米国農務省監査局、省のBSE検査を批判 省専門家は過去のことと一蹴

農業情報研究所(WAPIC)

04.7.15

 米国農務省(USDA)が6月1日から実施を始めた新たなBSEサーベイランス計画は、米国におけるBSEの発生状況を的確にとらえることができないだろう。このような結論を下し、計画の再考を勧告するUSDA内部監査局(OIG)の調査報告書草案が現われた。カリフォルニア選出のヘンリー・A・ワックスマン民主党議員が、14日の米国議会下院の政府改革委員会・農業委員会合同ヒアリングを前に異例の発表を行ったものだ。

 日本のマスコミは、「米BSE疑い牛の検査、全体の4分の1止まり」(日経)、米国牛肉の早期輸入再開を目指すと見られる日米協議に影響を与えるかもしれないなどとと報じている。ただ、ベナマン農務長官は、このヒアリングでも、実務レベルの日米協議での日本の姿勢の軟化を示唆、(若い牛に限っての?)早期部分的輸入再開の希望を表明している。ワックスマン議員の公表を受けて13日に開かれたUSDAの緊急電話会見でも、ディヘイブン獣医主任は、OIGの報告はあくまでも草案でしかなく、関係機関の今後の検討を経て修正されるべきものだと言っている(Transcript of technical briefing regarding draft OIG report on BSE surveillance with APHIS Administrator Ron DeHaven and FSIS Administrator Barbara Masters - Washington DC - July 13, 2004:http://www.usda.gov/Newsroom/0289.04.html)。わが国も、この報告書草案の適否は慎重に見極めねばならない。

 筆者はかねて、USDAのサーベーランス拡充計画にもかかわらず、とりわけ標的とされる神経症症状を呈する牛やダウナーカウ(へたり牛、横臥位から立ち上がることや歩行が困難といったBSEの典型的症状を示す牛)・死亡牛から十分な量の適切な検査サンプルを採集することが可能なのかどうか疑問だ、従って米国のBSE発生状況を的確に把握することはできないかもしれないと主張してきた。OIGの報告書草案は、まさしくこのような疑問に一定の根拠を与えてくれる。以下、下院委員会でのフィリス・K・フォング監査局長の証言(Statement Of Phyllis K. Fong Inspector General: "A Review of the USDA's Expanded BSE Cattle Surveillance Plan" Testimony presented to a July 14, 2004 joint hearing of The House Government Reform and House Agriculture Committees ,7.14:http://www.usda.gov/oig/webdocs/Testimony7-2004.pdf)で示されたこの点に関する草案の内容と、これに対する電話会見でのディヘイブン獣医主任の反論をみておきたい。

 拡充サンプル採取は無作為ではない―監査局

 USDAの拡充サーベイランス計画の核心は、高リスク牛の一層正確な決定に基づき、検査サンプル採取(サンプリング)計画を拡充することにある。USDAは、このサンプリング計画は科学的根拠に基づくもので、米国の牛全体を適切に代表するとしている。だが、OIGは、計画への参加が任意であるためにサンプリングは真に無作為とは言えないと言う。サンプリング計画は、標的とされる牛集団の中の各牛が検査の対象として選ばれる同一の確率を持つと仮定しているが、これは検査が任意の場合には正しくないと言うのである。

 検査が法的に義務づけられ、当局の権限に基づいて標的とする牛すべてがサンプリングの対象として収集されないかぎり、サンプリングに恣意あるいは作為が働かないとは保証できない。ましてBSEの場合には、破滅的結果への恐れから、進んで検査を申し出る生産者や関係業者は少ないだろう(わが国でも、死亡牛全頭検査が法律で義務づけられたが、実施が先延ばしされたために、多くの死亡牛が闇に葬られた。個体識別とトレーサビリティーが確立していないために、違法行為があっても捉えることもできない)。OIGは、動植物検疫局(APHIS)はサンプルを収集する権限を持つが、連邦監視屠畜施設を除き、この権限を行使する選択肢は採らなかったと言う。

