欧州委のCAP健診 大農場援助削減 気候変動等新課題で農村開発予算大幅増

農業情報研究所(WAPIC)

07.11.22

 欧州委員会が11月20日、EU共通農業政策(CAP)の”ヘルスチェック”を発表した。マリアン・フィッシャー・ボエル農業担当委員によれは、これはCAPの新たな改革(案)ではないが、2003年改革(→EU共通農業政策(CAP)改革の内容,04.5.8)の”微調整”以上のもので、2009年に予定されているEU予算フレームワークの見直しに向けて必要になる”調整”と”簡素化”の青写真を含む。

 それは、@現在の直接援助制度(単一農業支払)をどのように効率化・簡素化するか、Aもともとは6ヵ国の欧州経済共同体(EEC)の為に構想された市場支持手段を現代の世界の状況にどう適合させるか、B気候変動、バイオ燃料、水管理、生物多様性の保護のような新たな重要課題にどう対決するか、という問いへの回答の素描をなす。

 これに基づくき、EU27ヵ国は6ヵ月にわたる協議に入る。その結果を受けて、欧州委員会が来春、新たな立法を提案、来年末には理事会が採択して、直ちに発効させる予定だ。

 具体的提案は次のとおり。

 直接支払の効率化・簡素化

 a)過去の生産に基づく直接支払受け取り実績を基準とする現在の単一農場支払から、より”フラット”なレートでの支払システムへの移行。

 b)2003年改革で”デカップリング(援助と生産の切り離し)を免れた分野の完全デカップリングの追求。

 c)最大規模の土地を保有する故にCAPの最大の受益者となっている農業者が受け取る援助の受け取り額上限の段階的導入。10万〜20万€受領者は10%、20万〜30万€受領者は25%、30万€以上受領者は45%の減額が例示されている。

 d)援助対象者の土地保有面積の下限(2003年改革では0.3haとされた)の、例えば1haへの引き上げ。

 e)援助受け取りの条件としての環境・食品安全・動物福祉基準遵守(クロスコンプライアンス)の範囲の見直し。

 過去の実績に基づく支払や0.3haといった小規模土地保有者への援助は、ボエル委員に、直接支払額よりも行政費用の方が多いと言わせるほどの非効率を生んできた。はるか過去の実績は土地の現状をかけ離れている。援助対象を0.3haにまで広げたことで、デンマークだけでも2万の”新農民”が生まれた。英国では最近農地化されるか、単に遊んでいるゴルフコースや鉄道会社の土地まで援助対象に含まれることになった(0.3haといっても、日本とはまったく事情が異なることは注意しておく)。

 実現に向けての最大の難関は、恐らく(c)の提案だ。1992年、2000年、2003年の改革に際しても同様な提案がなされたが、英国とドイツの反対でことごとく潰された。欧州委員会の”ヘルス・チェック”に表立った反対は未だ出ていないが、この点に関してだけは、英国とドイツが早速、猛反対の声を上げている。

 2005年、30万€以上を受け取った経営者は2800人だが、そのうち660人はドイツ、420人は英国の経営者だ。前者は旧東独の集団経営を受け継いだ者、後者は王侯貴族が中心だ。女王は2006年、70万€(100万ドル)を受け取った。あまりに不公平と言っても無駄だ。これら大経営者は、援助が減らされらたら、大量の雇用労働者の首が切られると脅かす。米国でもそうだが、経営を分割して今まで通りの援助を手にするのを阻止する法的手段もない。比較的大規模経営が多いデンマークやチェコも英・独につくだろう。EU官僚も共産・王国には勝ち目がない。

 市場支持手段の現代化

 a)輸出払い戻し金(通称、輸出補助金)の段階的廃止。

 b)パン用小麦を除く穀物買い入れ介入の制限。

 c)強制セット・アサイド(休耕、日本的には”減反”)の廃止。

 d)2015年の牛乳生産割当廃止に向けての準備としての割当量の漸増。

 新たな課題への挑戦

 新たな課題には、リスク管理、気候変動との戦い、一層効率的な水管理、バイオエネルギーが提供する機会の活用、生物多様性の保全が含まれる。

 気候変動と水管理に関する目標は、クロスコンプライアンスを通して達成できよう。これら分野のおける行動の改善にはインセンティブが必要だが、これにはコストがかかる。必要な新措置の資金 を調達する最善の方法は”農村開発”政策を通してである。このために、年に5000€以上を受け取るすべての農場への直接支払の減額(EU用語で”モジュレーション”)の率を増やし、これで浮いた資金を農村開発予算に回す。これにより、CAP総予算の5%にすぎない現在の農村開発予算を、2013年には13%にまで増やす

 このように、ヘルスチェックは、ブレア前英国首相が唱導したようなCAP予算の大幅削減→CAP解体を展望する抜本的改革にほど遠く、CAP護持を掲げる次期EU議長国・フランスに配慮した非常 に用心深い提案となった。それでも、農村開発予算の倍以上の増額が実現すれば、CAPも市民・納税者が求める姿に向かって大きく前進することになりそうだ。いずれは、公的援助のすべてを多面的機能実現のために当てるべきだとした99年フランス農業基本法の理想にはなお遠いけれども。

 資料
  European Commission,Agriculture: Health Check to streamline Common Agricultural Policy and address new challenges,07.11.20.
  European Commission,The CAP "Health Check": Relevant questions and their short answers,07.11.20
  European Parliament,
Broad welcome for CAP "health check" from EP Agriculture Committee,07.11.2
  Bruxelles veut réduire les aides agricoles aux gros bénéficiaires de la PAC,Le Monde,11.20
  Communsits and royality fight farm susidy cuts,Financial Times,07.11.21,p.3
 
Communists and royalty fight farm aid cuts,FT.com,11.20
  Aid cuts for big Europe farmers,BBC News,11.20
  EU treads carefully in reforming agriculture policy,Radio Netherlands,11.20