米国産牛肉の安全性 米国のBSEサーベイランスのあり方が目下の焦点

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.8

 先日、米国農務省(USDA)監査局(OIG)の監査報告が、米国におけるBSE発生状況は正確に把握できないとUSDAの牛病(BSE)サーベイランス計画を批判していることを紹介した(米農務省BSE対策監査報告 米国のサーベイランスによるBSE発生率推計は信頼できない,06.2.4そこでは取り上げなかったが、この監査報告は不適切な検査方法・手続のために、検査結果自体への信頼性も損なわれ かねないこと も指摘していた。これについては、本日付の日本農業新聞(山田優記者)がまとめてくれているが、昨年11月にUSDAがシロと発表したケースが最終的にクロと確認されるまでの経緯を筆者なりに整理すると次のようになる。

 問題の発端は、このケースを最初に検査したUSDA契約検査施設のエライザ法による迅速スクリーニング検査で3回の強い陽性反応が出たことだ。この施設はUSDAの動植物検疫局(APHIS)の国家獣医研究所(NVSL)に再検査を要請、NVSLの同様な迅速検査でも3回の強い陽性反応が出た。

 そこでNVSLの科学者は検体を承認された免疫組織化学(IHC)検査のためのものと、実験段階にある別の未承認IHC検査のためのものに二分、両方をIHC検査にかけた。そうすると、承認されたIHC検査では陰性と解釈される結果が出たが、実験段階のIHC検査の結果は陽性とも陰性とも判定できない灰色のものだった。この矛盾する結果に困惑したNVSLの科学者は、さらに別のIHC検査を行ったが、結果は陰性と解釈された。顕微鏡検査も行ったが、BSEと合致する空包は発見されなかった。

 ここに至り、彼らはAPHISが承認していない他の抗体を用いたIHC検査、ウェスタンブロット(WB)検査、様々な迅速検査による追加検査を行うこと、英国のウェイブリッジ試験所に検体を送ることを勧告した。しかし、APHIS幹部は、IHCが国際的に認められた“ゴールド・スタンダード”であること、追加検査実施はUSDAが定める検査手続への信頼を損なうことを理由に、追加検査はしないと決定した。

 しかし、OIGは、迅速検査の結果が6回にわたり強い陽性反応を示しながら確認検査の結果と矛盾したこと、様々な検査手続が守られていないことから、また科学的文献や他の国の手続を精査し、国際専門家と討議を行ったうえで、USDAは有効なBSE発見方法の採用と手続への信頼性の維持を怠っていると結論した。そして、USDA農業研究局(ARS)に国際獣疫事務局(OIE)が認めるスクレイピー関連微小繊維(SAF)免疫ブロット法検査の実施を要請した。NVSLはこのための設備をもたないために、ARSはこの検査を国家動物病センターで実施した。

 ARSの検査結果は陽性だった。つまり、海綿状脳症であれば必ず脳内に見られるSAFを発見したということだ。この結果を得て、APHISも漸くウェイブリッジ試験所での追加確認検査を認めることになった。ウェイブリッジ試験所は、それ自身のIHC検査や3種のウェスタンブロット検査を含む様々な検査を実施、BSEに感染していることを確認した。

 NVSLはその後改善に取り組み、OIGもそれを是としている。しかし、このような経緯を見れば、それまでの検査の結果がすべてシロだったというUSDAの発表はとても信用できなくなる。適切な検査が行われれば発見されていたはずのBSE感染牛が見逃されてきた可能性は否定できない。

 わが国の大方の関心は、特定危険部位(SRM)除去の検査・監査の不手際の問題に向けられており、OIG監査報告のこのような指摘は誰も取り上げない(先の日本農業新聞を除き)。しかし、米国産牛肉の安全性評価の観点からすれば、これは検査・監査以前の重要問題だ。米国産牛肉と日本の牛肉の安全性を同等とした食品安全委員会のリスク評価も、その重要な根拠の一つとなった米国のBSE汚染度は日本よりも低いという生体牛リスク評価結果を、このようなを米国のサーベイランス結果で裏付けていた。OIGの監査報告はこのリスク評価も危うくする。

