バイオ燃料→土地利用変化で温暖化ガスが激増 森林等破壊防止規制も無効 新研究

農業情報研究所(WAPIC)

08.2.9

  米国研究チームの新たな研究1)によると、バイオ燃料原料生産のための既存農地の利用が、それにより誘発される土地利用の変化を通して温室効果ガス(GHG)の排出の激増を招く。現在の支配的見解では、バイオ燃料の利用で化石燃料に比べてのGHG排出量は多少なりとも減る。しかし、これら研究者によれば、それは既存農地の転用で犠牲になる炭素貯蔵・隔離の”コスト”を計算に入れず、原料植物による大気中からのGHG吸収というバイオ燃料の”ベネフィット”しか考慮していないからだ。

 彼らは、取りあえず、米国農地のバイオ燃料原料生産への利用が誘発する全世界の土地利用の変化と、それがもたらすGHG排出増加を定量評価した。その結果によると、米国のトウモロコシ・エタノールはGHG非出量を20%減らすが、土地利用の変化で 増加するGHG排出量を相殺するには167年かかる、GHG排出量は30年にわたって倍のレベルにとどまるという(気候変動を回避するためにはここ30年ほどにおけるGHG排出量の削減が決定的に重要とされているのだから、これでは米国エタノールは気候変動を抑制するどころか、ますます加速することにしかならない)。

 バイオ燃料生産は森林や草地の直接の開拓を促すだけではなく、既存の食料・繊維作物用地をバイオ燃料用地に転換し、これも間接的に同様なGHG排出を引き起こす。転換は作物価格高騰の引き金となり、世界中の農民が飼料・食料作物を作るために一層の森林と草地の開拓に走る。研究は、大豆価格の高騰でブラジルのアマゾン森林の開拓が加速することを確認した。米国の2016年のエタノール用トウモロコシ栽培面積は、2004年のトウモロコシ全面積の43%に達し、これを埋めるだけの穀物を作るために巨大な土地利用の変化が必要になる。

 研究者は、土地利用の変化を推定するために、世界規模の農業モデルを使い、2016年に米国のトウモロコシ・エタノールが560億リットルに増えることに対応し、すべての主要温帯作物及び砂糖作物用の農地がどれほど増加するかを国・地域ごとに予測した。 分析は、この変化を決定する次の4つの基本的要因を確認する。すなわち、

 @飼料用トウモロコシのエタノール生産への転用で減る飼料の3分の1はエタノール副産物で補える、

 Aトウモロコシ需要の増加に伴う大豆と小麦のトウモロコシへの転換で、それぞれの価格は40%、20%、17%上昇する。この程度の上昇では穀物消費は大して減少しない、

 B米国の農業輸出は、トウモロコシで62%、小麦で31%、大豆で28%、豚肉で18%、鶏肉で12%の激減、

 C米国からの輸出減少を埋め合わせるために、他の国の農民は収量がより低いためにその分多くの土地を耕作せねばならない。

 結果は、エタノール生産を560億リットルに増やすためには米国の1280万fの作物地からのトウモロコシモロシが必要になり、これは世界全体で1080万fの耕作地の追加を引き起こす というものだ。ブラジルで280万f、中国とインドで230万f、米国で220万f の追加となる。ブラジルにおける大豆とトウモロコシのそれぞれ207.2万f、83.2万fの増加、中国とインドにおけるトウモロコシのそれぞれ75.4万f、57.6万fの増加、米国におけるトウモロコシの786.4万fの増加と大豆:388.4万f、小麦:193.2万fの減少などが主要な変化である。世界全体では、トウモロコシが1260.3万f増加するのに対し、大豆は176.7万f、小麦は56.8万f減少する。

 この土地利用変化よるGHG排出量は、転換される土地のタイプ(生態系)ー森林、サバンナ、草地・・・ーにより異なるが、1990年代に耕作地に転換された各タイプの比率から、転換によるGHG排出は土壌中炭素の25%と、植物中の炭素すべてと仮定した。そうすると、1f当たりの転換排出量はCO2 換算で351トンとなる。

 土地利用変化を考慮しなければトウモロコシ・エタノールはGHGを20%削減すると見積もられるが、土地利用の変化で起きるGHG増加を相殺するには長い年月がかかる。すべてが相殺されるのは167年後、転換によるGHG排出は30年にわたりガソリンの倍 のレベルであり続ける。これは、エタノールを306億リットルにまで減らしても、ほとんど変らない。

 研究は、このような結果は、米国のエタノールでだけでなく、他のバイオ燃料でも予想されるという。

 この研究は、土地利用の変化を伴わない廃棄物や藻からのバイオ燃料の価値を際立たせることになるが、非生産的な土地で十分な原料を生産する能力があるかどうか疑問が残るとも言う。


 GHG排出増加や自然破壊を招く森林・泥炭地・草地などのバイオ燃料原料生産用地への転換は、すでに多くのNGO等の強い批判に曝されてきた。そのために、ブラジル政府は、サトウキビ栽培はアマゾンの風土に不適で、森林破壊の批判は当たらないと抗弁、マレーシア政府は、オイルパーム・プランテーション造成のための森林破壊は 許していないなどと懸命に防戦している。EUは、義務的利用目標の廃止の要求には応じることなく、代わりにGHG削減効果が35%以上のバイオ燃料のみを目標を満たすためのバイオ燃料として認めるとともに、多量の炭素を貯留する土地(一定の湿地や森林)から得られる原料で作られるバイオ燃料は認めないなどとする新たな指令案2)を発表している。 


