農業研情報究所

highight

HOME グローバリゼーション 食品安全 遺伝子組み換え 狂牛病 農業・農村・食料 環境 ニュースと論調

養殖漁業は持続可能か?WWFが警告

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.20

 近頃のスーパーマーケットの魚売場に並ぶサーモン・ピンクの塩鮭・鱒の切り身パック、国産やカナダ産がめっきり減り、チリ産の「ぎん鮭(養殖)」がやたらと目立つ。値段もぐっと安い。今夜の夕食を手軽にとか、明日の弁当は何になどと考えていると、つい手が出る。野生鮭の肉はエビを食べることで自然に赤くなるが、養殖鮭では飼料にこの着色料を添加して赤くしており、この着色料は視野狭窄を引き起こすとしてEUが禁止しようとしているなどという情報を気にしながらも(EUの鮭に灰色の将来)。養殖鮭はわが国の食卓にすっかり定着したようである。わが国の鮭・鱒の輸入量は1999年に国内生産を上回るに至り、2001年には国産24万トン余りに対して、輸入27万6千トン余りに達したが、実にその3割、8万5千トンほどがチリ産ぎん鮭である。鮭に限らず、いまや養殖ものが主流となっている魚種も少なくない。ブリや最大の消費を誇る輸入エビはその典型である。

 養殖漁業は、乱獲による漁業資源の枯渇を防ぎつつ食糧を確保するための切り札として推進され、急速に発展してきた。国連食糧農業機関の統計によれば、1994年の世界の総漁獲量1億1千230万トン(海面では9千340万トン)のうち、養殖によるものはその19%、2千80万トンであったが、1999年には1億2千500万トン(同3千290万トン)のうちの26%、3千290万トンに達したと推計されている。最近では、絶滅に瀕した鱈やキャビアを製するためのチョウザメの養殖まで試みられている。

 しかし、養殖漁業はどこまでも拡大できるのだろうか。2月18日、世界的な自然保護団体・世界自然保護基金(WWF)は、養殖魚飼料の需要が既に圧迫されている野生魚資源を脅かしており、養殖漁業が現在のペースで成長すれば、ここ10年の間に飼料需要が満たせなくなるだろうと、養殖漁業の持続可能性に警鐘を鳴らす新たな研究報告(Food for thought: the use of marine resources in fish feed)を発表した。この報告によれば、1kgの養殖魚を生産するために、漁獲された野生魚4kgが必要であり、このままでは養殖漁業が飼料危機に陥るだけでなく、海面養殖漁業が依存する海洋生態系にも危機が及ぶ。

 以下、この報告と同時に発表された特別記事(Fish food for thought)により、WWFの現状把握と提案のアウトラインを紹介する。

 養殖漁業による魚油とフィッシュ・ミールの消費

 世界の海洋から、毎年、およそ8千万トンの野生魚が漁獲される。これらのすべてが我々の食卓に載るわけではない。三分の一以上が魚油とフィッシュ・ミールの製造に使われる。その三分の二は、直接に食料やその他の製品ではなく、養殖魚の飼料製造に向けられる。

 養殖漁業は世界で最も成長が速い産業の一つである。この成長は鮭や鱒のような高級魚の需要のかつてない増加が煽り立てている。これらの魚は、野生状態ではもっと小型の魚やイカ、甲殻類を食べている。養殖されるときには、大部分がフィッシュ・ミールや魚油から作られるペレットを与えられる。そして、大部分のフィッシュ・ミールや魚油は、アンチョビ、さっぱ、さば、ニシン、ホワイティング(小だら)のような小型な遠洋の魚から作られる。

 養殖魚が必要とする飼料の量は唖然とするほどであり、WWFは、控えめに見積もっても、1kgの養殖魚を生産するために、漁獲された野生魚4kgが必要と計算する。現在,養殖漁業は、世界の魚油生産の70%、フィッシュ・ミール生産の34%を消費している。鮭と鱒の養殖だけで、世界の魚油の53%を消費する。養殖漁業が現在のペースで成長を続ければ、2010年までには、養殖漁業が魚油のすべてとフィッシュ・ミールの半分を使うことになる可能性がある。

