慢性消耗病のシカの筋肉に異常プリオン蛋白質が存在する恐れー米国の新研究

 

農業情報研究所(WAPIC)

 

06.1.27

 

 米国の研究チームが、慢性消耗病(CWD)に感染したシカの骨格筋(すなわち、通常の食用に供される鹿肉)にこの病気を引き起こす異常プリオン蛋白質が存在する可能性を示した。CWDは狂牛病(BSE)類似の伝達性海綿状脳症(TSE)の一種で、人間に伝達するかどうかは分かっていない。しかし、研究者は、CWD感染地域のシカを食べるハンターにはリスクがあり得ると警告している。この研究は最新のScience誌のオンライン版で発表された。

 

 Glenn C. Telling et al.,Prions in Skeletal Muscles of Deer with Chronic Wasting Disease,Science,Published Online January 26, 2006;Summary

 

 1970年代にコロラドの飼育農場のシカとヘラジカに発見されたCWDは、その後急速に拡散、米国13州とカナダ2州に広がっている。伝達・拡散のメカニズムは十分には分かっていないが、羊のTSEであるスクレイピー同様ーBSEと異なりー、感染動物の組織を食べることによってではなく、感染動物の尿・唾液・糞などへの直接の接触によって動物から動物に伝播するという見方が有力である(鹿の慢性消耗病(CWD)の感染経路は圧倒的に水平感染―新研究,03.9.8)。とはいえ、実験的には感染動物の脳を食べさせたシカが感染したという例もある。感染動物の組織を食べることによる伝達の可能性も排除はできない。

 

 ところが、(BSEの牛よりも)広範な組織に異常プリオン蛋白質が分布し、筋肉中にも検出されるスクレイピーとの類似性は、CWDの異常プリオン蛋白質は筋肉を含むシカの広範な組織に分布している可能性を疑わせる。CWDのシカの筋肉に異常プリオン蛋白質を発見しようとする検査はことごとく失敗してきたが、CWDのシカの肉を食べることによる人間の感染の可能性が排除できないことから、明らかにCWDと分かるシカは食べないように勧告する予防措置が取られてきた。

 

 ところが、研究者は、遺伝子改変マウスを使う新たな方法で、CWDに感染したシカの筋肉に病原性異常プリオン蛋白質が存在する可能性を示した。研究チームは、正常なのマウスのプリオン蛋白質の遺伝子を正常なシカの遺伝子と置き換え、マウスが正常なシカの蛋白質を作り出すようにした。このマウスの脳に感染したシカの組織を注入すると、18ヵ月後に発症した。脳と大腿の筋肉のどちらも病気を引き起こしたが、筋肉の方が潜伏期が少し長く、異常プリオン蛋白質の蓄積量は脳よりも筋肉で少しばかり少ないことも知られたという。

 

 しかし、この研究も、感染したシカの肉を食べることで人間が感染するという証拠を示すわけではない。いままでのところ、シカ肉を食べる機会が多いハンターに(通常型と異なる)クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)患者が特に多いとは確認されていない。他方、仮に人間のCWD患者が出たとしてもCWD同様の症候を示すかどうかも分かっていないのだから、これが汚染シカ肉を食べても感染することはないという証拠になるわけでもない。新発見にもかかわらず、CWDが人間に感染するかどうかは謎にとどまる。

 

 とはいえ、既存の予防措置の一層の強化・徹底は考えられる。この実験は、CWDを発症したシカの組織を使った実験だから、潜伏期のシカには当てはまらないかもしれない。しかし、感染地域のシカの肉は一切食べるべきではないという予防措置の拡張も必要になるかもしれない。検査は行われいるとしてもどこまで徹底しているか分からないから、潜伏期のシカを食べることもあり得るが、潜伏期のシカでも広範な組織に異常プリオン蛋白質が分布する可能性は否定できない。

 

  ただし、ニューヨーク・タイムズ紙によると、”国立CWD実行チーム(National Chronic Wasting Disease Implementation Team)”のブルース・モリソン委員長は、感染動物を食べることで人間がCWDに罹ったという証拠はない、その組織は食べるべきではないというのは単なる予防措置で、各州が決めることだが、新発見がこのような措置の変更につながることはありそうもないと言う。

 

 

 関連情報
 Prion disease found lurking in deer muscle,NewScientist.com,1.26
  http://www.newscientist.com/article.ns?id=dn8638
 Study Finds Wider Tainting of Deer Body From a Disease,The New York Times,1.27
  Study Finds Wider Tainting of Deer Body From a Disease