食品安全委員会BSE対策見直し、結論を先延ばし、リスク評価は支離滅裂

農業情報研究所(WAPIC)

04.7.19

 食品安全にかかわるわが国のBSE対策の見直しを進めてきた食品安全委員会・プリオン専門調査会が結論を先送りした。これまでの議論を踏まえた報告書のたたき台としての草案(http://www.fsc.go.jp/senmon/prion/p-dai12/prion12-siryou.pdf)を論議した16 日の会合で、人の感染リスクの評価をめぐる議論が噴出、結論が出せなかった。

 調査会はわが国の安全対策の根幹とされてきた全頭検査を見直すという情報が早くから流れ、米国牛肉の部分的な早期輸入解禁との関連も取り沙汰されて、その結論が衆目を浴びてきた。この点に関しては、報告案は、現在の検査では全頭検査によってもすべての感染牛が発見できるわけではないと予想通りの確認をしている。この点について委員の間に異論はないという。 

 わが国では、例えばスーパーのパックに貼られた「BSE検査合格」といったラベルが示すように、検査されて陰性だった牛はBSEに感染していないかのごとくに誤認させる風潮が支配してきたから(実際は、「検査したけれども感染は発見できませんでした」という意味しかない)、一部、というよりも大部分の人々に、全頭検査廃止につながるとんでもない結論と受け止められているようだ。しかし、これは日本の風潮が特異なのであって、驚くべきものではない。

 現在の検査は、発症した牛、または発症間際の潜伏期の牛の中で最も多量の異常プリオン蛋白質が集積すると言われる延髄の閂と言われる部分に異常プリオンがあるかどうかを調べるものである。そして、ここに集積した異常プリオンの量が一定のレベル(検出限界)を越えた場合にのみ、その存在を検知できる。感染していても、この部分に検出限界を超えるレベルの異常プリオンが貯まっていない若い牛では、検査結果は陰性となる。これは、検査開発企業も含め、広く認められていることだ。

 筆者は、このような結論を踏まえた上で、調査会がBSE感染防止措置(肉骨粉禁止)、必ずしも確認はされないが感染の可能性が高い牛の集団(例えば感染牛の子や感染牛と出自が同一の牛など、いわゆる擬似患畜)の淘汰、この淘汰を可能にし、また安全を脅かす何らかの事態が発覚した場合に被害を未然に防ぐための個体識別システムやトレーサビリティー、特定危険部位の食物連鎖からの排除などの基本的安全対策をどう検証するのかに注目していた。検査ですべての感染牛が発見できない以上、これらの措置の徹底こそがリスクの軽減に決定的役割を演じるからである。

 だが、報告案を見て失望した。調査会は、検査と特定危険部位の問題を論議しているだけで、他の基本的安全措置の検証は念頭にないことがはっきりした。そして、様々な仮定と誤差の範囲さえわからないようなアテズッポウの数字を使って、ひたすら感染牛を食することによる人間の感染リスクは極めて小さいと喧伝しているにすぎない。このようなリスク評価機関をもった国民は不幸というほかない。

 何ヶ月以上の牛を検査の対象とすべきかについては結論を出していない点は評価できる。

 報告案は、

 @「と畜場でのBSE検査について、検出限界以下の牛について検査の対象から除外することについては、検査によるBSE感染牛によるBSE感染牛の摘発に影響を与えるものではなく、BSE感染牛が食物連鎖に入り込み、vCJD[BSEが人間に伝達したとされる変異型クロイツフェルト・ヤコブ病]のリスクを高めることにはならないと考えられる」と同義反復した上で、

 A「現在の検査法の検出限界程度の異常プリオン蛋白質を蓄積するBSE感染牛が、潜伏期間のどの時期から発見することが可能となり、それが何ヵ月齢の牛に相当するのか、現在の知見では明らかにではなく、vCJDのリスクの推定をさらに困難にしている。これらを踏まえ、今後とも定量的なリスク評価の試みは引き続き行われるべきであり、また、英国獣医学研究所で現在進行中の経口摂取試験の結果等についても考慮すべきである」と、極めて慎重である。

