米国牛肉輸入条件 緩和が妥当と読売社説 感染牛排除=検査の問題を完全無視

農業情報研究所(WAPIC)

07.12.11

  今日の読売新聞社説が、「米国産牛肉 輸入条件緩和は妥当な判断だ」と題して、月齢20ヵ月以下としている輸入条件を30ヵ月未満に緩和すること食品安全委員会に諮問するという最近露見した日本政府の方針(米国産牛肉輸入条件 30ヵ月未満への緩和で食品安全委に諮問の報道:食品安全委の対応が見もの,07.12.8)を歓迎している。

 多少なりともBSEについて知る人は、これを正当化する論理に致命的欠陥があることに気づくに違いない。しかし、世論をミスリードする恐れもないとはいえないから、放置しておくわけにもいかない。

 社説がこのような条件緩和を妥当とする理由は、

 @「日本では、月齢21か月と23か月の若いBSE(牛海綿状脳症)感染牛が見つかっている。これが輸入条件を月齢20か月以下とした最大の根拠だった。だが、2頭の牛はともに病原体の量が少なく、他の動物への感染性がほぼないことが分かっている」、

 A「家畜の国際的な安全基準を決める国際獣疫事務局(OIE)は今年5月、米国を月齢に関係なく牛肉を輸出できる国に認定した。日本だけが月齢制限を20か月以下にし続ける根拠は、失われつつある」、

 B「月齢制限を緩和しても、脳や脊髄(せきずい)など病原体の異常プリオンがたまりやすい特定危険部位を取り除くことに変わりはない。危険部位を除けば、まず安全に問題がない牛肉が食べられる」、

 というものだ。

 A、Bの言い方は、OIEが、まるで、特定危険部位さえ除けば、米国の牛肉は無条件に「安全」だと認めたかのような言い方だ。OIE基準は、確かに、管理されたBSEリスクの国(米国もそう認められた)からの牛肉輸出にかかわる月齢条件を取り払った。しかし、社説は、輸出を許される牛肉は生前・死後の「検査(インスペクション)」をパスした牛のものでなければならないというOIE基準の本質的条件を、無知のためか、故意にか、言い落としている。

 この条件は、感染牛(由来の牛肉・牛製品)は決して、たとえ特定危険部位でなくても、決して安全とはいえないという科学的コンセンサスに基づくものである。インスペクションの目的は、感染牛を人間の食料からも排除すること、あるいはもっと広く食物連鎖から排除することにあることは明らかである。

 生前・死後の”インスペクション”は、この根本的目標を満たすための最低限の手段である。感染牛の排除をより確かなものにするために(それでも完璧とはいえないが)、今は、新たに開発された”迅速検査”による”スクリーニング検査”を利用することができる。経済コストを度外視し、科学的に見れば、これは単なる””インスペクション”(目視検査)よりもはるかに有効な感染牛排除手段である(注)。その義務化が、従ってそのような検査を受けない牛の排除が、少なくとも科学的には十分な根拠を持つことは明らかである。

 だから、EUは、30ヵ月未満の牛では検査で感染が見つかる可能性は低いとして、30ヵ月以上の牛の全頭検査を義務付けてきた。日本は全頭検査をしてきたが、途中で21ヵ月以上の牛の全頭検査に切り換えた。@で言われるように、このような牛には「他の動物への感染性」が認められるからではない。これまでに検査で感染が発見された牛の最低月齢から、21ヵ月を検査で感染が発見できる牛の最低月齢と推認したからだ。そうである以上、この最低月齢を、EU同様に30ヵ月に引き上げる理由もない。

 一つの本質的問題は、米国がこのような感染牛排除の手段を、安全性よりも経済性を優先、断固として拒んでいることにある。米国が日本と同等のスクリーニング検査を実施すれば、[日本と米国のBSE リスクが同等であるかぎり]20ヵ月以上の牛であれ、30ヵ月以上の牛であれ、輸入を拒む理由はなくなる。感染牛排除=検査の問題を完全に無視して、特定危険部位さえ排除すれば安全というところに、社説の論理の致命的欠陥がある。

 (注)これはヨーロッパと日本の経験が立証している。EUは2001年から、従来の診断によるBSE嫌疑牛の検査に加え、30ヵ月以上のと畜牛(”インスペクション”で健康と見做されて食用にと畜される牛)の全頭検査(スクリーニング検査)やリスク牛(30ヵ月以上、国によっては24ヵ月以上)の全頭検査を義務化したが、以来、旧EU15ヵ国で2006年までに発見されたBSE陽性牛:6571頭のうち、963頭がインスペクションをパスした”健康”な牛だった(下表参照)。つまり、スクリーニング検査がなければ、この6年年間に1000頭近くの感染牛(発見された全感染牛のおよそ15%)が健康な牛として食用に回されたことになる。日本では、今までに発見された感染牛:33頭のうち、20頭までがと畜場でのスクリーニング検査で発見された感染牛だった。スクリーニング検査がなければ、6割以上の感染牛が、健康な牛として食用に回されたことになる。

旧EU15ヵ国における”健康な牛”のBSE確認件数

陽性件数

うち健康な牛

2001 1,770 238
2002 2,081 281
2003 1,061 129
2004 824 152
2005 529 94
2006 306 69
6,571 963

欧州諸国のおけるBSE検査結果及びAnnual reports of Member States on BSE and Scrapieによる。