 このように指摘した上で、OIGは拡充サーベイランス計画の次のような限界を列挙する。

 ・拡充計画は、米国成牛集団の中にBSEが存在するとすれば、少なくとも一頭のBSEを発見する信頼度レベルを強調している。計画自体のこのような設計のために、どんなBSEのケースの発見があっても、BSEの最大限発生率の推定の信頼度レベルは、劇的に低下することになろう。BSEの最大限発生率のいかなる統計的予測も、実際よりも信頼できるという外見を与える恐れがある。つまり、BSE発生率に関して得られる結論は、APHISが予測するような信頼度を持たない。

 ・現在の計画では、APHISが収集する牛は、地理的観点からして、米国牛集団を統計的に適切に代表するものとはならない。計画は任意で、高リスク牛の集団は識別・収集・検査が難しいから、サーベイランス計画は明快にされ、BSE発生率に関する結論も限定される必要がある。

 ・APHISのサンプリング計画はBSEが高リスク牛に限定されると仮定しているが、研究は健康に見える牛もBSEを持ち得ることを示している。

 ・健康に見える牛2万頭を検査するという計画は、こんな僅かな検査で米国の4,500万頭の成牛の安全が確認できるという間違った印象を与える。

 ・APHISは高リスク牛集団を容易に識別・収集・検査できない。従って、BSE発見の機会は減少する恐れがあるし、BSE発生率の予測される最大限は信頼できないだろう。

 このようにして、OIGは高リスク牛集団の確認とサーベーランスの要件に関する実施上の詳細な手続の開発なくしては、拡充計画の成功はないと言う。OIGの6月1日以前に完了した現場調査では、高リスク牛の確認・取得・検査に関するいくつかの大きな課題が浮かび上がった。

 ・中枢神経症状のために屠畜場で受け入れを拒否された牛が必ずしも検査されていない。02年ー04財政年度、食品安全検査局(FSIS)は、このような牛680頭の屠畜を拒否したが、検査されたのは162頭だけだった。OIGは、これは、検査の要件が混乱しており、またAPHISとFSISの間の協調がないからだと言う。USDAは04年5月20日、中枢神経組織症状のために拒否されたすべての牛を、月齢に関係なく検査するように要求する指令を現場スタッフに出した。FSISとAPHISは、これが遵守されるように保証する十分な管理監督を開発する必要があると言う。

 ・農場で死んだ牛からのサンプルを獲得する手続が開発されなかった。このサンプルは非常に重要だが、生産者は検査を躊躇う。USDAは、これらの牛の検査の必要性を生産者に知らせる活動を始めたと言う。

 ・BSE検査の年齢要件が標準化されていないためにに混乱が起きている。現在の検査指針のあるものは20ヵ月以上、あるものは24ヵ月以上と強調、拡充サーベイランス計画では30ヵ月以上と強調している。この混乱のために、一部の牛が検査されない可能性が生まれたし、生まれる続けるだろう。

 このほか、OIGはBSEサーベーランス計画実施に関する省の既存計画の管理能力の見直しにも焦点を当てた。USDAが強力な管理監督組織を確立する場合にのみ、計画は有効に実施できるからである。この点に関しても、OIGは次のような問題を発見している。

 ・サーベイランスのデータの無欠性を護るために、APHISのサンプリングとデータ収集の方法には改善の余地がある。現在の方法では、@提出されたすべてのサンプル関して、牛の出自が適切に確認されることも、Aその検査が記録されるすべての牛が標的内または標的外の牛に属することも、Bすべてのサンプルが、陽性の検査を検証するためのバックアップ・サンプルを保持することも保証されない。

 ・APHISは、サーベイランス計画に参加する非連邦団体との協定の首尾一貫した条件を確立する必要がある。04年6月1日以前、APHISは、非連邦試験所の首尾一貫したパフォーマンスを確保するための標準書面協定も、サンプリングのサービスを提供する食肉工場や契約業者の妥当な取極めも持たなかった。一般的に、このような団体との取極めには、書面の協定が含まれず、全国的指針もない(例:ある地域では、APHISは、サーベイランス計画に参加する31の屠畜・レンダリング施設のうちの4施設との書面協定を持つだけだった。また、食肉工場及びサンプリング契約業者との取極めを調べると、あるものは非公式なもので、一つのサンプルの採取のコストは無料から100ドルまでと異なっていた)。

