農業情報研究所農業・農村・食料欧州ニュース:13年4月19日

欧州の農地集中と土地収奪 若者等の農業参入を阻む 小農民グループの新たな研究

   自らが保有する小規模農地で食料を生産する権利を主張するヨーロッパの小農グループ が4月17日、ここ数十年の間に急速に進んだヨーロッパにおける大規模経営への農地集中と、これに拍車をかける大企業、投資家、外国の大金持ち、年金ファンドなどによる広大な土地取得、いわゆる”ランド・グラビング”の実態を明らかにし、それが健康的な地方食品や持続可能な農業への関心の高まりの中で増えている農業志願者、とりわけ若者の土地取得と農業参入の妨げとなっているとする研究報告を発表した。この研究を踏まえ、この研究にかかわった”European Coordination Via Campesina (ECVC) ”は、EU各国政府とEU統治諸機関に対し、土地集中、ランドグラビング、農業参入障壁の三重問題に取り組むように要請した。

 それは、「土地の公共財としての重要性を取り戻すべきである。土地の商品化を抑制し、領土の公的管理を促進せねばならない。小規模土地保有者と農民的農業のための土地利用、私的営利だけを目的とすることに抗する食料生産のための土地利用を優先すべきである。土地へのアクセスは、耕す(work)人々(あるいは、社会的に、また環境面で(ecologically)受け入れ可能な方法で耕すことを望む人々)に与えられるべきである」と言う。

  日本とは無縁な話という向きもあるかもしれない。しかし、それは日本の農業政策にも深刻な反省を迫るだろう。ほんの一握りの「担い手」(専業農家、法人経営など地域の農業を牽引するとされる農業者)への農地集積による規模拡大・効率化の追求を基軸とする日本の農業政策、あるいは「戸別所得補償」を万能の政策手段とするような日本の農業政策は、高齢化と農業就業人口の減少に象徴される日本農業の後退を決して止めることができなかった。どこが間違っているのか、何が足りないのか、この報告は暗にそれを示唆している。

  Land concentration, land grabbing and people’s struggles in Europe,European Coordination Via Campesina (ECVC) & Hands-Off The Land (HOTL) Alliance,April 2013
  http://www.tni.org/sites/www.tni.org/files/download/land_in_europe.pdf
 Land concentration, land grabbing and people’s struggles in Europe,Transnational Instiute,13.4.17
  http://www.tni.org/briefing/land-concentration-land-grabbing-and-peoples-struggles-europe
 

 報告の概要は以下の通りである。

 土地集中

 この数十年の間に、ヨーロッパのいくつかの国の土地所有は、ブラジル、コロンビア、フィリピンのように世界で最も不平等なものになった。EUには1200万の農場(農家)があるが、その3%にすぎない100f以上の農場が全農地の50%を支配している。

 この土地所有の集中は数十年前に始まり、加速してきた。ドイツでは、1966/67年には124万6000の保有者(ホールディング)がいたが、2010年には29万9100に減った。これらホールディングのうち、2f以下の農場がカバーする面積は1990年には12万3670fだったが、2007年にはたったの2万110fに減った。他方、50f以上の農場の面積は920万fから1260万fに増えた。

 東欧ではベルリンの壁崩壊後、土地集中が急速に進んだ。多くの農民は、国がEUに加盟し、補助金付き農産物が市場に溢れ始めたときに破産した。最初の6年間、大多数の小農民は補助金の恩恵に浴することができず、新たなエリート投機家/投資家グループが広大な土地を 占拠することになった。

 この土地集中、それに伴う富の集中に手を貸したのがEU共通農業政策(CAP)を通して支払われる補助金―公的資金である。イタリアでは2011年、0.29%の農場がCAP補助金の18%をせしめた。150(0.0001%)の農場が全補助金の8.6%を受け取った。ハンガリーでは2009年、8.6%の農場が全補助金の72%を受け取った。

