農業情報研究所環境農薬・化学物質・有害物質20179月29日

 

ネオニコチノイドのハチの健康に対する影響―二つの最新研究の紹介

 

今年6月、ネオニコチノイドのハチの健康に対する影響に関する二つの画期的研究がScience誌上に発表された。二つの研究の最大の特徴は、農場やその周辺環境でのフィールドワークによって、今までの実験室での研究ではなし得なかった現実の世界での出来事を再現して見せたことにある。

 

一つは(1)、イギリス等の研究者から成るヨーロッパの研究チームがイギリス、ドイツ、ハンガリーに設けた採油用ナタネ((oilseed rape OSR)圃場で、ネオニコチノイドのミツバチと野生のハチ2種(群居種のマルハナバチと独居種のツツハナバチ)への健康影響を観察した。もう一つは2、カナダのトウモロコシ栽培地域(どこでもネオニコチノイド処理種が使われている)とその周辺環境でのハチのネオニコチノイド暴露の状況を観察、さらにそのミツバチへの健康影響を確かめたカナダ研究者の研究である。

 

(1)B. A. Woodcock et al., Country-specific effects of neonicotinoid pesticides on honey bees and wild bees,Science  30 Jun 2017:Vol. 356, Issue 6345, pp. 1393-1395

 

(2)N. Tsvetkov et al., Chronic exposure to neonicotinoids reduces honey bee health near corn crops, Science  30 Jun 2017:Vol. 356, Issue 6345, pp. 1395-1397

 

Woodcock らは、2014年、平均サイズ63㌶の33の実験サイト(ドイツ9、ハンガリー12、イギリス12)を設け、各サイト内には互いに3.2㎞離れた三種の冬蒔き採油用ナタネ(oilseed rape OSR)圃場―(種子を)クロチアニジンで処理したOSR圃場、チアメトキサムで処理したOSR圃場、ネオニコチノイド無処理のOSR圃場―を配置した。ネオニコチノイドの濃度は実際の農業での慣行に従った。このような実験サイトの中に、春季(作物開花期間)、ミツバチ、マルハナバチ、ツツハナバチのコロニーを置き、開花期間中放置した。ミツバチについては、開花期と暴露後のコロニーの生存能力(巣箱のサバイバルと越冬する働きバチ、卵、巣房の数)への処理の影響を定量した。マルハナバチについては、年内繁殖産出高(コロニーの重量増加、働きバチ、女王、雄バチの生産)への影響、ツツハナバチについては生産される生殖細胞の数を測定した。ネオニコチノイドは長期にわたり残存、農業生態系中に広がっているから、ハチの巣の中への残留と作物中の残留も定量した。

 

この実験の結果、クロチアニジンとチアメトキサムによる種子処理の影響は、国ごとの特殊な環境条件によって異なることが分った。ハチの生殖能力に対するネオニコチノイドの影響はハチの種類と場所によって違った。冬を生き残るミツバチの働きバチの数は、ハンガリーにおいてはクロチアニジン処理で減少したが、ドイツでは変化がなかった。マルハナバチはネオニコチノイドに曝されると女王バチが生まれる数が減り、ツツハナバチは生む卵の数が減った。ネオニコチノイド施用は、地方の環境条件によっては、研究対象となった3種のハチが冬を越して生き残る可能性を大きく減らす可能性がある。

 

特に重要なのは、ツツハナバチとマルハナバチの生殖能力(女王蜂生産、産卵数減少)に対するネオニコチノイドの影響が種子処理よりも巣の中に発見された残留物と関連していたことだ。これは、ネオニコチノイドの健康悪影響が、より広い環境中へのネオニコチノイドの残留によるものであることを示唆している。これら残留物はどこからきたかと言えば、以前に農業用に利用されたものが環境中に残存していて、植物体内、その溢液、汚染水中に出現したとしか考えられない。これはネオニコチノイド部分禁止ではハチ(と人)を保護できないだろうことを意味している(3)。ネオニコチノイドを使い続けるかぎり、それは環境中に残留し、ミツバチと人の健康を脅かし続けるということだ。

 

