米農務省BSE対策監査報告 米国のサーベイランスによるBSE発生率推計は信頼できない

農業情報研究所(WAPIC)

06.2.4

 わが国の各紙も報じているように、米国農務省(USDA)監査局(OIG)が2日、USDAの狂牛病(BSE)対策に関する監査結果を発表した。04年7月のBSE サーベイランス計画を中心としたフェースT監査報告(米国農務省、BSE検査手続変更 スクリーニング検査陽性は二重検査後に発表、04.7.15)に続くフェースU、V監査報告である。フェースU監査はフェースTの動植物保健検査局(APHIS)サーベイランス計画監査をさらに進めたものでああり、フェースV監査は予告されていた食品安全検査局(FSIS)のBSEサンプリング・特定危険部位(SRM)・先進的食肉回収(AMR)のコントロールの監査である。

 http://www.usda.gov/oig/webdocs/50601-10-KC.pdf

 輸入が再開されたばかりの米国産牛肉に背骨付きの肉が混じっていたことから、わが国の大方の関心が米国のズサンな食肉検査態勢に向けられており、この監査報告に関するマスコミ報道は、専らフェースVで指摘されたSRM除去態勢の問題点を取り上げるばかりである。それは確かに重要問題であろう。しかし、ここではフェースUに注目したい。米国のBSE汚染度を知るための決め手となるBSEサーベイランスについて、その結果は信頼できないことを詳細に論じているからだ。これは米国産牛肉のリスク評価における最も重要な問題を提起する。

 この点に関するOIGの指摘の要点は、米国の現在のサーベイランス(BSE検査)計画では、例えば昨年5月の国際獣疫事務局(OIE)が合意したサーベイランスの指針(米国国産牛のBSE確認 米国産牛肉輸入条件は即刻見直されねばならない」のを参照)やその基礎をなすEUが開発したサーベイランス指針(BSurvE)が定める要件が満たされないために(あるいは満たされるかどうか確認できないために)、米国のBSE発生率が正確に把握できず、その結果に基づく発生率の評価は信頼できないものになるということだ。

 信頼できる評価のためには、サーベイランス計画は、(地域的に見て)国の牛集団を適切に代表する十分な数の検査標本が無作為に集めねばならず、さらに検査される牛の年齢による区分け、検査される牛の通常と殺牛・死亡牛・起立歩行困難な牛・BSEが疑われる牛などへの分類、牛群の年齢分布の評価などが正しく行われねばならない。しかし、米国のサーベイラン計画はこれらの条件を満たせないし、満たしてもいないというのである。具体的には次のような点が指摘される。

 1.2003年12月のBSE陽性牛のサーベイランス・データからの除外は不適切

 APHISは、米国で初めて発見されたこのBSE牛をカナダからの輸入牛だったからと米国のBSEのケースから除外した。従って、米国のBSEのケースが2004年に陽性となったテキサスの1頭のみとされている。このことにより、APHISは95%の信頼度の達成に必要なBSurvEのポイントを33%引き下げた。BSEのケースが2頭の場合には、95%の信頼度で100万頭につき1頭以しかBSE牛はいないというために必要なBSurvEの最低ポイントは6,295,800ポイントだが、BSEのケースが1頭だけならば、このポイントは4,743.870で済む。

 しかし、OIGは様々な理由をあげて(詳細は省く)は、国の牛集団におけるBSE発生率を統計的に推定するときには、この除外は不適切だと言う。

 2.拡充検査計画が目標とする検査数の推定は過小

 2004年3月に発表されたAPHISの拡充サーベイランス計画は、最大18ヵ月で446,000頭を検査するという目標を掲げていたが、有効なサーベイランスのためにはこれは余りに少なすぎる。APHISは、死因にかかわらず、すべての死亡牛を検査することを受け入れたし、OIGもこれが適切と考える。しかし、それならば年間100万頭、18ヵ月では約150万頭の検査が必要になる。集団の規模の過小評価は統計的予測を捻じ曲げることになり得る。

