日米牛肉協議合意、BSEリスク評価を無視、政治が独走

農業情報研究所(WAPIC)

04.10.25

 日本が生後20ヵ月以下の米国産牛の牛肉の輸入再開を認めるという日米協議での合意について、協議終結直後の報道に基づいて、23日に伝えた(日米牛肉協議、日本が若い牛の輸入再開に言質―法的貿易ルールが必要だ,04.10.23)。正式な合意の内容については、日本では未だ報道関係者に公表されたのみで、国民全体が知り得るような形で発表されていない(25日、9時35分現在)。しかし、米国農務省(USDA)は23日、いち早く協議の結果を示す「共同声明」の全文をそのホームページに掲載した(JOINT PRESS STATEMENT FOR THE RESUMPTION OF TRADE IN BEEF AND BEEF PRODUCTS by the Government of United States and the Government of the Japan October 23, 2004,http://www.usda.gov/documents/NewsReleases/2004/10/0464.doc)。これにより、生後20ヵ月以下の米国産牛からの牛肉は、日本向けの全頭について特定危険部位を除いた上で輸入を認めるという輸入再開の基本的条件が合意されたと確認することができる。

 共同声明の米国産牛肉対日輸出にかかわる部分の内容は次のようなものだ。

 ・米国は、暫定的期間について一部貿易の再開を可能にする販売プログラム(暫定貿易プログラム)を策定する。USDA農業販売促進局(AMS)が管理する牛肉輸出証明(BEV)プログラムの運用の詳細は、米国と日本の専門家がさらに検討をして案出する。これにかかわる主要点は、次の(a)から(d)。

 a)特定危険部位(SRMs)はすべての年齢の動物から除去されねばならない。SRMsの範囲は、すべての年齢の牛の頭部(舌と頬肉は除くが、扁桃は含む)、脊髄、回腸遠位部(盲腸接合部から2m)、脊柱(胸椎及び腰椎の横突起、仙骨と尾骨の翌部を除く)と定める。SRMsの扱いに関しては、USDAがHACCP(危害分析・重要管理点)またはSSOP(衛生作業標準仕様)により管理される各施設のコントロール・プログラムを検証する。

 b)くず肉及び雑肉を含む牛肉品目は、20ヵ月以下であると立証された牛に由来するものでなければならない。

 c)日本向けのBEVプログラムに含まれる牛は、と畜時に20ヵ月以下であることを示す生体牛生産記録まで追跡可能でなければならない。米国政府によるこの要件の立証に使用される記録は、少なくとも、個別の牛の年齢証明、集団年齢証明、授精年齢証明、USDAプロセス検証家畜識別及びデータ収集サービスにかかわる基準の一つを満たさねばならない。

 d)両国専門家は、枝肉が20ヵ月以下であると評価する生理的年齢検証の目的で、枝肉格付けと肉質特性に関して協議を継続する。USDAは、専門家による考察のための特別生理学的成熟度研究を含む追加情報を開発する。この研究は45日以内に完成。生理年齢が20ヵ月以下であると検証できることが客観的に立証されれば、これをBEVプログラムの要件を満たす方法として利用する。

 ・それぞれの国内手続が完了したすぐ後に米国と日本が両方向の牛肉貿易を再開するように、両国の規制の必要な変更は迅速に完了させる。日本については、このような国内承認過程は食品安全委員会の審議を含む。両国はこれらの手続を実行、可能なかぎり速く牛肉貿易を再開するように努める。

 ・BSEの病因とパターンの一層の解明のために、両国専門家による協議を続ける。とくにBSEの定義、検査方法、伝達可能性、日本の遺伝子改変マウス・アセイを含む現在の進行中の研究に重点的に取り組む。国際獣疫事務局(OIE)と世界保健機構(WHO)の国際専門家にも協議への参加を要請する。協議はすぐに始め、次のBEVプログラム見直しのために利用できる情報を提供するために行われる。