 にもかかわらず、日本の関心は何故この問題に向かないのか。米国においてさえ、「監査局報告は、動物検査システムの無欠性を守ろうとするUSDAの意思をめぐる我々の懸念が不幸にして正当化されることを示す」と言う議員がいるというのにである。彼は長いこと、必要な専門知識・技術をもつ民間試験所への検査の開放を含むより厳格な動物検査を唱導してきたという。

 Wisconsin Congressman says BSE precautions are not enough,Brownfield,2.6
 http://www.brownfieldnetwork.com/gestalt/go.cfm?objectid=40E58EF9-F93B-0152-1A46DAF176EA171D

 サーベイランスのあり方は、OIE基準によるBSEステータスーそれにより貿易条件は異なってくるーにも関係する。このような信頼の置けない米国のサーベイランスにおいてさえ1頭の感染が発見されたのだから、OIE基準に基づき米国が「無視できるBSEリスク」のステータスを獲得するためには、適切なリスク評価が行われてきたこと、すべてのリスク[今年5月のOIE総会で議論される改正案では「それぞれのリスク」とされている]を管理する適切な措置が一定期間取られてきたことを立証するとともに、OIE指針に合致する「Bタイプのサーベイランスが行われてきたこと」[同じく改正案では、「ポイント目標が達成されていること」が加わる]を立証する必要がある。

 米国はこれらの条件は満たされていると主張するだろう。しかし、OIG報告はこの主張を危うくする。その上、USDAは04年6月以来の拡大サーベイランス計画の縮小を目論んでいる。6日に発表された2007年度予算案では、日本の関心に答えるように食肉検査への配分は増額されているが、BSEサーベイランスのためには4万頭分が計上されているにすぎない。

 2007 USDA Budget Adds User Fees for Meat Inspection,High Plains Journal,2.7
  http://www.hpj.com/dtnnewstable.cfm?type=story&sid=16152

 OIEは一定数の検査を実施すれば、検査数を段階的に減らすことを許す新たなサーベイランス指針を提案しているが、それでも米国のサーベイランスの有効性には疑義が残る。有効なサーベイランスの欠如のために、米国は「管理されたリスク」国か「不明なリスク」国に転落する恐れがある。

 そうなったとしても、昨年のOIE総会で決定された基準に従うかぎり、30ヵ月以下の牛の骨なし肉は、感染が疑われるか、感染が発見された牛からのものでなければ、ステータスと無関係に無条件で輸出できる。その上、今年5月のOIE総会では、この月齢制限を取り払い、生前・死後の検視が義務付けられている以上、感染が疑われる牛や感染牛からのものではないという定めは無意味[重複]だとして削除することも提案される。骨なし肉の輸出に関するかぎり、米国のBSEステータスがどうなろうと影響はないことになるかもしれない。

 しかし、米国のBSEステータスがどうなるかは輸入国にとっては重大問題だ。日本農水省が7日に開いたOIE基準改正に関する専門家会合でも、高齢牛の末梢神経に異常プリオン蛋白質が見つかったという日本とドイツでの最近の知見をあげ、この改正に反対する複数の専門家がいたという(日本農業新聞、2.8)。この改正にはEUも反対するだろう。EUの専門家も、 末梢神経に異常プリオン蛋白質を検出した日本のデータや、頭蓋と末梢神経、semi-tendinousus筋肉に低レベルのBSE感染性を発見したドイツのデータに鑑み、この改正は時期尚早と判断、英国とドイツの進行中の研究の結果を待つべきだと勧告している。

 http://europa.eu.int/comm/food/international/organisations/ah_pcad_oie18_en.pdf(p.131)

 つまり、BSEステータスと無関係な骨なし肉の貿易が輸入国の消費者を危険にさらす恐れがあるということだ。この危険を回避するためには、このような改正は許さず、米国のBSEステータスを正確に見極めることが不可欠だ。そのためにも、米国のサーベイランスのあり方を問うことが重要だ。