 飼料原料小型魚資源の漁獲過剰

 しかし、遠洋小型魚は有限な資源であり、多くは、既に再生産のための安全限界まで、あるいはそれを超えて漁獲されている。養殖飼料産業に原料を供給する多くの漁業が南東太平洋のペルーからチリに至る沿岸に立地しているが、国連食糧農業機関(FAO)は、2001年、これらの漁業を「完全漁獲」と特徴づけた。これは、生物学的安全限界まで漁獲されていることを意味する。これらの魚の数はエル・ニーニョの影響で変動もしており、これによって漁獲過剰に特に反応しやすくなる。例えば、南米さっぱの漁獲量は、エル・ニーニョと漁獲過剰の結果、1985年の650万トンから2001年の6万トンへと激減した。

 産業用の魚の他の主要供給源である北東大西洋漁業は、1963年に「完全漁獲」とされ、1994年には過剰漁獲とされている。現在最も脅威にさらされているブルー・ホワイティグのような魚は安全限界を超えて漁獲されており、2001年の総漁獲量・180万トンは、国際海洋探査委員会(ICES)により勧告された量の2倍になる。

 養殖漁業の飼料危機と海洋生態系の崩壊

報告の著者たちは、以上の実態を踏まえ、飼料産業の魚油需要は10年以内に利用可能な資源を超えると予想する。南東太平洋漁業が持続可能な方法で漁獲を増やす可能性はないし、北東大西洋の状況はそれ以上に悪い。魚油とフィッシュ・ミールのために使われる割合を増やすことも難しい。ペルーやチリは多くの人口を抱え、両国政府は、食糧確保のために、人間の消費のための魚の利用を推進している。EUも、魚油とフィッシュ・ミール製造のために使われるいくつかの魚の漁獲を禁止した。

小型遠洋魚の資源の崩壊は養殖漁業にとって問題となるだけではない。フィッシュ・ミールと魚油のために使われる魚種は海洋生態系にとっても死活的に重要なものである。これらの魚は他の魚・鳥・哺乳類の餌である。皮肉なことに、養殖漁業は野生魚への圧迫を取り除く手段であると見られている。しかし、現在では、野生魚からのフィッシュ・ミールと魚油の使用は、圧迫を緩和するどころか、既に脅威にさらされた魚資源への圧迫を強めている。

持続可能な漁業は可能だし、飼料を変える方法もある

1960年代、70年代に崩壊に瀕した大西洋のニシン資源は、漁獲量削減と有効な管理措置の実施により、多少の回復をみた。北東大西洋のブルー・ホワイティングが脅かされているのは、大部分、この魚種の管理に関する国際協定がなく、ICESからの勧告に従っていないからである。管理の改善はこれらの資源の救済を助けるであろう。

野生遠洋魚種を魚油とフィッシュ・ミールに使うことへの代替策もある。人間消費用に漁獲される魚の内臓の使用増加があり得る解決策の一つである。これは、現在、大部分が廃棄されており、最近は、陸上よりも海上で加工されることが増えたから、大量の内臓が海に投げ込まれている。しかし、これは魚飼料産業が利用できるであろう。養殖漁業には、植物蛋白の利用を増やす代替策もある。

代替策にも科学物質汚染や生態系破壊の問題がある

しかし、これらの代替策自体に問題がある。食物連鎖の上位に立つ魚の内臓は、しばしばダイオキシンやその他の化学物質にひどく汚染されている。クリーニングは可能だが、魚油やフィッシュ・ミールの価格を上昇させるであろう。すべての養殖魚が植物飼料で完全に育てられるわけでもない。代替飼料の一つと考えられるオキアミの漁獲も、オキアミが食物連鎖の一環をなすのだから、海洋生態系に深刻な影響を与える可能性がある。

養殖魚生産を健全な海洋生態系の一環に

 養殖漁業は海洋生態系への依存を認めねばならない。飼料として利用される魚は小さく、大して美しくもないかもしれないが、海洋生態系の不可欠な一部をなす。養殖魚生産を健全な海洋生態系の一環とすることが、養殖漁業を持続可能にする唯一の方法である。