 しかし、この新たな研究は、このような”言い訳”を許さない。土地利用の変化によるGHG排出は、 森林や草地などのバイオ燃料原料用地への転換から直接起きるだけでなく、”間接的”にも起きる。従って、直接の土地利用変化に焦点を当てた環境基準ではほとんど効果はない。森林や草地から直接生産されるバイオ燃料 を禁止すれば、バイオ燃料加工者は既存作物地に依存するようになる。しかし、これは既存作物ー食料・繊維作物ー用地をバイオ燃料用に奪われた農民の新たな耕作地開拓 を促すだけだ(現に、このようにして土地を奪われた小農民による、バイオ燃料のためではない、自活のためのアマゾンや東南アジアの熱帯雨林の違法伐採が加速している)。

 研究は、バイオ燃料のための土地転換規制の強化は、実行が困難なだけでなく、苛酷な社会的結果ももたらすと言う。この分析によると、さもなければ世界の飼料作物の10%を生み出す1280万fの転換で、世界の食肉消費は0.9%、乳製品消費は0.6%(生乳換算)減ることになる。GHG削減の”ベネフィット”はあっても、これは、ただでさえ食料・栄養不足に悩む貧しい途上国にとって決して望ましいことではない。「バイオ燃料拡大のために優良作物地を使うことは、多分、地球温暖化を激化させる。農民が現在の優良農地を食料の生産に使うときには、彼らが土地利用の変化からのGHG排出を回避するのを助けることになる」と言う。

 なお、この研究と同時に、ブラジル、東南アジア、米国における食料作物原料バイオ燃料の生産のための雨林・泥炭地・サバンナ・草地の転換が、化石燃料に代替することでもたらされるこれら燃料の年々のGHG削減量の17倍から420倍ものCO2 を放出するという新たな定量研究3)も発表された。 


 昨年のOECD持続可能な開発円卓会議議長報告によれば、米国のトウモロコシ原料エタノールやEUの菜種原料バイオディーゼルへの政府補助金は「消費者と納税者にとっての輸送エネルギーコストをほぼ倍にも増やす」ほどの規模になっている。それにもかかわらず、これらバイオ燃料のGHG排出削減効果は限られており、GHGCO2換算)排出量を1トン減らすための補助金は米国のエタノールで545ドル、EUのバイオディーゼルで340-1300ドルにもなる(これに対して、EUの排出権取引におけるトン当たり価格は、高騰が目立つ最近でも20ドル程度にすぎない)、そのうえ「森林、湿地、草地などの生態系がバイオ燃料作物に取って代えられる強力な誘因がある」と、このような補助金の廃止やそれを支えるバイオ燃料の(義務的)利用目標(設定)の廃止を勧告した(→OECDの研究 バイオ燃料補助金廃止を求める 温室効果ガス削減には非効率、生態系損傷も,07.9.11)。

 しかし、このような補助金政策は費用効率が極めて低いGHG削減策であるだでなく、わざわざGHGを増加させる政策でさえあり得ることがますます明確になってきた。諸国政府は、このような科学的事実を真摯に受け止め、「輸送燃料問題の需要サイドが、供給サイド以上に注目されるべきである」。不効率な新しい供給源を補助するよりも、歩行、自転車、自動車相乗り、エンジンの一層頻繁なチューンアップなどのほうがはるかに効率的な化石燃料節約策だ。IEAも、「エンジントランスミッションや自動車技術のすべての技術的手段が実施されれば、ガソリン車燃費の40%改善が2050年までに低コストで実現できる」というOECDの勧告に耳を傾けるべきときだ。

 今年1月の英国ロイヤル・ソサイエティーの報告4)も、「バイオ燃料の化石燃料に代替する能力には限界があり、輸送排出ガスに対処するための“特効薬”と考えるべきではない。輸送と移動需要の問題の持続可能な解決に向けての前進には、自動車やエンジンのデザイン、ハイブリッド車または燃料電池車の開発、インフラ・公共交通の支援、輸送需要の増加に取り組む都市・農村計画の改善、需要を減らし・行動の変化を促す一層特別な政策を含む、バイオ燃料と他の開発を結合した統合的アプローチが必要だ」と結論している。

 GHG削減のためのバイオ燃料促進の科学的根拠は、今や完全に崩壊している。

 1)Timothy Searchinger et al,Use of U.S. Croplands for Biofuels Increases Greenhouse Gases Through Emissions from Land Use Change,Science express,Published online February 7 2008.
 Abstract:http://www.sciencemag.org/cgi/content/abstract/1151861
 Full Text:http://www.sciencemag.org/cgi/rapidpdf/1151861.pdf

 Supporting Online Materia

 2)COM(2008) 19 final:http://ec.europa.eu/energy/climate_actions/doc/2008_res_directive_en.pdf

 3)Joseph Fargione et al,Land Clearing and the Biofuel Carbon Debt,Science express,Published online February 7 2008.
  Abstract

  Full Text:http://www.sciencemag.org/cgi/rapidpdf/1152747.pdf
  Supporting Online Materia

 4)Sustainable biofuels:prospects and challenges,Royal Society,2008.1
  http://royalsociety.org/displaypagedoc.asp?id=28632