農業情報研究所農業・農村・食料北米ドキュメント03.9.5

 

米国大学研究者、世界のための米国新農業法の青写真

 

 米国農業政策、とりわけ1996年以降の国内・対外自由化政策は、他国の農民に破滅的影響を与えているばかりか、低価格を補償する大量の政府支払にもかかえわらず、米国農民も土地から追い払っている。このような政策は根本的に再考されねばならない。94日、テネシー大学農業政策分析センターが、このように主張し、このような世界的農業危機から脱出するための新たな政策を提案する研究報告(*)を発表した。それは、WTOの農業交渉で追求されている一層の貿易自由化にも根本的な反省を迫るものである。ネブラスカ農民連盟会長等ネブラスカ農民は、この研究結果を受け、来週のメキシコ・カンクンのWTO閣僚会合で米国農業政策の転換が提案されるように促すという。

 フランスのジョゼ・ボベは、目下の交渉の「モラトリアム」を主張、WTO創設以来のその影響の再評価を要求している。シラク大統領は、野放しの「世界化」(グローバリゼーション)の「オプセルヴァトゥル」(監視所)の設置を首相に命じた。政府を信用しないボベは、さらにカンクンWTO閣僚会議で宣言文書に調印しないように要求した。一国でも反対すればWTOの合意は成立しない。いまや、「モラトリアム」を実現するにはそれしか方法がないかもしれない。政府はその勇気を持てと言う。筆者も、今後あるべき別の農業の姿とそれを実現するための貿易ルールを探求するために、ともかく目下の交渉の「モラトリアム」への支持を表明した。新たな研究報告は、このような主張を大いに勇気づけるものである。以下、この研究の概要を紹介することにする。

 テネシー大学農業政策分析センター「米国農業政策の再考」(要約)

1.米国政府は、外国には国内農業支持の削減を迫りながら、他方では自国農民には巨額の支払を行なっている。この補償がなければ起きたであろう厳しい所得減少が、過去7年間、年に200億ドルを越える支払により緩和されてきた。しかし、政府による同等の支持を欠く途上国農民は、価格低下の影響をもろに蒙るしかない。農民補助を行なうEUなど他の国は、米国の政策が不公正な手段で貿易上の優位を得ようとするものだと不満を述べている。言い分は様々だが、米国の政策は、大方は農業自由貿易の原則の深刻の侵害と受け止められている。

2.今日の農業危機は偶然のものではない。生産能力の使用を管理する政策の必要性を無視した、その拡張の直接の結果である。米国政府は、突如として、価格支持と供給管理のメカニズムを無規制な自由市場に置き換えた。結果は破滅的であったが、これは予測できたことだ。米国農業政策は、減反、備蓄、価格支持の手段を取り払い、価格低下を止める方法がなくなった。農民の所得損失を補償する緊急政府支払だけが残ることになった。

 価格支持が廃止され、マーケッティング・ローンと所得支持支払に置き替えられたから、価格は1970年代以来経験したことのない低水準に落ち込んだ。在庫レベルが減少するときでさえ、通常は予想される価格レベルにならない。これは、どんな産業でも赤信号であり、現在の米国の政策が作り出した重大な危険の指標である。いまや価格の長期低下がどこまで進むかだけが問題になっており、タイトな世界の供給にもかかわらず、価格押し上げの圧力はない(1)。多くの専門家は、今起きている異常なアグリビジネスの統合が、タイトな供給に伴なう正常な価格上昇を挫いたと感じている。

 (1)農業情報研究所(WAPIC)注:今年の猛暑と干ばつは、さすがに価格を押し上げている。異常気象=地球温暖化が政策の変化(革命)の契機となるかもしれない(
猛暑と干ばつが穀物・食糧需給を直撃)。

3.米国の新市場開放に向けての圧力は、途上国全体の脆弱な農業部門の価格レベルを保護する関税と割当の除去に結果した。米国産品のダンピング輸出が増加し、不公正貿易慣行と批難する声の大合唱が起きている。最近の農業貿易政策研究所(IATP)のペーパーは、ダンピングのレベルが生産コストを下回るに至っていると推定した。

