英国:予想以上のvCJD感染者が潜伏―新研究(続報)

農業情報研究所(WAPIC)

04.5.22

 英国の研究者が1万2千674の英国人の虫垂と扁桃のサンプルを検査、三つのサンプルに変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)の兆候を発見した。プリマス・デリフォード病院のデヴィッド・ヒルトン博士と英国CJDサーベイランス・ユニットのジェームズ・アイロンサイド教授がこの研究をJournal of Pathologyに発表した。

 二人の研究者は、90年代末に取り除かれて保管されている1万4千964の扁桃と1千739の虫垂を調査、保存状態が良い上記の数のサンプルの中の三つの虫垂にこの兆候を発見した。検査は、動物においては症候が現れる前に扁桃や虫垂に蓄積すると分かっているvCJDに関連したプリオン蛋白質の構造を調査したものだ。この数字を全体の人口に当てはめると、3千800人の英国人がvCJDに感染していると推定されるという。

 ただし、この研究が発見した事実をどう解釈するかについては様々な問題があるようだ。まず、検査の信頼性の問題がある。Independent紙によると(1)、ヒルトン博士は、この結果は重要だが、これらの人々が致死的な脳障害を決定的に潜伏させていると示唆するのは間違いで、一部の人についてはそのように解釈できるかもしれないが、検査の信頼性をめぐる情報の欠如のために、それが理にかなっているとは思わないと語ったという。博士は、「検査は動物に関しては非常に信頼できるものだが、人間の組織に関しては大規模なスクリーニング検査として使われてこなかった。従って、結果については非常に用心しなければならない。科学的見地からは興味ある観察だが、これが何を意味するかは解らないし、将来の患者数についていかなる結論も引き出すことはできない」、間違って陽性と出た可能性も排除できず、一層大規模な研究をするのが最善と言う。

 もう一つの問題は、三つの陽性のうち二つは、動物の検査に際して見られる結果とはまったく異なっていたということだ。博士は、二つは以前に見られたすべてのものと違っており、これら二つの陽性が人間におけるBSE感染陽性を示すと仮定することはできないと言う。

 従って、彼は、この発見は用心深く解釈される必要があると言うが、同時に、「軽く見ることもできない」とも言う。vCJDについては未だ解らないことが多く、これら組織のサンプルに異常プリオン蛋白質が存在することは、「感染した人々がvCJDを発症することを必ずしも意味しない」というのである。

 英国では、これまでに141人がvCJDで死に、さらに5人の生存者もvCJD患者と見られている。だが、そのすべては、人口の40%を占める特定の遺伝子型の人々だ。この遺伝子型の人だけが感染し、他の遺伝子型の人はまったく感染しないとは考え難い。BBC Newsによると(2)、この研究を発表したもう一人の研究者のアイロンサイド教授は、この発見は、一部の人々が症候をまったく示さないままでvCJDのキャリア(保菌者)となっている可能性を示唆すると言う。遺伝子型と感受性の違いがあるし、決して症候発現にまで進まず、キャリアの状態にとどまる潜伏感染があり得るというのである。

 このことは、人から人への感染を減らすことの重要性を、改めて浮き上がらせる。今年2月、英国の一人のvCJD死者が輸血により感染したことを示唆する研究が発表された(⇒BSEの人間版(vCJD)、血液による伝達の可能性に新たな証拠,04.2.9)。これを受け、英国政府は3月、80年以後に輸血を受けた英国人の供血を禁止するという輸血による感染の防止措置の強化を行った。先のBBC Newsによると、一専門家は、扁桃の除去のような病気伝達リスクがあり得る手術では廃棄可能な器具を使用すべきかどうか、政府は改めて研究すべきだと言う。また、虫垂サンプルの調査は、自身の経験に照らして真の姿を過小評価している、3千800人が病気を持つという推計は低すぎるかもしれないと言う病院研究者もいる。

 今回の発表を行った研究者は2002年、検査した8千300のサンプルの一つにvCJDプリオン蛋白質を発見している。これを受け、政府は、さらなる検査の実施を可能にするための組織の収集と保管を始めた。3年間で、新たな手術により得られる10万の扁桃を集めるという。こうした組織を利用した大規模な検査が進めば、どれほどの英国人がvCJDを宿しているか、一層正確な推計が可能になるだろう。

 最近の英国の研究は、英国におけるvCJDはピークを過ぎたという楽観的見通しを有力なものにしてきた。インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者による最近の研究は、vCJD死者は最大で540人だと主張していた。だが、この数字を大きく上回るvCJDキャリアがいる恐れがある。この研究は、このような分析がいかに不確実なものであるかを浮き彫りにする。vCJDについては解らないことが多すぎる。わが国でも、このことが改めて認識されるべきだろう。すべてが不確実なデータに基づき、人間のBSE感染リスクは極めて微小で、皆無に近いなどと楽観論を振りまくのは厳に慎まねばならない。人から人への伝達のリスクについても再考する必要がある。

 (1)Scientists fear hidden epidemic of vCJD,The Independent,5.21
 (2)Child tonsil tests set to predict vCJD fatalities,Guardian,5.21
 (3)Thousands may be harbouring vCJD,BBC News,5.21