有機農業は未来の農業たり得るか―ネイチャー誌レポート

農業情報研究所(WAPIC)

04.4.23

 「ネイチャー」誌最新号が、有機農業が今後の農業で果たす役割に関する同誌リポーターの分析を掲載している(⇒Organic:Is it the future of farming?,Nature 428,792-793,22 April 2004)。「有機:それは未来の農業か?」と題するこの報告は、純粋な形では、恐らくそうはならないが、その哲学の要素は主流農業の中にも広まりつつあり、もし有機農業運動が世界を変えようと望むならば、まずまずのスタートを切っていると言う。著者の中心的論点は、有機農業の哲学の核心は土壌の豊かさと安定性の改善にあるが、今や主流農学者も集約的農業技術の長期的持続可能性を懸念するようになり、土壌の「完全性」にますます焦点を当てるようになってきたということにある。両者の対立はますます激しくなっているけれども、実は同じことを望んでいるのかもしれないと問い、世界に広がるこのような動きを検証する。以下に、この報告を要約・紹介する。

 現在、有機農業への支持は、より広大な社会的・政治的観念―「自然のもの」が最善で、剥き出しの資本主義は地球と人々の健康に対する脅威だと主張する考え方―の一部をなしている場合が多いが、1940年代の英国における有機農業の始まりはもっと足を地につけたものだった。その開拓者は、何よりも足元の土壌を心配し、その有機物を回復させ、合成肥料・殺虫剤・除草剤を避けることによって土壌の豊かさと安定性を改善することを目指す農業方法に焦点を当てた。生物多様性、社会的公正、動物福祉などをめぐるより広範な懸念は、農地という基本的資源をどう管理するかについてのこの中核概念から育ってきたものだ。

 これらの観念が、有機農業運動を集約農業や化学に基づくアグリビジネスと真っ向から対立させてきたし、少なくとも公衆とメディアにあっては、この対立はますます激しさを増している。だが、このレトリックの背後では、ほとんど注目されることのない意見の収斂が起きている。何十年もの間、有機農業研究は緑の革命の脇に置かれてきた。集約的技術が世界中に広まり、収量を急増させたからだ。だが、主流農学者はこのアプローチの長期的持続可能性を心配するようになり、ますます土壌の「完全性」に焦点を置くようになっている。大きく分裂した両者は同じことを望んでいる可能性がある。

 Virginia Techの農学者・マーク・アレイは、「過去10年、土壌に有機物質を維持する必要性が強く認識されるようになった」。21世紀を迎えるに当たり、農民は土壌の構造を完全に保ち、集約農業を特徴づけるエネルギー・肥料・農薬の高レベルの投入を減らすアプローチを採用し始めたと言う。

 低耕起農業

 これらの新たな方法は純粋の有機農業のビジョンとは大きく隔たっている。特にこの方法は、土壌の改善を助けるが、部分的には除草剤・肥料・農薬の使用に依存する「低耕起」の方法に大きく依存している。しかし、起きている変化は、そもそもの有機農業運動の批判がますます受け入れられるようになったことに発している。主流農学者は、今や、例えば集約農業が生物多様性を減らし、回復不能な土壌侵食を促し、水系生態系を破滅させる肥料からの硝酸塩などの有害化学物質に溢れた流水を生み出していることを認めている。

 有機農業は、大気から窒素を固定できるクローバーやライなどの被覆作物を織り交ぜ、雑草を抑え、湿気を保持し、侵食を防いでいる。また、シーズンを終えるとこれを土壌にすきこみ、土壌有機成分を回復させ、合成肥料の使用なしで窒素成分を増やしている。低耕起農業は、これらの有機農業の原則を借用している。低耕起農民は、現金作物の畝の間、作季の間に窒素固定作物を栽培、土壌侵食を防いでいる。だが、窒素肥料や農薬はなお必要であり、作付け前には、ラウンドアップなどの広範な効き目のある除草剤で前季の作物を殺し、耕起なしで種を直接土地に打ち込んでいる。

 低耕起農業は先進国・途上国で根を張りつつある。メキシコの国際トウモロコシ・小麦改良センター(CIMMYT)の農業保全部長のパット・ウォールは、世界の耕地面積の2%ほどに当たる7千万ha―うち3分の1は米国―でこの方法が使用されていると推計している。コロンビア大学の熱帯農業専門エコロジストのチェリル・パームは、途上国ではブラジルがこの変化の先陣を切っている。国中に広まり、土壌侵食を劇的に減らしているという。低耕起農業に転換する多くの農場は大規模農場だが、ガーナやインドの小規模農民にも急速に受け入れられつつある。インドでは、97年にはゼロだったが、01年には10万haになり、今年は100万haになる。

 低耕起は土壌の構造を保全するだけでなく、エネルギー投入も減らす。夏に稲を栽培、冬には小麦を栽培するインドの農場では、耕起が8回から1回に減り、燃料使用は70%減った。低耕起農業は化学肥料の必要性も減らす。当所、被覆作物が何がしかの窒素を供給するし、土壌の有機物も回復させ、硝酸塩その他の栄養素の浸出も減らすから、追加肥料の必要性をさらに減らす。