 このような仔細にわたる指摘に加え、OIGは、省がサーベイランス計画全体の有効性を評価するための方法論を持つことが最も重要だと言っている。報告書草案は、USDAがサーベイランス計画を改善し、また米国牛産業におけるBSEへの暴露を防止・軽減するためにUSDAの管理行動を強化するための一連の勧告を含み、またUSDAがサンプリング計画の設計で行ったすべての仮定を完全に公開し、これら仮定のなかに存在し、それが収集するデータのなかに存在するすべての限界を明確にするように勧告したという。

監査局報告案は過去のサーベイランス計画に関するもの、拡充計画に問題はない―農務省専門家

 このような報告書草案が明るみに出ると、USDAは大慌てで電話会見を開いた。

 ディヘイブン獣医主任は、6月1日から30日の間に行われたサンプリングについては、収集されたサンプルの数に関しても、これらサンプルが収集された場所及び牛の種類に関しても、満足すべきもの、場所や種類に偏りはないと強調した。

 この間1万1,000のサンプルが収集され、収集された場所は、農場、屠畜場、レンダリング工場、保健所や州獣医診療所、廃品回収所・家畜一時保管所などという。OIGが最も懸念した死亡牛のサンプルに関しても、量的にも、地理的配分についても、満足できる結果になっていると強調した。

 標的とする高リスク牛は44万6000頭と推定され、そのおよそ56%、25万10000頭は死亡牛だが、6月に収集されたサンプルの70%が死亡牛からのものもので、大部分はレンダリング工場、廃品回収所から収集されたという。サンプルは偏りなく収集されているというけれども、収集場所についての情報開示は拒否されており、これについて利用できる公開情報がないという質問が出たが、ディヘイブン氏は、サンプルの地理的分布は分析中で未だ公表できない、データの分析が終わったら発表すると答えた。だが、収集されたサンプルの20%は屠畜場、30%はレンダリング工場、40%は廃品回収所で収集したもので、死亡牛の大部分は農場外から集められたものだから、地理的偏りはないだろうと言う。

 だが、死亡牛の大部分が農場外から集められたということ自体が大問題だ。レンダリング工場に出てくるのを待ち構え、あるいはゴミ棄てをあさる以外に収集の方法がないということだ。これは、米国ではダウナーカウや死亡牛がゴミ棄てに棄てられているという恐るべき実態を浮かび上がらせる。NGO「ファーム・サンクチュアリ・キャンペーン」は、ダウナーカウがゴミのカートに詰め込まれているのを発見しているが(http://www.nodowners.org/)、こんなことが日常茶飯事となっているのだろう。米国にBSEが存在するかどうかを知るだけならば、このようにして集められたサンプルを検査することでも用は足りよう。だが、こんな牛がタグを付けているはずがない。何時、どこで生まれ、どこで育てられた牛なのか、皆目分からないだろう。「データの分析」と言うが、これで何が分かるのだろうか。

 計画参加は任意だから、サンプリングの無作為性は保証されないというOIGの分析については、農場の生産者からレンダリング業者、一時保管所、屠場まで、すべて協力的だ、APHISは、様々な病気の抑止・根絶計画について産業団体と協力してきた長い歴史があり、この問題でも例外的な協力を得ている、と反論している。

 OIGの指摘は、総じて3月半ばの拡充計画発表以前のサーベイランス計画には妥当であるとしても、現在の計画には当てはまらない。OIGの勧告の多くは既に取り組んでいるものだと言う。

 どちらの言い分が正当なのか。わが国担当者は、この判断を下すための独自の仔細な検討の能力・時間を持っているのだろうか。それとも、こんなことは人間の安全確保とは無関係だからと、問題にもしないのだろうか。ディヘイブン獣医主任は、会見の冒頭、これはあくまでも米国におけるBSE発生状況を知るためのサーベイランスにかかわる問題で、米国人の健康にかかわる問題ではないと強調していた。

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