米国牛肉輸入部分解禁への性急な動き、米国BSE騒動とは何だったのか

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.27

 新聞報道によると、日本政府は米国牛肉輸入の部分解禁に早急に踏み切るつもりらしい。米国食肉加工企業が日本向け輸出牛の自主的全頭検査を実施、米国農務省がこれを承認すれば、その社からの輸入を認めるという意向は農水省が表明してきた。ところが、例えば、日本経済新聞(3月27日)によると、カンザス州の中堅食肉加工会社であるクリークストーン・ファームズがこの実施を申し出て、米国農務省が「承認する方向で調整に入った」という。農水省幹部は、部分解禁の道っが開ければ値上がりが続く輸入牛肉価格が落ち着くかもしれないと、この動きを歓迎しているという。

 ただ、輸入再開が実現するまでには、第一に米国農務省がこれをすんなり承認するかどうか、第二に「日本の厳しい(?)審査をパスする」という「ハードル」があるという。しかし、ハードルを順調に乗り越えた場合には、日米政府の手続は早ければ1ヵ月で終わり、「それから空輸すれば早ければ五月に、船積みでも七月には日本に届く」というから、性急さはあきれるばかりである。

 日本側の問題としては、食品安全委員会による審査がどうなるかだが、「プリオン専門調査会座長の吉川泰弘東京大学教授は”検査や特定危険部位の除去などが日本並みの水準でなければならない”と甘い検査を許さない。農水省の現地調査を踏まえて解禁が妥当かどうか探る」という。

 「日本並みの水準」とはどうもよく分からない話だ。検査の検出限界により感染が見逃されることによるリスクがあること、すなわち全頭検査によりすべての感染牛が排除されるわけではないことについては、ようやくマスコミも報道するようになった。だが、今度は特定危険部位を確実に除去しさえすれば、このことからくるリスクは排除できるという論調が目立っている。農水省もそうだ。「検査や特定危険部位除去など」の「など」に何が含まれるかは分からないが、肝心なことは、感染牛を可能なかぎり排除することだ。感染が確認された牛は丸ごと排除されている。特定危険部位を除去しても、感染牛を食用その他に利用することはできない。ならば、検査で発見されなかった感染牛は特定危険部位を除去すれば食べてもいいということにならないはずだ。実際、何が特定危険部位なのか、確実なことは科学的には不確定だし、特定危険部位除去の実際上・技術上の困難もある。

 見逃される感染牛からくるリスクの大きさは、BSEの発生率によるが、米国はこれをある程度正確に知るほどの検査はしてこなかった(日本も死亡牛の全頭検査が遅れたために、正確な発生率は分からない)。しかし、今のところ、BSEは病源体を含む肉骨粉を食べることで感染するというのが最有力の説であり、これに代わる有力説もない。したがって、それが牛にどれほど与えられたかが分かれば、発生状況の推測が可能だ。米国では、それを知ることができるほどのデータはないが、97年8月の禁止以後も、牛が肉骨粉を食べていたことはほぼ確実だ。とすれば、どの程度かは分からないが、見逃される感染牛がないとは決して言えないし、それからくるリスクは、場合によっては非常に大きいかもしれない。このリスクを最小限にする手段は、「有効な肉骨粉禁止」以外にない。

 だからこそ、EUは、BSEが発見されていないが、存在する可能性が否定できない国・地域からに輸入には、特定危険部位の確実な除去と「有効な肉骨粉禁止」の証明を求めている。しかし、日本は検査と特定危険部位の除去を強調するばかりで、肉骨粉の問題は無視されている。輸入される牛肉は、特定危険部位が除去されていることだけでなく、その肉を取り出す牛に肉骨粉が与えられていないことが立証されねばならない。クリークストーン・ファームズで加工される牛がそういう牛だということは、生産履歴記録、トレーサビリティーもない現状でどうやって立証できるのか。早ければ1ヵ月で手続を終えられるということは、こうしたことはまったく念頭にないことを意味しよう。この大騒動も、結局は基本的「安全」対策には何の改善ももたらすことなくおしまいということだ。

 だが、それだけではすまないかもない。米国政府が一部企業の全頭検査を認めたとしても、全体の全頭検査を認めることはないだろう。全頭検査をしない大手企業は、その不当性を訴え続けるだろう。すでに米国政府は、全頭検査を輸入再開の条件と主張する日本をWTOに訴えることも示唆している。日本が全頭検査に拘り続ければ、まして野党が提案しているように「発生国」(ちなみに、米国で発見された感染牛はカナダ産であったから、米国は公式には未だ未発生国である)からの輸入に全頭検査を義務付ける法律を作れば、米国のWTO提訴は避けられないだろう。そのとき、日本の敗訴は確実だ。そうなれば、日本は、リスク軽減措置としては、一定月齢以上の牛の検査と特定危険部位の除去だけで輸入を受け入れねばならない。値上がりが続く輸入牛肉価格が落ち着くなどと歓迎している場合ではない。

 それにしても、検査をすれば安全だ、特定危険部位を除けば安全だといった「食品安全」論議を白熱させただけでこの大騒動が終結するとすれば、それには一体何の意味があったのだろうか。BSEの根源は、利潤のみ求める巨大企業の農場から食卓までの支配が生み出し・環境を破壊し・人々の健康を脅かし・自らの持続可能性さえ奪いつつある農業・畜産の「工業化」にある。大騒動がこの見直しにまったくつながらなかったとすれば、食料の未来は暗い。

 農業情報研究所(WAPIC)

グローバリゼーション 食品安全 遺伝子組み換え 狂牛病 農業・農村・食料 環境