水素経済実現にはウェールズを覆い尽くす風車か、1000基の原発が必要

農業情報研究所(WAPIC)

04.10.13

 京都議定書を離脱した米国ブッシュ政府は、温暖化防止に取り組む姿勢がないわけではないと、2020年までに化石燃料に代わる水素エネルギー社会の実現を目指し、水素燃料電池車の開発にテコ入れしている。代替燃料車の開発をやめて、海のものとも山のものとも分からない次世代自動車の開発に熱を入れるのは、当面の温暖化防止策をさぼろうとするものだという批判が根強くある。だが、EUや日本も、見込まれる将来の巨大市場を掴み取ろうと米国と協定を結び、開発競争に凌ぎを削っている。

 こんな風潮に水を差す科学者の警告がなかったわけではない。昨年6月、カリフォルニア工科大学の研究チームが、燃料電池はオゾン・ホールを広げる可能性があるという研究を発表した(⇒燃料電池がオゾン層を破壊ー新研究,03.6.24)。だが、こんな研究も一顧だにされた形跡はない。7日付の”nature”のニュース(Hydrogen economy looks out of reach,news@nature.com,10.7)が、「真にグリーンな水素経済の実現は困難」とする英国エコノミスト・オズワルド氏の警鐘を取り上げているが、これも無視されることになるのだろう。

 このエコノミストによると、米国のすべての車を水素電池車に転換するには、カリフォルニアの半分をカバーする風力タービン、あるいは1000の原発を必要とする電力が必要になる。彼は、「この計算は我々が直面する問題がどれほど巨大であるか人々に実感させるのに有益だ」と言う。

 水素を燃やせば水ができるだけだ。水素経済は、地球温暖化の原因となる二酸化炭素を放出する化石燃料に代替するものとして売り込まれてきた。だが、現在、大部分の水素は、大気中に二酸化炭素を放出する過程を経てメタンから製造される。水の電気分解で水素を発生させるとしても、電気は化石燃料から生産されることになりそうだ。

 これは都市の汚染を町の外の発電所周辺に移動させるだろうが、温室効果ガスの生産についてはほとんど何も変わらない。現在、化石燃料を使わずに大量の水素を作れる唯一の技術は、更新可能な電力源か、原子力エネルギーに頼ることだけだ、クリーンなガス源が利用できるようになるときにのみ、水素は温暖化を抑止することになる。計算を助けたエネルギーコンサルタントの弟と共に、彼はこのように言う。

 この二人組は、英国と米国について考察する。どちらの国も、輸送がエネルギー消費の3分の1を占める。英国の輸送は米国の10分の1のエネルギーを使うにすぎないが、利用可能な土地も少ない。水素への転換にはウェールズよりも大きな面積を占拠する10万の風力タービンが必要だ。これほどのタービンはとても建設できないだろう。他方、原子力エネルギーへの国民の反対は多くの政治家をためらわせる。二人は真の水素経済など考えられないと言う。

 ロンドンの政策研究所のエネルギー・エコノミストのポール・エキンズも、水素経済に近未来の展望はないことを認め、政治家は現実を知らず、水素の夢を過大評価していると言う。だが、オズワルド兄弟は新たな技術の可能性について悲観的にすぎるとも言う。化石燃料により生産される二酸化炭素を地下に閉じ込めることができれば、水素経済に転換できる、これは試されていないが、可能ではあると語る。

 だが、これもおかしな、また核廃棄物と同様、とんでもない危険を伴う話だ。オズワルド弟は、悲しげに、「我々は常にエネルギー消費を減らすことはできる、だがこれはとてもありそうもないことだ」と答えるのみという。 

 省エネ、エネルギー効率改善とともに、他の更新可能なエネルギーの開発に注力するほうが、ずっと早道だろう。化石燃料依存は早晩行き詰まる。今も、中東・アフリカの政治的混乱、米国のハリケーンで、石油価格は記録的に急騰している。このような危機が常態化するのを見越した更新可能なエネルギー開発を進めるの最善の策だ。それは決して不可能ではない。

 ドイツは、こうした危機を見通し、2000年更新可能なエネルギー法を採択した。バイオ燃料の免税、発電施設による更新可能なエネルギー源からの一定量の電力のプレミアム・レート(基本的には固定価格)での買取の義務化により、更新可能なエネルギー源からの電力は、98年の4.7%から10%に飛躍した。5年以内にガソリンの10%から20%をバイオ燃料に切り替える見通しも出ている。既にバイオ燃料の比率が30%に達したブラジルの後を追い、バイオ燃料車がドイツの街を走り回る日も遠くないという。問題は収益性だが、外国市場を開けば利益も見込めるという。工業製品の大輸出国は、更新可能なエネルギー技術への投資にも意欲的だ(Renewwables Made in Germany,dw-world.de,10.11)。