 発見されたBSE牛の月齢分布や発生予測(肉骨粉禁止の有効性等を考慮)に基づいて、一定月齢以下の牛の検査をやめることによるリスクの高まりの程度は、ある程度評価できよう。だが、日本の現状では、こうした評価をするにはデータが少なすぎるし、他の不確定要因も多すぎる。結論を控えたのは適切と思われる。

 特定危険部位に関しても、慎重な姿勢を示している。

 @特定危険部位の範囲に関しては、特定危険部位決定の根拠となる異常プリオン蛋白質の感染牛生体内分布に関する現在の知見は、非常な少数の実験に基づくもので、検査の感度にも限界があることを踏まえ、「ある組織については感染性が検出されなかったとしても、検出限界以下の感染性が存在していた可能性は否定できない等の不確実性が存在する。今後、現在進行中のより低用量での経口摂取試験の結果により、あるいは、感度の良い検査法を用いた試験が行われればその結果により、新たな知見が見出されるものと思われる」と言い、

 「これまでの知見からSRM(特定危険部位)とされている組織以外に異常プリオン蛋白質が蓄積する組織が全くないかどうかについては、SRMを指定した根拠となった感染試験における検出限界やBSEの感染メカニズムが完全に解明されていないことなどの不確実性から、現時点において判断することはできない。世界保健機構(WHO)がBSE感染牛のいかなる組織も食物連鎖から排除するべきであると勧告していることもこのような考えに基づくものと思われる」と、現在特定危険部位とされたいる部分の除去だけでは安全が保証できない可能性を指摘する。

 Aまた、「せき髄除去工程におけるせき髄の残存、又は枝肉汚染の可能性、ピッシングによる中枢神経組織の汚染の可能性もあり、と畜場において、常にSRM除去が完全に行われていると考えるのは現実的でないと思われる」と言い、厚生労働省等の調査を引用して、実際にこのような現実があることを指摘している。

 ところが、いざリスク評価の段となると、これらの自らの指摘自体を完全に忘れてしまう。ヒトの感染数は、発見されず、特定危険部除去といった安全対策もなされていなかった時期に食用にされたBSE感染牛の数に相関するという仮定から、これらの数を推定、英国の数字を標準として日本のvCJD発生数を推定するという子供騙しのような計算を得々と披瀝する。

 英国のBSE発生頭数は100万頭(発見されずに食用にされた頭数とは言っていない)と仮定、vCJD患者あるいはvCJD感染者の数は、英国でも様々な推定があり、研究が進行中で、感染者数を知ることは不可能とまでいう研究もあるなかで、なぜか最大5000人という数を採用する。英国におけるvCJD患者は、今までのところ、40%を占める特定遺伝子型の人々に限られており、この型の人は「潜伏期間が短く、かつ感受性がより強いか、またはそのどちらかであるとの指摘がされている」、つまり発病はしてはいないが、他の60%の人々も同様に感染している可能性もあり得ると言いながら、このような感染者の数はまったく計算に入れていない。このような潜在感染者の存在は、輸血や臓器移植などの医療行為を通じたヒトからヒトへの感染の広がりをもたらす恐れがあり、決して軽視してはならないはずのものだ。

 日本については、食用にされた感染牛は、95-96年生まれで、01年の全頭検査が始まる前までにと畜された牛に限られ、01年に3頭の感染牛が発見されたことから、その95-96年生まれの牛のと畜数との比率を96年から00年まで適用、全体で33頭とはじき出した。

 そして、英国におけるvCJD最大発生数/BSE感染牛=5000/100万の比率を日本に適用、英国と日本の人口比(1億2000万人/5000万人=2.4)と特定遺伝子型の人の比率(日本90%/英国40%=2.25)で補整、日本におけるvCJD発生数は最大で、

33×5000/100万(=0.165)×2.4×2.25=0.861

とはじき出した。しかも、これらの牛は感染後2年目の若齢牛が多かった(26頭)から感染性は小さく、実際のリスクはこれよりもずっと小さいと言う。日本ではvCJDは一人も発生しないというわけだ。

