農業情報研究所>農業・農村・食料>欧州>ニュース:16年6月26日;7月5日訂正 小規模経営の方が持続的で農業成長に寄与 ヨーロッパ農業モデルに関する欧州議会の研究 「EU共通農業政策(CAP)はどうすれば21世紀のヨーロッパ農業モデルを支援することができるのか」、このように題する最近の欧州議会の研究*が、「農業経営規模拡大は一直線に進んでいるわけではなく、小規模経営は必ずしも消滅の運命にあるわけではない」ことを明らかにした。公的政策の観点からして、小規模経営はむしろ推奨すべきものであり、中小規模経営は大経営以上に農業部門の成長に貢献しているという。研究は、農業政策は大経営の支援に焦点を当てるのではなく、もっと包括的なものでなければならないと結論している。 *Strauctural change in EU farming:How can
the CAP support 21 century European model of agriculture,European Parliament March 2016 この研究によれば、農業経営の持続性は経営規模により条件づけられるものではない。小経営は逆境からすぐ立ち直る弾力性を持ち、自分自身の資源(労働、経営資本、土地)で稼働し、価格の乱高下に対抗するための有効な<低コスト>戦略を持ち、社会の要請、景観・生物多様性保護の要請にもうまく対応できる。逆に、メガ経営は直接援助の大部分をせしめることで家族農業を脅かし、社会の要請と矛盾するという。 研究は、農業の成長(農業所得増大)と農村開発は大多数の中小規模家族農業に立脚する必要があるとして、次のように勧告する。 ・CAPの第一の柱(個別経営への直接支払)と第二の柱(農村開発)の関係の再考。第一の柱は第二の柱に包含・統合されねばならない。 ・歴史的生産基準(面積)に基づく援助は廃止し、景観の管理と生物多様性の保護の基準で条件づけられた新たな一括援助を設ける。 ・景観維持と生物多様性の保護を自己統御の新たな形態である<協同地方自治>に委ねる。 ・生産者と消費者の直接的関係による新たな市場の構築。 ・農業者の交渉力を強めるために、例えば競争の権利の一定の例外(自由競争に一定の歯止めをかける生産者団体による共同販売など)を反映する食料チェーン(食料品流通)に関する新たな規制の開発。 この研究における小経営の定義は必ずしも明確でないが**、ヨーロッパ農業モデルの中核をなす「家族経営」の危機に対する抵抗力が、過剰生産とスーパーの買いたたきからくる価格低迷でこれでは破産だと大騒動を引き起こす企業的大経営(何百頭もの牛を飼う工場畜産農家がその典型)に勝ることは確かである***。私有財産制の基礎である家族零細土地所有を脅かしてひたすら大規模化を追求し(そのうち旧社会主義国の大規模集団農場に接近?)、規制改革・農協改革で生産者協同の息の根を止める安倍農政は、まさに21世紀のヨーロッパ農政と真逆の方向を向いている****。 **経営面積と家畜頭数に一定の係数をかけて評価される経済規模を基準(EU統一基準)とすると、2013年、フランスでは小規模経営(2万5000ユーロ未満、ほぼ300万円未満)が32%、大規模経営(10万ユーロ以上)が39%で、中小規模経営が半数以上(61%)を占める(Agreste Premieur,juin 2015)。ただし、労働の観点から定義される「家族経営」(労働力の大半が家族から提供される経営)はフランスの農業経営全体の95%に上るという(L’agriculture familiale en France métropolitaine : éléments de définition et de quantification - Analyse n° 90 - mai 2016)から、小経営と家族経営とは必ずしも一致しない。 ***小稿 フランス山地農業 「日本型」の経営モデルに(日本農業新聞 16..4.8 第2面 万象点描)を参照 ****この点、より詳しくは、来月刊行予定の「農業成長産業化という妄想―「安倍農政」がヨーロッパ共通農業政策から学ぶべきこと―」 (世界 2016年8月号)を見られたい。 16年7月5日 『世界』編集部からの連絡で、紙数の都合上、8月号掲載は不可能になったとのこと。参院選に向けて書いたものなので残念至極ですが、仕方がありません。そのうち、どこかで公開することになるでしょうが、ここでは原稿の結論部分のみを紹介しておきます。