 補助金と価格の複雑な関係は、十分には理解されていない。補助金は生産者に直接支払われる米国政府の支払である。1996年以来3倍近くに増えたこのような支払の大部分の批判者は、それが生産を増加させ、市場を飽和させ、価格低下を強要すると指摘する。この研究は、このような直接的な関係ではない、はるかな複雑な関係がある証拠を示す。

 米国の八つの主要作物の生産は、以前は政府の減反計画で遊休状態にあった土地が生産のために復活したことで増加した。伝統的な供給管理と価格支持の手段がないために、価格は急落することになった。農業純所得へのドラスチックな影響に直面した米国政府は、農業者への補償支払で対応した。これらの支払は、1990年代末の最初の市場ショックに応えて「緊急援助」として始まった。そして、2002年までに、農民と農村金融部門は、市場のみから得られる所得では生き残れないことが明らかになった。作付・生産の決定から切り離された直接支払が再び制定された。さらに、価格低下に伴なう自動的な追加支払も導入された。このやり方が変更されないならば、米国政府は、今後10年間に2,470億ドルを支出することになる。

4.このような巨額を注ぎ込んだとしても、多くの農民にとって、この支払は生産コストと市場価格のギャップを埋めるものではなく、ますます巨大化し、単作化する農場が増えるだけである。1993年から2000年の間に、米国は、年に10万ドル以下の販売額をもつ33千の農場を失った。このような傾向が強まるばかりである。

 一部の論者は、これは痛みを伴なうが、米国農業の需給バランスの再建のためには不可欠だと論ずるだろう。しかし、農場と農民の数が減りつづけるなかで、生産農地にはほとんど変化がなく、新たな生産技術は生産性を引き上げ、生産を一層増大させている。このトレンドに歯止めをかけないかぎり、コーン・小麦・米・ワタ・大豆の巨大単作農場が農業全体を支配してしまうことになるのは確実だ。多角的で・独立した・自作農場は急速に消滅しつつある。それは農業に依存する農村コミュニティーと中小規模農場を、米国と世界中で破滅に追い込む。特に、生計を農業に依存する途上国の25億の人々の将来は暗然たるものだ。

5.米国農業政策に関する国際交渉の中心問題は国内支持の排除である。EU、ケアンズ・グループ、途上国、すべてがこれを中心問題に据えている。しかし、それだけでは十分でない。それだけでは、世界の貧しい農民が市場からよりよい価格公正な価格を受け取る持続可能な手段を再建するという目標は達成できない。

 二つの別々のモデルによる検証の結果は驚くべきものであった。補助金の除去は、米国農民の所得の重大な減少を引き起こすが、米国の全体的生産は、タイムリーに減少することがないか、国内または世界市場価格の急騰に結果する。特に穀物価格は長期にわたって上昇するが、その上昇幅は2020年までに3%と、ごく僅かである。従って、これによっては世界の貧しい農民の生計の妥当な、あるいはタイムリーな改善はできない。

 他方、補助金廃止の米国への影響は劇的にすぎる。農民所得は激減し、農村金融システム、ひいては農村経済に巨大な悪影響をもたらす。現実的な政策選択とはなり得ない。さりとて、より現実的な段階的廃止では、生産は意味あるほどの価格上昇につながるには不十分な減少を示すだけである。

6.現在の危機は一つの手段では解決できない。いくつかの手段を結合せねばならない。この研究は、市場価格を妥当で持続的なレベルに上昇させ、米国農業の過剰能力を管理できる一組の政策手段の予備的分析を行なった。この政策手段のセットには、(1)非常な低価格に向かう現在の傾向を回避あるいは緩めるための年々の短期的減反と、土壌保全プログラムの形態での長期的生産停止、(2)主要商品の価格の急変動の発生頻度と規模を減らす農場レベルでの備蓄、(3)価格低下時、あるいは減反が価格低下を防げなかった場合の、政府買入れによる価格支持、が含まれる。

