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米国:農村コミュニティー救出のための「新ホームステッド」法案

農業情報研究所WAPIC)

03.9.3

 米国・ノースダコタのバイロン・ドーガン民主党上院議員が新たな「ホームステッド法」(入植法)を提案している(⇒New Homestead Act)。グローバリゼーションにより経済的機会を奪われ、人口流出により危機にさらされた農村コミュニティーを立て直そうというものだ。

 グローバリゼーションがもたらす経済機会をとらえることは、多くの中小生産者には難しい。とりわけ、農村コミュニティーを構成してきた多くの小規模家族農民や中小企業者にとって、それは至難の業だ。余程の能力に恵まれた企業家か、家族農民が手放す土地の取得に成功した巨大規模農業者だけが生き残ることができる。多くの者は、新たな雇用・経済機会を求めて大都市に向かうほか、生きる道がない。しかし、それでは農村コミュニティーは死んでしまう。世界中の農村コミュニティーがこのような危機にさらされている。グローバリゼーションの本家たる米国も例外ではない。例えば、カナダ国境沿いのノースダコタの僻地・ボティノ(Bottineau)郡の家族農民、利幅が細るなか、土地をフルに活用して小麦・大麦・カノーラ・ヒマワリの栽培で生き延びようと苦闘している。それでも、一世代前の農場平均面積は1,000エーカー(約450ha)だったのに、いまや3,000エーカーにまでなっている。家族農場はそれだけ減らざるをえなっかったし、人々がコミュニティーにとどまる機会が減ったということだ。1990年代、米国の人口は3,300万人増加した。しかし、多数の農村コミュニティー、特に西部農業州は、過去20年の間に多くの人口を失っている。

 新法案の対象とされる過去20年間に10%以上の人口を失った農村郡は、全米の農村郡のおよそ3分の1にのぼるとされている。その大部分は、西部のテキサスから北部のダコタ、モンタナに至る大平原にあり、その他、ミシシッピー河下流沿い、アパラチア中央部、西部山間部に集中している。ドーガン議員のホームページにはこれらの郡が下のように図示(赤色)されており、衰えつつ農村コミュニティの広大な広がりが実感できる。

 ドーガン議員は、提案理由を次のように説明する。「何十年かの間に、家族農場での仕事と小さな町のメインストリートの商売が国の心臓部から消えてしまった。・・・ノースダコタからノーザン・テキサスまで、ロッキー山脈からミズーリ河河口まで、70%近くの大平原地帯の農村郡の人口が少なくとも30%減少した。しかし、アメリカの心臓部からの人々の流出の問題は、遠隔地での出来事であることから、大部分のアメリカ人には見えていない。その結果、数百の小さな農村の町がまさに生き残りのために闘っていることは、大抵の人々が聞いてもいないし、その理由も理解していない。これが新ホームステッド法を導入した理由だ」と。

 法案は、このような「人口流出と闘っている農村地域で暮らし、働き、商売を始め、伸ばそうとする者」に、「家を買い、大学に通うための資金、商売の開始や拡大に必要な資金を供給」しようとするものだ。

 個人に新たな入植機会を与えるために、1)5年間住み・働く最近の卒業者にカレッジ・ローンの50%までの償還(最大1万ドル)、2)5年間住む個人の住宅購入に5,000ドルの税額控除、3)住宅価値の損耗分を連邦所得税から控除することで住宅価値を保全、4)貯蓄を助け、信用へのアクセスを増やすための個人ホームステッド勘定を創設―個人は、この勘定に、5年間、年々2,500ドルまでを貯蓄することができ、政府は(所得に応じ)、その25-100%を提供できる。勘定は、5年後、小規模ビジネスローン、教育支出、最初の住宅購入、医療支出に利用することができる―を提案する。

 また、1郡当たり100万ドルの投資税額控除を認め、これに関連した設備購入には短期減価償却を認めることで、新たなビジネスを奨励する。農村ビジネスへの投資を保証するのための30億ドルのベンチャー資本基金も創設する。特に製造業・ハイテクベンチャーを優遇する。

 それはそれでよいとして、農業への言及はまったくない。農業政策と同様、果てしなき規模拡大の趨勢を放任するだけなのか。農村コミュニティーにおける「家族農民」の役割はどこへいってしまったのか。それは米国の至高の財産の一つであり、その保全は、伝統的に米国農業政策の「存在理由」とされてきた。米国は、生産=経済機能の強化に目を奪われ、家族農民がもつ社会的機能を見失いつつあるのだろうか。そうであれば、自由貿易交渉で他国の小農民の持続可能性など一顧だにしない理由も明らかである。