永東彦・北林寿信・石井圭一、「日仏農業基本法の比較検討」、『農業構造問題研究』2000年No.2を参照)。