 ・BEVプログラムは、適切な変更のために05年7月に見直される。日米両政府担当官によるこの共同の見直しは、OIEとWHOの専門家による科学的再検討を考慮に入れる。取られるべき行動も含む見直しの結論は、両国政府の一致した判断によりなされる。日本では、これは食品安全委員会の審議を必要とする。OIEとWHOの科学的見直し専門家は、BEVプログラムの実施中に集められる既存の、及び新たな情報を検討し、また適切になされ、米国・日本の牛肉貿易における消費者安全を確保する変更に関して指針を提供するように求められる。

 検討されるべき情報には、上記の共同科学協議により利用可能にされる情報、見直されるべきOIE基準に従っての米国のBSEリスクレベル、米国の強化されたサーベイランス・プログラム、米国飼料規制、米国に設けられている広範なBSE改善措置、BSE検査年齢の区切り、その他の科学的情報が含まれる。

 ・両国は、少数のBSEの確認が市場の閉鎖や科学的根拠のない牛肉貿易パターンの撹乱を生じないような十分に堅固な食品安全システムを設けている。

 いろいろなことが言われているが、20ヵ月以下の牛であること、SRMの除去を輸入再開の基本的条件と確認した上で、月齢を見分ける方法に関してゴタゴタ言っているにすぎない。この基本的条件を確認した根拠にはまったく言及がない。つまり、米国のBSEリスク(BSEが存在するのかどうか、存在するとすればどの程度か)とはまったく無関係にこの条件が設定されている。従って、この条件は、貿易再開の消費者の安全にかかわるリスクとは無関係の、政治的レベルで決定された貿易ルールにすぎない。

 そうでなはない、これは安全性を十分に考慮したという反論があろう。24日、パウエル国務長官と会談した小泉首相は、「安全面に十分配慮して協議を進めようという話をした」と言う。だが、安全面に十分に配慮してこのような基本条件を確認したと言うのなら、これは越権行為だ。それは食品安全委員会が評価すべきものだ。食品安全委員会は、米国産牛肉のリスク評価には着手さえしていない。そして、外交の舞台でこのような合意をしたということは、それがもはや動かせぬ決定となったことを意味する。

 共同声明は、国内承認には食品安全委員会の審議が必要としているが、既に動かせぬものとなった決定を審議して何になるのか。このような合意をしようと考えるが、どうでしょうかとお伺いを立て、その結果を得て協議に臨むのが本筋だ。このように動かせぬ決定をしたがどうでしょうかでは、食品安全委員会の審議は形ばかりのものにしかならない。そればかりか、両国の食品安全システムは、「少数のBSEの確認が市場の閉鎖や科学的根拠のない牛肉貿易パターンの撹乱を生じない」ほどに堅固だと、自らお墨付を出している。

 今回の措置は暫定的なもので、OIE、WHOの専門家を交えた協議の提唱は、基本条件を含めた来年7月の見直しの可能性を与えているが、条件の厳格化より、緩和に結果するかもしれない。少なくとも米国はそう望んでいる。23日の電話会見で、協議を率いたJ.B.ペン農業・海外農業担当農務次官は、朝日新聞記者の質問に対し、この見直しの後、「我々はBSE発見前の正常な貿易パターンに戻ることが起こり得る」と述べた(Trnscript,10.23;http://www.usda.gov/wps/portal/!ut/p/_s.7_0_A/7_0_1OB?contentidonly=true&contentid=2004/10/0466.xml)。専門家の協議を待つまでもなく、結論は先に出しているのだから、両国とも、暫定期間は消費者の不安を鎮めるための期間としか考えていないのは明らかだ。

