米国、BSE検査拡大へ、サンプル確保の保証はなし

農業情報研究所(WAPIC)

04.3.18

 米国農務省(USDA)は15日、BSEに関する国際科学者委員会の勧告(米国BSE措置に関する国際専門家調査報告発表―肉骨粉全面禁止等を勧告,04.2.5)に従って、BSE検査を大幅に増やすと発表した(Veneman Announces Expanded BSE Surveillance ProgramTranscript of Remarks From Technical Briefing on BSE and Related Issues With Agriculture Secretary Ann M. Veneman and USDA Chief Veterinary Officer Dr. Ron DeHaven Washington D.C. - March 15, 2004)。この勧告には、特定危険部位の除去の徹底、ダウナーカウ(歩行困難な牛)のサーベイランスのための検査と食物・飼料連鎖からの排除、高リスク牛と30ヵ月以上の健康な牛の全頭検査、すべての肉骨粉(鶏のものも含めて)の反芻動物飼料への使用の禁止と交差汚染防止対策の強化、国家牛識別システムの実施によるトレーサビリティーの確保、有効なBSE教育プログラムの拡充・強化などが含まれていた。今回の発表は、このうちの「高リスク牛と30ヵ月以上の健康な牛の全頭検査」に関係する。ただし、これが完全に実施されることはありそうもない。

 ディヘイブン獣医主任は、新たなサーベイランス計画の目標は、可能なかぎり多くの高リスク牛から検査サンプルを得、また屠殺される正常な、しかし高齢の牛のランダム抽出サンプルを得ることであり、これによって、米国にBSEが存在するかどうかを決定し、もし存在するとすれば発生率を正確に推定することが可能になると言う。検査の目的は、米国におけるBSEの発生状況を知ることであり、このために7月から始めて12-18ヵ月をかける一時的検査計画を実施する。

 標的となる高リスク牛は年間44万6千頭になると推定されるが、何頭検査できるかはサンプルがどれだけ収集できるかにかかっており、ともかくできるだけ多数を検査するという。高リスク牛には、1)歩行ができないか横臥位から立ち上がることのできない牛、短時間は歩くことや立ち上がることがきるが、極度に衰弱した牛、すなわちダウナーカウ(へたり牛)、2)中枢神経組織異常の兆候を示す牛(これには保健所で狂犬病検査を受けて陰性であった牛も含まれる)、3)瀕死の状態に陥って処分され、または安楽死させられ、または死亡した牛や怪我・歩行障害で衰弱した牛を含むBSEを疑われる兆候を示す牛、4)死亡牛が含まれる。

 これらの牛の検査サンプルは、(食用禁止とされたがなおダウナーカウが出てくる可能性のある)屠畜場、農場、レンダリング施設、獣医診断試験所、ペットフード用に動物を屠殺する屠殺場などの飼料用屠殺場、多数の狂犬病検査を行う保健所、獣医診療所、認可獣医が使用する可能性のあるその他の場所、家畜取引所など、あらゆる場所から集めるという。しかし、それでどれだけのサンプルが集められるかは予想できない。

 検査でBSEが発覚、多数の牛を処分されるかもしれないと恐れる農場は、恐らくこれらの牛を殺し、埋めてしまうだろう。日本は、死亡牛全頭検査を義務化しながら、健康な牛の全頭検査に手とカネを取られて実施できない県に今年3月まで実施を猶予したために、この間に怪しげな牛はあらかた闇に葬られてしまった。広大な米国では、これと同様なことが常態化するだろう。これは獣医専門家の常識的な見方だ。ニューヨーク・タイムズ紙Plan for Sharp Rise in Mad Cow Testing Gets Mixed Reaction,3.17)によれば、米国初の感染牛を屠殺した前屠畜場労働者のデイブ・ルーサンも、「電話して、”BSEらしい牛がいる。検査を頼む”などと言う農民はいない。牧場の隅に穴を掘り、この牛を埋めるだろう」と言う。