 3.分析に必要な症候が不明

 計画の任意性のために、APHISは検査される牛の症候や履歴を把握できなかった。2005年5月までに検査された356,193頭の牛のうち、308,237頭(87%)は”原因不明で死亡”と記録されており、BSEの症候があるとされているのは1頭だけ、100頭についてはいかなる症候も記録されていない。

 これは、@検査された牛の半分以上がレンダリング業者から集められたものであること、Aサンプリング(標本採取)協定が収集者に死因j決定を義務付けていないために起きた。APHISは、牛の所有者を突き止めるのに必要な手段を持たない。従って、最もBSEである可能性が高いこれらの牛に関する結論は信頼できないものになる。

 OIEも、BSurvEの考案者も、サーベイランスの標的となる各小集団(通常と殺牛・死亡牛・起立歩行困難な牛・BSEが疑われる牛)内部の代表的標本の獲得の重要性を強調している。03年12月の陽性牛はダウナーカウの症候が報告されている。04年の陽性牛は死因不明の死亡牛と記録されているが、様々なソースはこれがダウナーカウだったと報告している。

 4.地理的代表性の欠如

 APHISは米国成牛集団の統計的に適切な代表性を確保するとして、USDAの国家農業統計局(NASS)のデータに基づき、乳牛と肉用牛の死亡率の違いも考慮して各州の検査数目標を定めた。OIGの勧告により、APHISは、産業と協力してこの目標を追求することに合意した。しかし、これは実現してない。

 NASSが05年5月に発表した研究は、2003年、2004年に起立・歩行困難になった牛の数、そのうち死亡したものの比率、これらの牛の地理的分布の推定を示している。2005年5月31日までの12ヵ月に検査された起立・歩行困難の牛の数をこれと比較すると、FSISにと畜を拒否されて検査された牛の比率は、全体として見ればNASSの推計と概ね一致するが、農場で採取されるこれらの牛の地理的比率はそうなっていない。中西部の農場で起立・歩行困難になった成牛は、他の二地域の農場で起立・歩行困難になった成牛よりも数多く検査された。一部の州の現実と目標の差は、同一地域内の他の諸州の反対方向の差により相殺されている。

 5.検査された牛の年齢は不明か推測

 BSE発生状況の評価には検査された牛の年齢の決定が決定的に重要だが、2004年7月1日(つまり拡充検査計画始動時)以前に集められたサンプルについては年齢が記録されなかった。2004年6月から10月の間に集められたサンプルについては、年齢のデータを欠くものは14%に減少、それ以後は1%以下に減った。

 2004年10月以前、サンプル収集者は、年数またが月数ではなく、年齢幅を記録していた。それ以後、APHISは、”20ヵ月以下”→19ヵ月、・・・”5歳以上”→5歳とするように改めた。5歳以上の牛すべてが5歳とされることになったが、1頭当たりにのサーベイランス・ポイントは5歳が最高(それ以上では年齢が上がるほどにポイントは減る)だから、この変更によりポイントが過大に評価されることになる。従って、サーベイランス結果に基づく発生率評価への信頼度も落ちることになる。

 6.検査される外見上健康な牛が無作為に選ばれず、また若すぎる

 2万頭の健康に見える牛の検査計画に関するAPHISの通達(05年9月12日)は、「サンプリングは無作為には行われない」、収集されるサンプルの数の配分は「地域よりも工場に基づく」としている。

 また、APHISは、24-30ヵ月で変わる歯型に注目してこの2万頭を選ぶとしており、これは3歳以下ではBSEはほとんど発見されないというヨーロッパの経験を無視、BSEが発見される可能性がない低月齢の牛に焦点を当てるものだ[検査の重点はもっと高齢の牛に置くべきだ]。

 その他、OIGは、サーベイランス・データの正確性と真正性を確保するための強力な管理組織を確立すべきという以前のOIGの勧告もほとんど実施されていないと言う。

 米国のBSE汚染度(生体牛リスク)評価を既に問題ありと指摘されていたサーベイランスの結果に基づき「検証」した食品安全委員会は、この監査報告をどう受け止めるのだろうか。