 それに、この条件ならば、米国は、SRMの除去以外、何の追加コスト(全国一律の義務的個体識別システムとトレーサビリティーの設置、検査、すべての家畜飼料・ペットフードからのSRMを含む反芻動物蛋白質の排除などのコスト)も払うことなく、輸出を再開できる。当面は、既存記録により20ヵ月以下と確認できる一部生産者の牛に限られるが、45日以内に完成する研究で肉質によるの月齢判別が認められれば、大半の生産者の牛からの牛肉も輸出できるようになる。米国の牛肉生産システムの下では、81%の牛は20ヵ月以下でと畜される(上記Trnscript,10.23)。輸出に関しては、完全な原状復帰が、ほとんどコストをかけずに実現するのだ。ベナマン農務長官が他の禁輸国の輸入解禁も進むと、早速歓迎の声明を出したのもうなずける(Statement By Agriculture Secretary Ann M. Veneman Regarding Resumption of Beef Trade with Japan http://www.usda.gov/wps/portal/!ut/p/_s.7_0_A/7_0_1OB?contentidonly=true&contentid=2004/10/0463.xm)。日米の政治的思惑が生み出した恣意的貿易ルールだが、米国は事実上の国際基準として強要を始めるだろう。共同声明は、日本の消費者だけではない、世界の消費者への宣戦布告の意味も持つ。

 それだけではない。BSEリスクとの関連付けが不明なこの貿易ルールの下では、英国が輸入解禁を要求してきても拒否する理由はない。米国程度のリスクの国ならばこの条件で解禁できるというのなら、カナダや多くの欧州諸国も黙っていないだろう。米国だけに適用される措置だというならば、その根拠が明確にならないかぎり、差別扱いとしてWTOに提訴する国が出ても、対抗のしようがない。

 牛肉産業の存続を前提とするかぎり、最大限にリスクを軽減する公平で、透明な貿易ルールは、哺乳動物蛋白質の給与の有効な禁止とSRMの有効な排除を軸とする輸入規制を、客観的に評価されたBSEリスクと連動して適用する以外にないだろう(EUの貿易ルール)。筆者はそう考えている。しかし、日米は、決して先進的なこのようなEUルールに学ぼうとはしなかったし、今やこれに対抗する共同戦線を張り始めた。その理由も判然としてきた。それは言う必要もないだろう。

 (注)今年6月から始まったUSDAの拡大検査プログラムの実施が完了しているか、完了に近く、米国にはBSEは存在しないか、存在しても極めて少数であることが立証されると期待しての期限であろう。しかし、この検査プログラムで1頭のBSE感染が発見されなかったとしても、これは立証できない。ベナマン長官は、6月以来これまでに92,000頭(正確には、10月25日現在、92,371頭⇒BSE Test Results)検査して、すべて陰性だったと自身満々だが、農家が進んで検査に出すはずがなく、検査された牛はレンダリング工場や廃品回収所から集められたものがほとんどだ。個体識別・トレーサビリティーがないために月齢の区別もできない。そして、発表される検査結果で分かるのは、検査頭数だけであり、ダウナーカウ、神経症症状の牛、死亡牛の区別もなければ、もちろん月齢も分からない。ほとんどは、BSEに感染していても発見が難しい若い牛ではないかとも疑われる(歯型で30ヵ月以上であることは分かっても、48ヵ月以上であるかどうかは分からない。そして、これまでに感染が発見されているケースのほとんどすべては48ヵ月以上である)。それではいくら頭数を増やしても、発見できるはずがない。

 米国のBSE発生状況は、24ヵ月、ないし30ヵ月以上の乳用牛と非去勢雄牛(と畜頭数では2割未満、5-600万頭程度か?)の全頭検査を義務付けないかぎり、知ることができないと考えるべきだろう。だが、一見それと分かるこういう牛は意識的に検査対象から除外される恐れさえある。だから、目標の26万頭あまりを検査してBSEが1頭も出なくても、何の不思議もない。少なくとも検査した牛の月齢の内訳がはっきりさせられるまでは(できるはずがないが)、こんな検査結果の信頼度はゼロと評価しなければならない。専門家がどう評価するか、しっかり見守る必要がある。