米国環境保護庁臨時長官、農薬人体実験停止の声明

農業情報研究所(WAPIC)

05.4.11

 議会の長官指名承認を待っている米国環境保護庁(EPA)のステフェン・ジョンソン臨時長官が8日、現在家庭で使用されている虫除けスプレーなどの農薬や化学物質の子供の健康への影響を知るための”人体実験”を中止するという声明を出した(Statement by Stephen L. Johnson, Acting Administrator of the Environmental Protection Agency, Cancelling Research Studyhttp://yosemite.epa.gov/opa/admpress.nsf/b1ab9f485b098972852562e7004dc686/083d681b57e750dd85256fdd00639bc5!OpenDocument)。昨年秋、研究のデザインをめぐる問題に照らし、研究に関するすべての作業の即時停止を指示、中立的立場からの見直しを要請したが、そのとき以来、研究について多くの間違った風説が流された。中立的見直しの結果の如何にかかわらず、このような風説や論争が広がるなかでは信頼できる研究ができないというのが中止を決断した理由という。

 ただし、ニューヨーク・タイムズ紙の報道によると、この声明が出る前日、二人の民主党上院議員が、もし研究を継続するなら彼の長官への指名は認めないを表明しており、EPAのスポークスマンがこれとの関係を認めた(E.P.A. Halts Florida Test on Pesticides,The New York Times,4.9)。スポークスマンは、タイミングからして関連は明白と語ったという。しかし、同時に、指名反対だけが中止の理由ではなく、上記のような理由もあげた。

 同紙によると、”子供の環境暴露研究(Cheers)”と呼ばれるこの研究の被験者を募集するチラシは、その幼児か乳児が農薬に曝される両親には、両親が2年間の研究を完遂すれば、970ドル、フリーカムコーダー(カメラ一体型VTR)、エプロン、Tシャツが提供されると書いている。応募の要件は、フロリダ州のデュヴァル郡に住み、3ヵ月の乳児か9歳から12歳までの子供を持ち、「日常的に室内に農薬を散布する」ことという。ジョンソン臨時長官が中止決定の理由とした”風説”としては、一部民主党批判者が流す”子供に故意に農薬を吹き付けている”というものもあるらしい。

 ネルソン議員は、この中止を受け、ジョンソン氏の指名に賛成に回ると態度を変えた。指名阻止を表明したもう一人の議員・カリフォルニアのバーバラ・ボクサー上院議員も、承認の投票をするかどうかは決めていないが、阻止はしないと語ったという。

 ただ、中止理由はあくまでも、間違った風説が流れ、論争的雰囲気が醸成されるなかでは「研究を続行する能力」に影響が及ぶということで、このような研究の意味を否定したわけではない。ジョンソン氏の声明は、「研究からの情報はEPAが子供をより良く保護することを助けようとするものだった。EPAは子供の健康を護るという目標を追及し続ける」と言う。このような研究を否定するどころか、その積極的意義を認めているようだ。

 このような実験計画は、農薬や化学物質の人間についての安全許容量は動物実験だけでは分からないことからくる「過剰規制」を回避することを意図して始まったものだ。”人体実験”で確かな証拠が得られれば、現在の安全基準値は大きく減らせるだろうという業界の期待を受けている。全米科学アカデミーがこのような実験を認めた昨年2月、このホームページで、「人体実験までしてこれを確かめようというのは、どんな条件を付けようと「科学」の倫理の限界を超えている」と批判した(全米科学アカデミー委員会、農薬人体実験を容認,04.2.21)。

 しかし、このような批判の仕方は間違っていたかもしれない。考えてみれば、我々は、そうと知らされずに、確か結果も知ることもできないままに、日々、同じような”人体実験”に曝されているのかもしれない。明言された”人体実験”に批判の鉾先を向けるあまり、このような暗黙の”人体実験”を免責する結果にならないように心することも重要だ。改めてそのように考えた。