農業情報研究所環境環境・自然保護・生物多様性活性窒素汚染:2016年1月26日

地球の窒素汚染とどう戦う 活性窒素の貿易コントロール 肥料使用を減らす窒素税も必要―新研究 

 地球を包む大気の組成の80%は 窒素(窒素ガス、N2)である。窒素はそのままでは役にもたたず、害もなく、目にも見えない、まさに空気のようなものである。地球の歴史の大部分において、それをアンモニアあるいは亜酸化窒素(一酸化二窒素、笑気ガス)のような活性窒素(Nr)に変えることができたのは、バクテリア、稲妻、マメ科植物だけであった。ところが、化石燃料の燃焼や窒素肥料需要の増大に応えて20世紀初頭(とされる)に始まったアンモニアの工業的合成(ハーバー・ボッシュ法)で、地球を覆うNrの量は飛躍的に増加した。それは今や150年前の10倍にもなるという。しかし、それは大気や水の汚染から来る多くの人の死を招き、測り知れない酸性雨被害や生態系の退化を生み出している。Nrの排出削減は、今や温室効果ガス排出削減と並ぶ課題となってきた。

 世界のNrのほぼ半分は中国、インド、米国、ブラジルの4ヵ国で生み出されている。しかし、有効な排出削減策を講じるためには、それがどこで生産されるかを知るだけでは不十分だ。生産されたNrが貿易を通してどこへ行き、どこで消費されているかも知らねばならない。「国際貿易に埋め込まれた実質的な窒素汚染」と題する新たな研究がこれを初めて明らかにした。それは、188ヵ国と1万5000の経済部門の世界貿易データベースを使用、窒素汚染のホットスポットから消費の中心への貿易ルートに沿って様々形態のNr排出の流れを追跡した。 

 それによると、2010年、世界全体で189テラグラム(Tg)のNrが排出され、うち75TgがNOを中心とし・水系に溶け込む工業・農業起源の有機・無機窒素、45TgがNH3(アンモニア)、6.2Tgが亜酸化窒素(主に農業起源)だった。残りは主に輸送部門とエネルギー生産から出る35Tg、消費者が出す28Tg(ほとんどが下水に含まれる)である。

 世界平均で一人当たり年62㎏が排出されたことになるが、これは香港やルクセンブルグのような豊かな国では100㎏以上になるのに、パプア・ニューギニア、ギニア、コーrト・ジボワール、リベリアのような途上国では7㎏にしかならない。これらの違いは、豊かな消費者は動物製品や高度に加工された食品を好み、またエネルギー集約的な物やサービスに依存していることからくる。主な純輸出国(しばしば途上国)は農産品、食品、繊維製品の輸出能力が大きく、純輸入国はほとんど専ら先進国である。

 ロシアでは石油・ガス採掘産業におけるフレアリングで生じる窒素酸化物(NOx)が大量の石油製品輸出に体現される。中国の輸出品に体現されるNOxは他のNrに比べて多い。中国の製造業輸出製品の生産のための電力を供給する石炭火力発電所からの排出のためである。

 多くの貿易ルートは日本、ドイツ、イギリス、香港のようなトップ輸入国が終点をなす。日本その他の先進国は、中国製衣料品や米国-アメリカ・オーストラリアの食肉に体現されるNrを輸入している。中国、インド、パキスタン、タイは繊維・衣料品の輸出に大量のNr排出を具現している。

 高所得国の例外はオーストラリア、ニュージーランド、アルゼンチンで、家畜製品に体現された大量のNrを輸出している。窒素汚染のホットスポットと遠い消費地の関係の一つの具体例は酪農・肉牛生産地域である米国・カリフォルニア州トゥーレアリ郡と日本の間で見られるトゥーレアリ郡住民の15%―多くはラテン出身―は肥料で高濃度に汚染された飲料水にさらされているが、日本はこの郡からのものが多くを占めるカリフォルニア輸出農産品の最大輸入国である。26ギガグラムのNrが、米国からの日本の輸入肉に体現されている。このサプライチェーンだけで、米国からの輸入Nrの17%を占める。

 日本の衣料大手は中国広東省からの商品を棚に並べているが、ここの繊維・織物・染色部門はもちろん、新彊の綿花栽培も、中国の窒素汚染に大きく寄与している。日本の中国からの衣料輸入には115ギガグラムのNr排出が体現されており、このサプライチェーンだけで中国からのNr輸入の32%を占める。 

 以上のような分析がもつ政策的含意はいかなるものか。

 この研究を取り上げたイギリス・ガーディアン紙の記事**によれば、著者の一人は、「国境を越えて流れる窒素貿易をコントロールする国際条約が必要だ」と言う。また、窒素排出量を示す製品表示も消費者の選択を可能にすると示唆する。

 そして、農業科学者で2016年国際窒素イニシアティブ会議にかかわる農業科学者のCameron Gourlyは、問題は窒素肥料の低コストだ、「肥料投入がコストの小さな部分しか占めないとき、その使用を減らそうとするインセンティブが働かない」。窒素使用を減らための窒素税のようなものが必要というのである。

 それにしても、わが国政府・与党は、農業生産コスト削減のための肥料等農業生産資材値下げを「農政新時代」、新たな成長戦略の最優先目標の一つ掲げている。農協を排し、ホームセンターのような安売り店が支配的な流通構造に改めようというのである(「農政新時代」の中身 農業生産資材・産品の流通・価格形成見直し 絵空事のほか何もない 農業情報研究所16.1.5)。まさにヨーロッパが模索してきた硝酸塩汚染防止のための窒素税賦課などの試みと正反対に方向である(フランス議会調査委、硝酸塩汚染対策で肥料・飼料課税を提案 農業情報研究所 03.11.22)。生産コスト削減の本道は化学肥料・農薬等の投入自体の削減であり、資材価格引き下げではない。こでも安部政府、孤高の道を行く。

 * Substantial nitrogen pollution embedded in international trade,Nature Geoscience, Published online25 January 2016

 **Study reveals your nitrogen footprint – and who it is impacting,The Guardian,16.1.25

   なお、この記事からのリンクで論文フルテキストを見ることもできる。