 シミュレーション・モデルによる影響の検討では、作付面積は初年度から大きく減少、価格も大きく上昇、農民所得も減少することはなく、政府支払は大きく減少する。また、伝統的貿易作物からバイオ・エネルギー作物や永年草地などの非食料・非貿易作物への多角化により、生産レベルが管理できる。 これは環境保全にも貢献する。

7.この政策の青写真は、農場から消費者までの鎖に対する企業支配の集中と統合を弱めることに寄与するから、「農民志向的」と名づけられる。米国農業部門全体としての純農業所得は現在の政策が継続する場合とほぼ同じであり、独立の多様な家族農民は、農業を継続し、我々の食料の生産における正当な権利をもち続けることができると信じる根拠を取り戻すことになる。家族農民は、しばしば不公正な補助金システムの下で得られる以上の所得を期待できる。

 政府支出も年に100億ドルは減ることになり、納税者には朗報となる。しかし、最も重要なことは、脆弱な途上国への米国産品のダンピングを挫くことである。上昇した価格は世界市場に伝播、国の経済発展が依存する農村経済の再建を助ける。

結論

 いまや、低価格米国農業政策がアグリビジネス、インテグレーションに組み込まれた畜産農家、輸入業者を利する一方、米国と世界中の農民の市場所得に破滅的影響を与えていることを認めるべきときである。

 基礎食料の低価格を継続させる政策は、継続的危機と世界の苦痛の「保証人」である。米国の政策は国境を越えて農民に影響を及ぼすから、新たなアプローチはこれら農民の福祉と将来を視野に入れねばならない。いまや、世界のための新農業法を考えるときだ。すべての主要輸出国は、このための努力において米国と協力する重い責任があることを認めねばならない。米国の政策変更だけでも、短期的には好結果が生み出されようが、利益を永続させるためには、国際的政策努力が必要である。

 高価格だけでは、途上国農民の持続的生計は保証されないだろう。農業生産が農民の将来を改善するためには、信用・土地・技術・輸送から関税保護・市場アクセスに至る広範な国家・国際政策が不可欠である。生産者にとっての妥当な価格の欠如のために、米国が貧困を輸出する一方、自身の多様な家族農場を破滅させていることは確かなことだ。

 このペーパーで考察された価格支持や生産制御政策の使用は、現在のWTO規則は明示的には禁止していない。その代わりに、農民への支払の全体的レベルに上限を約束させている。この政策青写真に含まれるメカニズムは、貿易自由化思想の主流に沿うものではない。WTOは、農産物市場の「見えざる手」が農業に飛躍をもたらすという仮説に依拠する政策選択を促している。だが、国内・国際農業と貿易政策を支配するルールを書き上げる人々の緊急の任務は、現在の危機を終わらせることだ。自由市場に突進するなかで忘れ去られた政策手段のバランスの取れた適用を取り戻さねばならない。


*Dr. Daryll Ray, Dr. Daniel De La Torre Ugarte and Dr. Kelly Tiller,Rethinking U.S. Agricultural Policy: Changing Course to Secure Farmers Livelihoods Worldwide,Agricultural Policy Analysis Center,The University of Tennesee,03.9

 

 このような研究が米国のアカデミックな世界から現われたことは驚きに値する。日本では、米国公共政策論の最悪の部分を無批判的に受け入れて帰国したアイオワ州立大学博士・東大教授が 「国際競争に生き残るには、1市町村の農地を1経営体で担う、というぐらいの構造改革が必要。農地などの規制を改め、農業以外の資本や人材の参入を促し、家族農業以外の経営展開を図るべきだ。・・・多面的機能を保持するには、、農業政策ではなく環境政策で進めるべきだ[それでは「多面的機能」の概念そのものが否定されることになるのに]」とのたまう(朝日新聞、0394日、12面)。自由化と「構造改革」は小泉皇帝のお手のもの、博士の忠言は無用であろう。カンクンでは死力を尽くして抵抗したけれども、米国の壁は破れませんでしたと宣言案にサイン、あとは粛々と「構造改革」に取り掛かるだろう。これは国際的約束だ、と。