小規模自作農民が食糧安全保障のカギ―「サイエンス」誌論文

農業情報研究所(WAPIC)

03.12.1

 必要最低限の食糧を確保するための小規模自作地をもつ地域小農民が自助を助けられれば、熱帯地域は今後50年にわたって食糧供給を確保できるだろう。英国イースト・アングリア大学(UEA)開発研究スクールのミカエル・ストッキング教授が最近のScience誌でこのように論じている(*)。

 熱帯土壌と食糧安全保障の将来を悲観する論調は多い。一定の共有牧草地で飼育可能な羊の総頭数には限りがある。しかし、個々の羊飼いが自分の利益を最大限にするために羊の数を増やすという「合理的」行動を取ると、羊の数は牧草地の飼育能力を超え(過放牧)、草は食い尽くされて牧草地は荒廃に帰す。カリフォルニア大学の生物学者であったハーディン教授は、1968年に同じScience誌(Vol.162 1243)でこう論じ、これを「コモンズ(共有地)の悲劇」と名づけた。熱帯土壌と食糧安全保障との将来についても、このような悲劇が回避できないのではないかという悲観論が克服されていない。

 だが、UEAのストッキング教授のグループは、国連や多数の途上国研究者との共同作業で、環境を保護しながら将来の食糧を確保する小規模自作農民による熱帯土壌の持続可能な管理の多数の事例を収集した。熱帯地域を尋ねる専門家は、特にすべてが死んでいるように見える乾季に訪れるときには、地域農民が直面する問題を誇張することが多い。教授は、一部地域に土壌劣化が広がり、10億もの人々が食糧安全保障を欠いていることは事実だが、多くの熱帯土壌は回復力をもち、既に劣化した地域でさえ、適切な管理があれば早期の回復が可能だと言う。

 彼は、「土壌の質」を「生物生産性を支え、環境の質を維持し、植物・動物・人間の健康を向上させるために、土地利用と生態系の境界内で働く土壌の能力」と定義する。それは、生産機能にのみ焦点を当てる伝統的な技術的アプローチとは異なり、土壌を、人間社会の要求に関連する生物学的・化学的・物理的特性をもつダイナミックで多様な生産システムの一部として認めるものだと言う。それは空間的・時間的に変化し、土壌資源の管理や利用により影響を受ける。来るベき50年の食糧安全保障を検討するためには、このような「土壌資源と社会の関連の動学」の正しい認識が必要である。そして、食糧安全保障の退行傾向を覆すための適切な介入のためには、主要なタイプの熱帯土壌の変化する劣化への抵抗性(あるいは回復力)と感受性(土壌劣化が収量にどのように影響するか)を知らねばならない。そすうることで、「共有地の悲劇」のシナリオは、農民が自らを助けるプラグマチックな地方的解決策で回避することができると主張する。

 熱帯の主要な土壌は次の四つのタイプに分けられる。

 1)侵食にはよく抵抗するが、管理が貧しく劣化が起きると収量と土壌の質が急速に低下する。しかし、適切な土地管理がなされると急速に回復する(ファエオゼムス)、

 2)非常に管理が貧しく、これが永続するときにのみ劣化。生物的保全方法が生産と土壌保護を維持する(ニトソル、カンビソル)、

 3)劣化しやすく、生産に破滅的影響、栄養分と植物が利用可能な水の損失。再建困難で自然植生か森林状態に維持すべき(アクリソル)、

 4)大きな侵食を蒙るが、生産や土壌の質への外見上の影響はない(フェラルソル)。

 将来の収量や食糧安全保障への土壌の質の変化の影響を決定するためには、これらの収量減少のパターンを知ることが決定的に重要である。

 小農民が土壌を回復する能力は、このようなタイプの違いに応じて採用される管理戦略に関連づけることができる。例えば、熱帯・亜熱帯の35%を占めるフェラルソル、28%を占めるアクリソルでは、一度植生が失われると、酸性化を通して急速に劣化、自然に戻ることはない。テラスのような構造物と間作のような生物的方法の結合が最善の対応となる。これは、構造物構築のための多量の労力と資金を要することになる。エチオピアやケニヤの高地に見られるようなニトソル(3%)では、問題はほとんど起きない。侵食にも、肥沃度低下にも、生物的保全方法が有効であり、有機物資源の利用可能性とこれを管理する人的資源が制約となる。

