日本:8頭目のBSE確認、感染性不明な「異常プリオン」!?

農業情報研究所(WAPIC)

03.10.7

(追記:03.10.8)「全頭検査」について

 「牛海綿状脳症の検査に係る専門家会議」は6日、茨城県県北食肉衛生検査所のスクリーニング検査で陽性となった生後23ヵ月の雄牛を「非定型的なBSE」と判定した。わが国で8頭目のBSE確認である。

 月齢が低いこと自体はとくに驚くべきことではない。発症前の検査技術が未だなかった89年と92年、イギリスでは、それぞれ21ヵ月、20ヵ月の牛1頭ずつがBSEと診断されているし、24ヵ月の牛9頭もBSEと診断されている。ただし、24ヵ月の牛のBSEは96年の1頭を最後に、その後は発見されていない。仮に病源体を含む肉骨粉等が感染源で、それを摂取することでBSEに感染するという仮説を認めるとすれば、病源体を取り込んだ量が普通より多ければ、病気の進行も早くなるだろう。

 わからないのは、今回の検査では異常プリオンが発見されたが、これまでに見られた異常プリオンとは「糖鎖パターン及びプロテアーゼ(蛋白質分解酵素)耐性」が異なるということだ。異常プリオンは蛋白質分解酵素で分解されないことが特徴とされてきたが、今回見つかった異常プリオンは容易に溶けるらしい。そのうえ、「病理組織学的検査及び免疫組織化学的検査の結果は陰性」だった、脳にBSE特有の病変はみられなかったというのだから、そもそもこれに感染性があるかどうか(つまりこれはBSEなのかどうか)も疑われる。

 英国型と異なるBSEは米国で実験的に確認されている。伝達性ミンク脳症に罹ったミンクやスクレイピーの羊の組織を与えた牛が、英国型BSEの症状を見せないままに海綿状脳症で死んだ。症状は死ぬまで出ないが、死後の脳の検査では英国BSEとは異なる形での病変(スポンジ化)が広範に見られた。これは「米国型」BSEと言えよう。英国型BSEと異なるBSEがあり得ることは確かなようだ。しかし、今回の異常プリオンの発見だけでは、「日本型」の「新型BSE」と言うのもはばかられる。専門家会議は、「伝達性など生物学的性状を確認するための実験動物への接種実験を実施する必要がある」としたそうであるが、当面はそれ以外の対処方法はなさそうである。

 これはBSE、一般的には「プリオン病」の研究の新地平を開くのだろうか。それも実験の結果次第である。異常プリオンにはわからないことが多すぎる。一般に、異常プリオンはBSEの病源体とされているが、感染性が確認される異常プリオンは誰一人作出に成功していない。それが病気の必須の因子であることは確かなようだが、これでは病源体とは言い切れない。感染には別の因子が働いている可能性が否定できない。その探求にまで進むのだろうか。

(追記:03.10.8)「全頭検査」について

 上記のように、今回の発見が、新たな感染源(肉骨粉、より広くは飼料に限定されない感染源も含む)の追求につながるならば、国際的に意義が否定されている「全頭検査」も、実験的・研究的意義を増すことになるだろう。しかし、今回の発見によっても、現在の開発段階での「検査」の安全確保における意味が変わるわけではないことには十分に注意する必要がある。

 現在の実用的検査では、異常プリオンが脳に集積し始める潜伏後期あるいは末期まで病気が進展していない感染牛は発見できないという事情は変わらない。「全頭検査」が安全確保の第一義的手段、あるいは「決め手」であるという誤った観念が助長されるならば、問題はかえって大きくなる。それによって潜在感染牛からのリスクを軽減する基本的措置の軽視や手抜きが起きれば、リスクはかえって大きくなる恐れがあるからである。

 このリスクを軽減するための基本的手段は、牛の消費を一切止めることが論外であるとすれば、既存の知見と予見から考えられるかぎりのBSE感染防止措置を徹底することで、BSEを撲滅に追い込むことである。また、それまでの間、例えばEUが「腸全体」を特定危険部位としたように、潜伏前期(この段階では、異常プリオンは中枢神経組織よりも末梢神経組織により多く潜むと考えられている)の感染牛がもつリスクに可能な限りの警戒を行なうことである。

 「全頭検査」をしているから安全と、死亡牛・病牛の検査や安全な廃棄、あるいは肉骨粉の処理や環境汚染防止措置が軽視されたり、手抜きされることがあってはならない。「全頭検査」のための財政費用と人員の確保が、死亡牛全頭検査の導入を著しく遅延させてしまったという現実もある。

 特定危険部位の見直しも不断に行なう必要がある。脊髄と同様なリスクがあると評価された「背根神経節」も、ようやく特定危険部位として扱うための動きが始まったばかりである。

 こうした遅れの背景に「全頭検査」をしているから安全という観念からくる基本的措置徹底の姿勢に緩みがあったことは否定できないように思われる。BSEの背景には、専ら経済性のみを重視する生産システムがあることも指摘されているが、この問題に取り組む姿勢は皆無というより、逆を向いている。

 これらの問題がクリアされるならば、実験・研究目的での「全頭(といっても、いまのところせいぜい20ヵ月以上の牛)検査」が必要性と正当性を「フル」に主張できるかもしれない。

 農業情報研究所(WAPIC)

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