(3)EU201312月、ハチを惹き付ける植物と冬穀物(秋播き穀物)を除く穀物の種子・土壌・葉面処理に3種のネオニコチノイド殺虫剤(クロチアニジン、イミダクロプリド、チアメトキサム)使うことを禁じる2年間のモラトリアムを始動させた。これは、①作物の花粉と花蜜の中の残留薬物を通しての暴露、②処理された種子の播種または顆粒施用のときに生じるダストを通しての暴露、③処理作物から生じる溢液中残留物を通しての暴露という、主要な三つの暴露ルートに焦点を当てた欧州食品安全(EFSA)のリスク評価を受けたものだった。

しかし、フランス養蜂者同盟(UNAF)によれば、EU3種のネオニコチノイド使用モラトリアムにより、クロチアニジンとチアメトキサムの販売量は72%減ったものの、その代替品として使われるネオニコチノイド系殺虫剤・チアクロプリドの販売量は2.5倍にも増えたイミダクロプリドの販売量はモラトリアムにもかかわらず減っておらず、これは藁を利用する穀物への使用が禁じられなかったからだ、イミダクロプリドは今やフランス表流水の最大汚染物質になっていると、EUの部分禁止を批判している(Entre 2013 et 2015, l’usage des néonicotinoïdes a augmenté de 4% !,UNAF,30 juin 2017)。

 

Tsvetkovは、カナダのトウモロコシ栽培地域でネオニコチノイド暴露の期間と程度を定量、そのデータを使って、ネオニコチノイドのミツバチへの影響を調べる現場に似せた実験を設計した。フィールド研究は、カナダのトウモロコシ栽培地域のミツバチは、播種時のダストを減らす種子潤滑剤使用の義務付けにもかかわらず、活動期の大部分を通じて、毒性学的に無視できないレベルのネオニコチノイドに曝されていることを発見した。ネオニコチノイド暴露の主要経路が、栽培されているトウモロコシ以外の植物からの花粉であることも判明した。大部分のハチ同様、ミツバチはどんな植物の花粉からも採餌する。カナダのトウモロコシ栽培地域に見られる土着のハチも同様に、慢性的にネオニコチノイドに曝されているに違いない。

 

 現場に似せた暴露の実験では、ネオニコチノイドは働きバチの死亡率を高めること、社会的免疫力が低下し(巣房中の病気の子を見つけ、巣から排除する働きバチの衛生行動を減らす)・女王ハチ生産能力も低下する(通常は分蜂シーズン期間の真夏に女王蜂無しとなり、急速に代わりの女王蜂が育てられるが、ネオニコチノイド処理のコロニーにおける女王蜂の喪失は分蜂期間後にピークになり、大部分のコロニーは実験終了まで代わりの女王を育てることができなかった)ことが示された。さらに、普通に出会う殺菌剤が存在するとネオニコチノイドのミツバチに対する急性毒性が倍化することも分った。

 

この研究も、ネオニコチノイド使用の規制(部分的禁止)は、ハチの保護の観点からは不十分であることを示唆している。

 

これらの研究を受けEUはネオニコチノイド全面禁止に踏み切るかどうか、それがネオニコチノイド規制の当面の焦点である。

いかなる「使用規制」もなく、散布する場合にはハチの活動時間を避ける、巣箱の退避を行うなど、散布される農薬への直接暴露さえ回避すればよしとする日本のハチ(と人)の保護策が抜本的な見直しを要することは言うまでもない。日本のハチ、もっと広く言えばチョウ、鳥などを含む授粉(送粉)動物(ポリンエータ―)の世界と、これに依存する植物・農作物(サクブツではありません、サクモツです)の世界(4)には警報が鳴り響いています。

 

(4)IPBES(生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学政策プラットフォーム)の最新報告によると、世界のポリネーター依存作物生産はこの50年に300%増えた。ますます多くの人の生活がポリネーターターに依存するようになっている。ところが、これら作物の収量は成長率が低下し、また不安定になっている。そのヘクタール当たり収量の伸びは、ポリネーターに依存しない作物より低く、年々の変動も激しい。その理由ははっきりしないが、いくつかの作物の地方レベルの研究は、ポリネーターが減少すると生産が減少することを示している。

 

お断り:以上は岩波書店『科学』2017年10月号に掲載予する予定であった原稿の一部(全文ではありません)に多少の加筆・訂正を施したものです。同誌10月号には掲載されておらず、その理由も分りません。そのエッセンスをお知らせするのをこれ以上遅らせたくないという思いで、敢えてここに掲載させていただきました。