「農業の成長産業化には食料品需要の拡大が不可欠である。ところが、人口増加が止まる一方、日本人の一人当たり食料消費は、専ら輸入に頼る小麦・小麦加工品と飼料を輸入に頼る肉類以外、すべて減少傾向にある(図1)。小麦や飼料の圧倒的に低い国際競争力を考えると、「選択的拡大」による成長の余地もない。
需要面から考えるかぎり、政策の焦点はいかにして「マイナス成長」・「縮小再生産」を止めるかにある。(不可避の)米消費の減少で遊休化する水田を、消費が増える肉を生産するための飼料(飼料用米ではない)用地、あるいは放牧地として活用することが、最善の選択肢のように見える。
そのように言えば、輸出拡大による成長の余地はあるという答えが返ってきそうだ。しかし、輸出が輸入増大による国産農産物の市場縮小を埋め合わせる可能性はゼロである。輸出額は年々増加しており、特に一三年以降の増加は著しいが、それでも貿易赤字(輸入超過)増加は止まらない(図2 輸入が〇九年から一時的に急減しているのは、穀物国際価格の急落と円高の急進のため)。TPPが実現すれば輸入はますます増えるだろう。それでも、構造改革による生産コスト削減で輸入品に対抗できると言うのだろうか。
それこそ安倍農政の根本的誤りである。適切な国境保護を欠いては、構造改革による生産コスト削減も意味をなさない。土地を主たる生産要素とする農業の価格競争力は圧倒的に天賦不動の土地資源に依存し・可変的な資本や労働(技術)が関与する余地は極めて小さいからである(これは農業経済学のイロハのイである)。最も競争力の強い世界の国々との競争力の差は、経営規模拡大(注)や生産資材コストの削減で埋まるものではないのである。それは戦後フランス農業が実証したことではなかったか。
細切れの何十枚もの田んぼを合わせて計三〇㌶を耕す日本の最大規模稲作経営が、一枚三〇㌶の田んぼを計数千㌶も耕す米国の稲作経営に勝てるはずがない。日本の主食用米と競合するカリフォルニア米中粒種の国際価格はトン七四五ドル(今年三月平均)、一ドル一二〇円としてもトン八万九四〇〇円、六〇㌔当たり五三六四円だ。日本主食用米の平均生産費(二〇一四年)、一万五四一六円の三分の一ほどだ。最大規模の一五㌶以上経営の生産費、一万一五五八円と比較しても半分以下である。さらに、進次郎改革で農機具費二七五一円、肥料費一〇八七円、農薬費八七〇円、計四七〇八円を半額に減らしても、平均生産費は一万三〇六二円、最大規模経営の生産費も九二〇四円に減るだけだ。日本の米生産費を米国産レベルにまで引き下げるにはどうしたらよいのか、想像もできない。
これは牛肉についても同様だ。日本で比較的安い交雑種の部分肉仲間相場(卸売価格、二〇一五年三月-二〇一六年一月平均)は米豪からの輸入価格の二〜四倍になる(二〇一五年時点で)。畜産クラスターや資材価格引き下げでどうしてこの差が埋められようか。
TPPは輸入増大による国産農産物市場の縮小に帰結、日本農業を成長どころか破滅に追い込むだろう。
これを要するに、農業成長産業化の土台は既に掘り崩されており、TPPはその跡かたさえ取り払うということだ。農業成長産業化は安倍政権が妄想する空中楼閣にすぎない。 はどうすればいいのか。まず、「日本型直接支払」はEU型直接支払に改めるべきである。すなわち、①水路の泥上げ・農道の路面維持などの地域の共同活動を支援する「多面的機能支払」は、小規模・兼業農家を含むすべての個別農家(あるいは農家集団)に支払われる最低限の所得保証直接支払に改め、②「中山間地域等直接支払」は平地に対するハンディを補償する個別農家(あるいは農家集団)への直接支払に改め、③環境保全効果の高い営農活動を行うことに伴う追加コストを支援する「環境保全型農業直接支援」を飛躍的に拡充すべきである。TPPからは離脱し、先に述べたようなフランス山地農業に倣ってグローバル化とスーパーの買いたたきにも負けない真に「強い農業」の構築を目指すべきである。」
とりわけ山地では、いまや、およそ三割の農業経営が原産地呼称産品・有機産品などの品質が保証された高付加価値産品を生産、直接販売・自家加工の「補完」活動を行う経営も、各々二四%、一一%に達している。民宿・レストランを営む経営も少なくない(二〇一〇年フランス農業センサス)。
(1)
François Pernet,résistance paysannes,Presses
Universitaires de Grenoble,1982
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