鹿の慢性消耗病(CWD)の感染経路は圧倒的に水平感染―新研究

農業情報研究所(WAPIC)

03.9.8

 ヘラ鹿、尾白鹿、ミュール鹿といった鹿類の病気に慢性消耗病(CWD)と呼ばれる病気がある。牛のBSE、羊のスクレイピー、人のクロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)などの伝達性海綿状脳症の一種である。1967年、米国コロラド州で初めて見つかったが、以来、米国の12州に広がっている。昨年はこれらの州からはるかに離れたウィスコンシンでも発見された。BSEのように、これが人間に移るのではないかという不安も広がった。今のところ、鹿肉を食べてBSEの人間版とされる変異型ヤコブ病(vCJD)類似の病気になったというケースは発見されていない(鹿肉を食べたハンターに疑いが出たが、後に否定された)。

 CWDが牛に感染する可能性も懸念されているが、牛はこの病気には抵抗性があるという見方が支配的だ。CWDの鹿の組織を牛の脳に直接注入して発症させた実験例はあるが、経口により感染させた実験例はない。ただし、人間や牛への伝達の可能性については、正確な科学的結論が出ているわけではない。逆に、BSEが鹿に感染するとすれば、鹿を通して牛がBSEに感染する恐れもあるが、これについてもほとんどわかっていない。英国ではCWDの例は発見されていないが、BSEの牛の組織を鹿に食べさせ、あるいは脳に注入して鹿がBSEになるかどうかを確かめる実験を始める。結果の判明には数年を要するであろう。

 このような不安がある上に、鹿狩猟産業は米国では4億ドル近い市場をなしているから、農村経済の面からしても、この病気の根絶は重要な課題である。病気の拡散を防ぐ方法としては、いままで病気にかかった鹿の殺処分しかなかった。しかし、それで病気を根絶できるかどうかはわからない。1980年代、コロラド州のCWDに罹った囲い込み鹿全頭を処分、消毒をし、群を再建したが、10年後には再び病気が現われた。根絶のためには、この病気の伝達経路を知る必要がある。

 これまで、CWDは、親子関係のまったくない鹿から鹿への水平感染や母子感染で広がると考えられてきたが、いずれが一般的な感染経路かはわかっていなかった。BSEの場合には、水平感染はなく、主に病源体が集積した感染牛の特定部位を食べることで伝達され、わずかながら母子感染の可能性もあるという見方が有力視されている。現在のBSE拡散防止策はこの見方に基づくものである。それでも、BSE根絶のゴールは見えていない。CWDの場合には、この程度の確実性も確認されていない。

 このような状況のなかで、米国研究者が、CWDの感染力は想像されていた以上に強いことを示唆する新たな研究(*)を発表した。この研究は、ミュール鹿のCWDについて、水平感染による病気発生率とと母子感染による発生率を比較したものだが、母子感染が考えられない群に89%という高発生率が確認されたという。これは、水平感染がCWDの拡散と持続の非常に重要な原因となっていることを示唆する。感染は、体を掻く杭棒や汚染草地を通じ、尿、唾液、あるいは糞を介して広がると考えられる。現在、コロラドの50万のミュール鹿の10分の1がCWDに罹っており、いずれすべてが病気になるだろうという。病気拡散を感染鹿の殺処分で防ごうとすれば、鹿狩猟産業は、いずれ消滅してしまう。さりとて、現在、コロラド州で行なわれているような、囲い込まれた鹿の移動の制限で拡散を防ぎ、根絶に結びつけることも期待できない。今回の研究の発表者は、殺処分と囲い込みをミックスした拡散防止策を勧告しているが、何十年もの慎重な管理が必要になると見ている。

 それにしても、この厄介な病気はどこからきたのか。それについてはまったくわかっていない。CWDの発生が米国に集中している(カナダ、韓国でも少数の発生がある)ことからすると、米国特有の要因が考えられる。鹿狩を産業として成り立たせるための「囲いこみ」による集約飼育?そうであれば、CWDはBSEと同根となるのだが。しかし、鹿農場が300近くあるという英国では、CWDは一例も発見されていない(ただし、英国の鹿は、米国のCWDに感染した鹿とは別種のものである)。今回の研究で確認できるのは、接触の機会が多い囲い込まれた鹿の群でのCWD拡散の速度が、野生鹿の群での病気拡散の速度よりも速くなるだろうということだけである。CWDの起原は謎のままだ。

 *Miller, M.W. & Williams, E. S. Horizontal transmission of prion in mule deer. Nature, 425,35 -36, (2003).

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 Chronic wasting disease spreads with ease,Nature News,9.14

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