 CAP補助金は農地面積に応じるものに変わりつつある。東欧や地中海地域では、これが一層の土地集中を煽るだろう。

 ランドグラブビング

 他方、近年は途上国で見られるのとほとんど変わらないような”ランドグラビング”も進んだ。ブルガリアでは中国企業が大規模トウモロコシ農場を、ルーマニアでは中東の企業が大規模穀物農場を手に入れ、ヨーロッパ企業は多くの国で、農業・非農業 の多様な目的で土地を取得している。これらの大規模土地取引は、まさにエチオピア、コロンビア、パラグアなどと同様、秘密裡に、不透明なやり方で行われている。 土地取得者は伝統的アグリビジネスや年金基金を含む金融資本などが資本参加する外国・国内企業である。

 これが土地集中を加速させた。ウクライナでは最大規模の10の農業ホールディングが280万fを支配し、セルビアでは、セルビア人の4大土地所有者が10万f以上を支配する。

 ランドグラブの理由・目的は多国籍企業が支配する食品産業の原料生産、バイオエネルギー、ソーラー発電などの”グリーングラブ”、不動産業、ツーリズム、その他の商業事業等々である。フランスでは毎年、道路、スーパー、都市化、レジャーパークを作るために6万fの農地が失われる。もっと小規模な土地取引も多いが、これは最も肥沃で生産的な農地を浸食する。

 将来ある(若い)農業者の参入障壁

 このような土地集中とランドグラビングが将来有望な農業者、その大部分を占める若者の農業参入を妨げている。CAP補助金やそれに付随する各国政策は、この障壁除去にまったく貢献していない。現在のCAP、計画されている改革CAPは、若者の土地へのアクセスと農業参入への障壁を一層強めることになりそうだ。

 唯一の希望は、若者はもはや農業には無関心であるという通念に反し、農業を始めたいと思い、それを熱望している若者はヨーロッパ中に溢れているという事実である。若者の農業への関心の高まりは、一部、健康的な地方の食品と持続可能な農業への関心に触発されたものである。

 ただ、ヨーロッパ農業政策の厳しい現実のために、これら将来の農業者は小さな土地を奪われ、あるいは農業参入を拒絶されている。進展する土地集中と忍び寄るランドグラビングの勝者は、環境・社会的コストが大きい農業システムに執着する大規模工業的農業である。

 報告は、それにもかかわず、土地集中とランドグラビングの動きを止め、逆転させようとする広汎な社会的グループ(社会的諸階層、都市・農村民、多様な職業グループ)がかかわる新たな運動がヨーロッパ中に現れつつあることも明らかにしている。

 ECVCは、@極度の土地集中と商品化のトレンドを止め、反転させること、Aランドグラビングを止めること、B食料主権を実現するための農業、特に若者のための農業に向けた土地へのアクセスの確保を勧告する。

 ここではBについてのみ具体的内容を紹介しておく。日本にも、若者に限らず、農業参入を望みながら土地へのアクセスの困難のために諦めている人は多いはずだ。土地へのアクセスが絶望的に困難ではないとなれば、今までは思いもしなかった農業への参入を考える若者も増えるだろう。そんなことを期待して。

 ・土地所有または相続財産の家長的制度を廃止し、婦人のアクセスを確保する逆差別政策を促進すること。

 ・若者、土地無し民のアクセスを容易にするために、水資源など他の資源についても、公的管理のフレームワークを創設すること、または既存のフレームワーク(たとえばフランスのSAFER=農村土地整備公社)を改革すること。

 ・土地利用に関する決定への地方コミュニティー参加を強化または創設すること。

 ・土地所有権における婦人の状況を改善し・若者の農場立ち上げを容易にする協同組合型農場と共同所有取り決めの法的フレームワークの開発。

 ・経営創設と賃貸基準を変更し、持続可能な小農場/農民的プロジェクトを支援するための政策を採択すること(補助金受領の最低面積要件を取り払うことなど)。

 ・食料主権の枠組みの範囲内での責任ある土地統治に関する「保有ガイドライン」の採択と民主的実施を推進すること。

 ・土地取り戻しの具体的行動(工業地区占拠など)を支援すること。

 ・ヨーロッパ、また世界中で、バイオ燃料生産、その他の商業的エネルギー利用、採取産業、無益なメガプロジェクトに対して食料のための土地利用を優先すること。

(以上)