 一体誰がサンプル収集に当たるのかという記者の質問に、ディへイブン氏は、食品安全検査局(FSIS)と動植物保健検査局(APHIS)の常勤職員とこの目的のために特別に訓練した臨時雇用者がサンプル収集に当たり、一部サンプルの採集には契約雇用者も当てる、すべての高リスク牛から集めるのだから、基本的には誰が集めようが構わないと言う。しかし、怪しげな牛が農場で処分されてしまうのでは、誰が収集に当たろうと、十分なサンプルを集めるのは不可能だ。ヨーロッパのように、すべての牛に生涯にわたって耳票が付けられ、牛がいなくなれば回収されねばならない固体識別・追跡システムが確立していれば、内密の牛の処分もいずれ露見する。コスト上昇を恐れる食肉業界の反対で、こんなシステムは米国では何時まで経っても実現しそうにない。結局何頭検査するのかという問いには、できるだけ多数としか答えられない。ただ、20万1千頭を検査すれば95%、26万8千頭を検査すれば99%の信頼度をもって、100万頭1頭のBSEを発見できると言うだけである。

 一見健康に見える牛については、高齢牛を対象に2万頭検査するという。これもBSEの発生状況を知るためのデータを補完すると位置づけている。成牛の86%が屠殺される17州の40の屠畜場で、各州の成牛頭数に応じて地理的偏りがないようにサンプルを採取する。

 検査方法はラピッド・テストを導入、他の動物病の検査のために全国に張り巡らされた州や大学等研究機関の試験所のネットワークを使って一次検査、陽性の場合は従来どおりの免疫組織化学的方法で最終確認をする。これによって必要な検査を実行することは可能という。

 だが、サンプルが集められなければどうしようもない。新たな検査計画にもかかかわらず、米国にBSEが存在するのかしないのかという問題にもシロクロをつけられない事態となることも予想される。

 なお、カリフォルニアや中西部の一部食肉業者から出ている屠殺牛全頭検査の提案についての問いには、ディへイブン氏は、BSEの典型的潜伏期間は3年から8年だから、「30ヵ月以下の正常な屠殺牛の検査にはサーベイランスの価値はない」、これは国際科学者委員会の勧告や国際基準にもかなったことだと言う。この主張には、少なくとも経験的根拠がある。01年7月から24ヵ月以上の高リスク牛と30ヵ月以上(ドイツ,、フランス、イタリア、ギリシャは24ヵ月以上)の健康な牛の全頭検査を実施しているEU諸国では、01年と02年に計4,261頭にBSE陽性が確認されたが、30ヵ月未満はドイツの2頭(01年)、30ヵ月代にしても2頭(32ヵ月と34ヵ月)だけで、他はすべて40ヵ月以上である。現在のラピッド・テストの検出限界では、この程度の月齢にならないとBSE感染は確認できないのだ(日本で発見された2頭はあまりに異常である。通常では考えられないほど多量の肉骨粉ないし病源体を取り込んだとしか考えられない。これは英国で初期にごく稀に見られたことだが、96年以降は絶無である)。ただ、サーベイランスとして価値はなくても、マーケッティングのための検査としてなら考慮も可能とし、「この種の提案は積極的に考慮中」だと言っている。これはある意味では恐ろしいことだ。

 もし米国政府がこのような提案を日本への輸出再開のために受け入れたとすれば、「全頭検査」を金科玉条のように主張してきた日本は、輸入再開の要求を受け入れざるを得なくなるかも知れない。この場合には、米国にもしBSEが存在するとすれば、現在のラピッド・テストの検出限界に達しないために「陰性」と判定された潜伏期の感染牛が入ってくる恐れがある。これは国産牛についても同じことだが、米国については、特定危険部位除去や肉骨粉禁止、トレーサビリティー確立などの基本的安全対策が日本よりズサンにしか見えないから、一層危ないということだ。

 ラピッド・テストの検出限界について一言すれば、例えば、EUが行ったエライザ法のテストでは、感染した脳を10のマイナス1.5乗に希釈したサンプルではすべて「陽性」を確認したが、100倍に希釈したサンプルはすべて「陰性」と出た。異常プリオン蛋白質が脳にある程度蓄積する前の潜伏期の感染牛を検査しても、「陽性」の反応は出ないということだ。「陰性」は感染がないことを保証するものではない。だからこそ日本は、米国が全頭検査をしても、基本的安全対策の徹底を見極めるまでは、輸入再開に踏み切ってはならないのだ。

 ところが、米国は、今回の検査拡大以外の国際科学者委員会の勧告にはまともに応えていない。それどころか、農務省、食品医薬局、疾病抑制予防センターは、国際科学者委員会の調査報告の見直しをハーバード・リスク分析センターに求めることに合意した。委員会報告は「科学というより意見だ」と批判している。食品医薬局は飼料規制変更の草案さえ未だ出していない。米国の安全対策徹底は当分実現しそうにもない。

農業情報研究所(WAPIC)

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