 基準となる英国の数字自体、誤差の範囲も推定できないほど大雑把なものだ。

 日本については、95−96年以前に生まれた牛は8年経ってもBSEが発見されていないから、食用に供された感染牛はゼロとしているが、発症せず、あるいは発症していてさえも見逃されたかもしれない感染牛はあり得る。95-96年になって初めて感染が現われたと考える方が不自然だ。21ヶ月、23ヶ月の2頭のBSEが発見されたことにより01−02年生まれの牛のBSE発生も考えられるが(最悪の場合、乳メスで13頭と推定)、これらは検査で「摘発」されるから、食物連鎖には入らないと言う。ここでは、検査に検出限界があるという自らの指摘が完全に忘れられている。また、今後28−60頭の感染牛が確認される可能性があるが、現在のBSE検査とSRM除去により、vCJD発生のリスクは、「そのほとんどが排除されているものと推測される」と言う。ここでも、検査の限界とSRMに関して自ら指摘した問題は考慮外だ。

 こんな無意味な計算には、かかわり会うだけでも時間の無駄と腹立たしいが、無意味であることをもっとはっきりさせるために、食用にされた可能性のある33頭という95-96年生まれの牛の数を考えてみよう。計算の根拠となった01年に確認された感染牛3頭という数字は、検出限界以下の感染牛の存在の可能性を無視している。また、発見率が健康に見える牛よりもはるかに高い死亡牛等の全頭検査は01年には行われていない。これらを考慮すると、3頭という数字に最低でもあと1頭が加わるかもしれないというのは、決して無理な想定ではないし、むしろ自然である。これだけでも、33頭という数字は3分の1増しの44頭に増える。そうすると、日本におけるvCJD発生数も3分の1増しで1を超えてしまう(1.188)。すなわち、少なくとも一人にはvCJDが発生する可能性がある。

 感染後2年目の牛が多かったから感染性は低いというが、これらの牛のSRMは除去されていなかった。潜伏早期から感染性が認められる回腸遠位部を含む小腸がもつ料理などで大量に消費されていたとすれば、それからくる感染リスクは決して低いとはいえない。

 そもそもvCJDの感染メカニズムがまったく分かっていないのに、このようなリスク計算を行うこと自体が間違っている。専門家として税金で養ってもらうためには、こんな芸当も見せねばということかもしれないが、お陰で報告案自体が支離滅裂になってしまった。議論がまとまらなかったのも当然だろう。今年中の結論も危ぶまれる。だが、それでは、8月とも取り沙汰される米国牛肉輸入再開の決定には間に合わない。発生状況が全くわからず、BSE防止措置の有効性も不明、義務的トレーサビリティーもない米国に関するリスク評価は、また全く別のものだ。だが、全頭検査だけに衆目が集まり、調査会もこれとSRMの問題だけに焦点を当てているかぎり、報告案の全頭検査の限界を指摘する部分だけが突出、性急な輸入再開決定の政治的妥協につながる可能性もゼロではない。

 米国牛肉輸入再開問題は、いまや完全な政治問題となっている。秋に大統領選挙を控えた米国では、BSE問題が有力な争点の一つに浮上している。民主党は、ブッシュ政府のズサンなBSE対策の摘発で消費者や環境団体の票を取り込もうとしている。先頃は、カリフォルニア選出のヘンリー・A・ワックスマン民主党議員が、草案段階の農務省BSE対策内部監査報告案の内容を暴露するという異例の行動を取って大反響を呼んだ(米国農務省監査局、省のBSE検査を批判 省専門家は過去のことと一蹴,07.7.15)。大量の選挙資金を牛肉産業に依存するブッシュ政府は、BSE対策の無欠性の主張を補強するためにも、米国牛肉は安全という日本政府のお墨付を一日も早く望んでいる。

 日本政府も、消費者の安全と「安心」の確保が最優先と言いながら、実際には良好な対米関係の維持という外交目標を最優先、消費者の安全よりも一部業界の利益を優先する姿勢もありありだ。輸入再開の最大の障害となっている全頭検査の廃止に関して食品安全委員会のお墨付を期待していた。それを具体化するために必要な何ヶ月以上の牛を検査対象とするかに関する結論がなかったことは大きな躓きだが、参院戦も終わった今、お墨付なしの政治決断のリスクは減っている。輸入再開の日は近いかもしれない。