 だが、純粋有機にとっては、定期的にラウンドアップを散布し、窒素肥料施用を継続することで土壌を維持する方法は異端だ。英国土壌協会の政策部長・ピーター・メルシェットは、2、3年はうまく行くかもしれないが、すぐにラウンドアップでの雑草防除はできなくなり、耕起に訴えなければならなくなるだろうと言う。 しかし、パット・ウォールは、低耕起の最初の数年で雑草の種は土壌の表層から消えるから、除草剤施用の必要性は小さくなると反論する。このような論争は有機農業と低耕起農業の土壌保全方法の比較データが増えれば解決できようが、イリノイ大学の生物地理化学者のマーク・デビッドは、長期的研究は少なく、比較は簡単ではないと言う。(農業情報研究所:注)。

 化学物質削減

 有機農業から借用された他の考え、特に農薬削減も両者の考え方を近づける。例えば、土壌害虫を殺すために使われてきた主要土壌薫蒸剤の臭化メチルは、オゾン相破壊を防ぐためのモントリオール議定書の下で05年までに廃止されるから、農民は使用を諦めざるを得ない。代替薫蒸剤の実験も行われているが、栽培季の合間に水に浸す、プラスチックのシートをかけて太陽で土壌を焼くなどの有機的方法も試みられている。

 農民は、食品への農薬残留を恐れる消費者の圧力にも屈しつつある。例えば、成熟中の果実に侵入、防除しなければリンゴの80%を食い荒らすという峨の幼虫を殺す有機燐剤は、リンゴ・ナシへの農薬残留の恐れから96年食品品質保護法で使用が制限された。不妊化させた雄を放し、女性性フェロモン散布で残りを混乱させる有機的防除方法を採用する果樹園も現われている。

 第二次緑の革命は、社会的公正・動物福祉などの有機運動のイデオロギーを必ずしも受け入れないだろう。だが、有機運動が世界を変えようと願うならば、まずますのスタートは切っている。

 (農業情報研究所:注)

 ここに紹介されている「低耕起」農業は、世界のどこでも理想的な形で実行されているわけではなさそうだ。例えば、アルゼンチンでは、土壌の固化という低耕起・不耕起農業の別の問題が指摘されている。

 アルゼンチンに広大に広がる草原・パンパにおいては、19世紀末から20世紀初めにかけて、小麦とトウモロコシの輪作に基づく農業と、自然草地、あるいはアルファルファの土地での家畜飼養の交互の反復という非常に持続可能な技術を確立した。しかし、時とともに農業は牛飼養よりも一層利益が上がるものとなり、放牧ー農業の交互の反復は農業に最適な土地で放棄され、やがて小麦と大豆の二毛作のシステムが確立される。しかし、雑草防除のために繰り返される耕起により、土壌が深刻な侵食を蒙るようになった。80年代末の調査では、パンパの穀物生産地域の500万haが深刻な土壌侵食を受けており、このような土地での収量は大豆で最低34%、トモロコシで最低61%も減っていた。それはアルゼンチン農業の生産力の持続可能性を脅かす最大の要因となった。そこで推奨されたのが「不耕起」栽培である。だが、このシステムに不可欠な除草剤コストは高く、農民の多くはこの技術を使いこなすことができなかった。

 ところが、モンサント社の除草剤耐性GM作物が現われ、ラウンドアップ除草剤を散布するだけで手軽に雑草防除ができるようになると、GM大豆を中心に、不耕起栽培が一気に拡大した。現在では、大豆の80%が不耕起で栽培されている。土壌侵食も大きく減った。これにより、アルゼンチンの大豆生産は急拡大、輸出急増により対外債務に苦しむアルゼンチン経済の救世主として働く「大豆化」(soyarisation)現象まで生み出した。

 だが、GM大豆栽培の拡大については、除草剤(グリホサート)使用の増加、グリホサートに耐えることができる雑草種へのシフトを含む雑草の抵抗性出現、土壌微生物コミュニティーの変化など、マイナス面の指摘がある。これらについては、多くの激しい論争があり、なお検証を進める必要がある。だが、GM技術そのもの問題ではないが、それが促進した不耕起栽培については、土壌学者が土壌の固化を恐れている(⇒Charles Benbrook and Heike Baumüller,Argentina Trip Report(2002))。

 パンパでは、通常、大豆は3年周期の輪作―例えば、コーン-小麦-大豆―で栽培される。最初の耕起がないから土壌侵食は減るが、この間に厳しい固化が起こり得る。多くの圃場では収穫期に重機が入る。パンパの土壌条件は固化に非常に弱い。それは根の発達を遅らせ、水の浸透と土壌の保水力を減らす。土壌構造の変化は収量の天候による変動を大きくし、栄養分の貯蔵と吸い上げの効率を減らす。米国での経験や研究は、アルファルファ―などの深根作物を2年から3年栽培、その後10年から15年、コーン-大豆-小麦の不耕起輪作を続けることが最も費用節約的解決法であり、このような方法を採用できない農民は土地利用を変えるか、深耕に頼るべきだとしている(深耕はパンパでかえって悪い結果を招く)。しかし、アルゼンチンではこのような手がかかり、コストも増える方法が採用されることはありそうもない。国を上げての大豆輸出ブームのなか、この問題に焦点を当てる研究や生産者教育はほとんどなされていないという。

 農業情報研究所(WAPIC)

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