韓米牛肉貿易交渉 月齢制限残るも、韓国は安全軽視の大冒険 脳、精髄も禁止解く

農業情報研究所(WAPIC)

08.4.19

 韓国農林水産食品部(省)が4月18日、「米国産牛肉の輸入衛生条件の改定に向けた韓米高官級協議の結果、米国産牛肉の段階的な輸入拡大に双方が合意した」と発表した。同部によると、この合意は国際獣疫事務局(OIE)の勧告をしっかりと反映するものだ。他方、米国のシェーハー農務長官も、「韓国は、すべての年齢の牛からの米国牛肉・牛肉製品への完全な市場アクセスを許すことにより、科学に基づき、国際指針に沿った決定をなした」と発表した。

 ただし、合意内容とこの発表には大きなズレがある。この発表の裏には、米国議会の抵抗で延び延びになっている韓米自由貿易協定の批准を米国産牛肉の輸入条件撤廃と引き換えに勝ち取ろうとする李明博韓国新大統領、やはりこの自由貿易協定の早期批准に向けて米国議会を突き動かそうとするブッシュ米政府の政治的思惑が見え透いている。そして、合意内容が科学や安全性よりも政治的利害を優先したものであることも見え透いている。

 韓国の生産者や消費者は、それをはっきり見抜いている。日本の生産者や消費者も、この合意と発表の政治性を簡単に見抜くだろう。

 韓国牛肉市場、米国に対し事実上の全面開放 聨合ニュース 4.18
 http://japanese.yonhapnews.co.kr/economy/2008/04/18/0500000000AJP20080418003500882.HTML
 S. Korea effectively opens its market to U.S. beef,Yonhap,4.18
 http://english.yonhapnews.co.kr/business/2008/04/18/66/0501000000AEN20080418008200320F.HTML
 Statement by Agriculture Secretary Ed Schafer on South Korea Reopening Market to U.S. Beef and Beef Products in Line with International Standards,USDA,4.18  
  http://www.usda.gov/wps/portal/!ut/p/_s.7_0_A/7_0_1OB?contentidonly=true&contentid=2008/04/0106.xml
 Farmers, civic accuse gov't of 'selling out' to U.S. beef,Yonhap,4.18
 http://english.yonhapnews.co.kr/business/2008/04/18/40/0501000000AEN20080418008000320F.HTML

 この交渉において米国政府が一貫して主張してきたのは、OIE基準に従う特定危険部位(SRM、30ヵ月齢以上の牛の脳、眼、精髄、頭蓋、脊柱と、全年齢の牛の扁桃と回腸遠位部)以外の全月齢の牛からの牛肉・牛肉製品の輸入の解禁である。しかし、今回の合意では、30ヵ月未満という月齢条件は取り払うことはできなかった。従って、これはOIE基準に完全に従うものではない。

 30ヵ月齢以上の牛からの牛肉・牛肉製品の輸入も”段階的に”解禁されるというが、これは飼料規制の強化を条件としている。しかし、飼料規制強化は米国業界の激しい抵抗で実現の見通しがたたない。06年9月の飼料規制強化案の一部撤回の発表(米FDA 死亡牛の脳・脊髄の飼料利用禁止案を撤回へ 経済コストが高すぎる,06.9.13)以来、これについてはまったくの音なしだ。”段階的”解禁の機会が訪れる機会は恐らくないだろう。「韓国牛肉市場、米国に対し事実上の全面開放」といった見出しや、「すべての年齢の牛からの米国牛肉・牛肉製品への完全な市場アクセス」といった発言は、ただの宣伝文句にすぎない。

 ただし、韓国は、30ヵ月未満の牛の脳、眼、脊髄、頭蓋、脊柱を輸入が禁止されるべきSRMのリストから外すとともに、禁止を含む厳しい輸入規制が課されていた骨付き肉(リブやTボーンステーキ)・骨入り肉、腸など様々な内臓、テール、レッグ、これらを使った牛肉製品などの輸入規制も解くことになった。こうした条件での輸入が5月半ばから始まるという。韓国は安全性にかかわる大きな冒険を犯した。SRMとされる中枢神経組織を30ヵ月以上の牛のものに限ることについては、OIEの規程にもかかわらず、科学的コンセンサスは必ずしもできていない。全年齢の牛の腸などについても同様だ。

 米国にして見れば、月齢制限の撤廃には成功しなかったものの、この合意から得る実質的利益は大きい。とはいえ、それで米国議会が自由貿易協定に動くとは限らない。それには、自動車貿易等、牛肉貿易以外の多くの要因が絡んでいる。韓国新大統領は、ブッシュ大統領に負けず劣らず、世界を読めないようだ。