農業情報研究所

HOME グローバリゼーション 食品安全 遺伝子組み換え 狂牛病 農業・農村・食料 環境 ニュースと論調

フランス:AFSSA、BSE進展状況の「総括」報告書

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.24

 2月19日、フランス食品衛生安全機関(AFSAA)は、2003年1月1日までに利用可能になったデータによるフランスにおけるBSEの進展状況に関する報告書(L’ESB en France - Synthèse sur l'évolution de l’épizootie à partir des données disponibles au 1er janvier 2003 )を発表した。この報告書は、AFSSAのDidier Calavasとフランス国立農学研究所(INRA)のChristian Ducrotが執筆したもので、AFSSAが専門グループにより公認されたものである。

 フランスでは1991年に最初のBSEのが発見され、2003年年1月1日までに、様々な監視[サーベイランス]システムと研究プログラムにより、土着の牛について760のBSEのケースが発見されている。BSEの疫学的サーベイランスは、フランスでは1990年12月から実施された。それには三つの大きな段階があった。1990年末から2000年6月まで、BSEの発見は、ほとんど専ら、BSEが疑われる動物の臨床検査に基づいていた。2000年6月から2001年6月までは、定められた母集団または母集団のサンプルのシスティマティックな検査に基づく能動的[アクティブ]サーベイランスが行なわれた。2001年6月からは、死亡した、あるいは屠殺された24ヵ月以上の牛のサーベイランスが一般化した。報告書は、このようなサーベイランスに基づくデータの信頼性を詳細に検討した上で、「フランスにおけるBSEのシェーマをある程度まで正確に建て直し、1996年に取られた統制措置の効果の評価を開始し、病気の広がりに関する現在の傾向を評価することが疫学的データにより可能になっている。この分析は人間のBSE病源体への暴露の評価にも貢献する」と言う。

 フランスに比べれば、とりわけ「サーベイランス」の面で大きく遅れている日本のBSE対応を考える上で非常に示唆に富む報告であり、時間の余裕ができれば詳細な内容を紹介したいところであるが、いつになるか分からない。取りあえず、結論部分だけを紹介しておく。

 「総括

 フランスのBSEサーベイランスの質は1990年から2001年までに変化した。サーベイランスの網羅性は、2001年までは、臨床サーベイランス網の有効性に応じて、時期によっても、地域によっても異なっている。2000年半ばから2001年半ばまでのアクティブ・サーベイランス・プログラムは臨床サーベイランス網を補完したが、部分的でしかなく、一定の地域、一定の動物母集団に関係するだけである。2001年8月以来実施されたサーベイランス・システムは、死亡した、あるいは屠殺される24ヵ月以上の牛すべてを対象としており、その網羅性についてはなお検討の余地があるとしても、死亡または屠殺に際して、BSEの臨床的ケースのすべて、そして発症前の一定の牛のBSEのケースが発見される。現在のサーベイランス・システムは、人間のBSE病源体への暴露の抑制の可能な限り高いレベルを保証する。

 現在、様々なサーベイランスのシステムの分析は、獣疫追跡の様々な指標の分析の限界の認識を可能にしている。2000年以前の臨床サーベイランスのデータは用心して利用すべきである。2000年6月(アクティブ・サーベイランス・プログラム開始)から2001年8月(これ以後は、24ヵ月以上のすべての牛が死亡の際して検査されると考えることができる)までは、サーベイランスの時間的・地域的変異(紹介者注1)と、19万頭近い牛を検査することなく人間消費から排除した措置(紹介者注2)の影響を考えると、疫学的に分析するには非常に「デリケート」である。2001年8月以後は、様々なサーベイランスのシステムのデータを糾合し、獣疫を正確に追跡することが可能である。

 (注1)2000年6月と2001年3月の間に、西部(バース・ノルマンディー、ブルターニュ、ペイ・ドゥ・ロワール)の3州でパイロット・プログラムが実現、リスクがあると考えられた牛(24ヵ月以上で、農場で死んだ牛、事故のために安楽死させらてたり、緊急屠殺された牛)4万9千頭以上がこのプログラムに含まれた。2001年11月と12月の間には、このプログラムを補完するために、同一種類の牛を対象とする残りの地域におけるプログラムが実施され、9千頭以上のサンプルが検査された。

 (注2)2000年11月のBSE危機により相場が崩壊した牛肉市場を支えるために、2001年1月から6月末まで、19万頭近い牛が消費から引き揚げられ、検査されることなく廃棄処分にされた。

 現在のデータと認識からすれば、フランスのBSEには二つの波があったと考えらる。最初の、最大の波は発見されなかった波であるが、1980年代末に生まれた牛に関係する。より弱い第二の波は、牛の飼料に肉骨粉を使用することを禁止した1990年代半ばに生まれた牛(NAIFのケース)に関係し、サーベイランスの一般化のためにはるかによく発見された。肉骨粉の製造とこれらが合法的に利用され続けた単胃動物向けの飼料との交差汚染を通じての、第一の波のケースの動物のリサイクルが、この第二の波に寄与した。第二の波のケースは、獣脂または骨の第二燐酸カルシウムのような製品にも起因し得る。これらの説明は、現在では科学的に証明されてない仮説でしかない。BSEコントロール措置がフランスと同等のレベルでなかった国からの肉骨粉の輸入も詳細に分析されるべきだる。

 近い将来の傾向はBSEの減少である。2001年以来、BSE発生のゆっくりとした、規則的な減少が確認される。2001年8月から2002年7月までの1年間、移動平均で計算された発生率は3分の1減少した。しかし、この病気は、完全には抑えられていない。単胃動物向け飼料製造からの特定危険部位と死骸の排除が実施された1996年8月以後に生まれた牛のBSEのケース(スーパーNAIF)が現れているからである。現時点では、一つには1996年中に生まれたNAIFとスーパーNAIFの分類の不正確さのために、他方では病気の潜伏期間に関連した時間的な問題のために、これらの措置に関連したBSEの退潮を正確に測定するのは困難である。さらに、現在、NAIFのケースの汚染源を分析し、またスーパーNAIFの出現の状況を理解するために、BSEのリスクへの暴露の地域による違いの存在を明確にする作業も進行中である。

 2000年11月以来の動物飼料へのすべての肉骨粉と一定の動物製品の使用の停止は、それが完全に廃止されなければ、汚染のリスクをさらに減少させることができる。スーパーNAIFのケースが1996年のコントロール措置の不完全な適用によって説明さえ得るのと同様に、2000年11月の措置が即座に、また完全に適用されなかったとすれば、「ウルトラNAIF」の出現もあり得る。しかし、この効果は数年間は測定できない。さらに、現時点では、減少はしてもBSEが続く可能性も排除はできない。そのときには別の疫学的仮説を動員すべきであろう。

 最後に、サーベイランスのシステムは、なお改善の余地がある。これは、臨床サーベイランスについては、現場当事者を敏感にさせ、訓練することと付随措置の改定を通してである。臨床サーベイランスにより発見されないケースに対する調査は、サーベイランス網改善の手段に関する情報を与え、維持されねばならない。屠殺場と解体所での検査プログラムについては、特に解体所の動物のサンプル採取の網羅性に関係して、その質の推定を可能にする措置ー監査、サンプリング、収集データの監督等ーが設けられるべきである。逆に、現在の措置の緩和の方向でのすべての修正は、公衆保健や病気追跡を可能にする疫学的指標に対する帰結の観点から、非常に正確に評価されねばならない。」

 斃死牛の全頭検査を未だに回避している日本、このような総括が可能になるにはいつのことであろうか。