 ストッキング教授は、土壌の質の研究における最近の最も興味ある発展は、農業(方法)は土壌栄養分を取り出すだけでなく、インフォーマルな実験と経験を通して多年にわたる条件の変化に応じて進化していることを認めたことだと言う。農民は、分析技術によってでではなく、経験によって、しばしば「専門家」に勝る決定を行うことができる。農民は、生存にかかわる緊急事態がないかぎり、自らの将来を危うくし、家計と食糧安全保障を危険にさらすような行動は取らない。私的な金銭的・社会的・文化的利益がコストより大きければ、彼らは土壌保全に投資する。土壌の最大の毀損は、例えば移住者や避難民によって生じる。土壌の質と食糧安全保障への最大の脅威は、小規模自作農地の安全保障が世界の条件の変化により困難になったときに生じる。

 熱帯の小農民は将来の土壌の質と食糧安全保障を楽観させる技能と社会的ネットワークを持っており、土着の知識と革新を利用して技術を地方的必要性に適応させ、多労で高価な方法を回避しながら、多くは自身の土壌を持続可能で生産的に維持している。科学者はいつも正しいわけではなく、必ずしも実行可能、あるいは受け入れ可能な解決策を提供するわけではない。土壌資源は静態的で同質の「媒体」ではなく、人間の必要に応えるダイナミックな要素である。

 彼は、ベルベットビーンが緑肥マルチとして利用され、肥沃度低下に対抗する方法として受け入れられている半湿潤ベナンの例、専門家が決して勧めることのなかった技術である「トラッシュライン」(根こぎした雑草と作物残滓の帯)が農民家計に定常的に利益をもたらす土壌維持のほとんど唯一の技術となっているケニヤ半乾燥地の例をあげている。ウガンダ東部の農民は、コーヒー、バナナ、ココヤムなど54種の作物を同時に栽培することで、植物病と侵食を減らしながら、国内に食料を供給し、健全な作物を国際市場で販売している。こんな農法は、大規模単作化した欧米の近代農法に比べれば生産性ははるかに低く、遅れた農法と言われよう。それでも、食糧と生計の安全をより確かに保障している。

 彼によれば、将来を左右するのは、地域コミュニティーと共同し、土壌が地域社会をどう変化させるかを再考することを通しての、土壌の質の変化の管理である。「適切な普及事業や技術へのアクセスのような単純な備えが利用可能になれば、小規模自作地保有者による食糧生産は変革できる。”共有地の悲劇”は、現実のなかによりも、単純化された、直線的な、学問的思考のなかにある」。

 我々が心すべき最大の問題は、「小規模自作農地の安全保障が世界の条件の変化」により危険にさらされていることではなかろうか。多くの途上国では、輸出向け大規模農場が大部分の土地を占有、土地改革による小規模自作農民の形成自体が進んでいないか、抑圧されている。グローバリゼーションがこの傾向をますます強める恐れがある。同時に、食糧安全保障のためと称して、進歩した「科学」を応用した特定の「技術」、農法が「科学」の名において強要される傾向が強まっていることも気がかりだ。これを拒む者は、「非科学的」で「非倫理的」とさえ批難される。遺伝子組み換え(GM)「技術」がその典型例の一つだ。だが、科学自身には、技術適用の正当性や不当性を決める能力もなければ、権利もないはずだ。進歩する科学から生み出される新たな技術の採否を決めるのは農民自身だ。この論文はそのことを示唆している。

 *M.A.Stocking,Tropical Soils and Food Security:The Next 50 Years,Science,Volume 302, Number 5649, Issue of 21 Nov 2003, pp. 1356-1359

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