米EPA最終ルール バイオ燃料の温室効果ガス排出量に間接的土地利用変化の影響を算入

生き残れるバイオ燃料工場は半数?

農業情報研究所(WAPIC)

10.2.4

 米国環境保護庁(EPA)が2月3日、2007年エネルギー独立・安全保障法(EISA)が設定した再生可能燃料基準(RFS、バイオ燃料の強制利用量)を満たすべきバイオ燃料のライフサイクル温室効果ガス(GHG)排出量の計算に間接的土地利用変化の影響を含めるとするRFSに関する最終ルールを発表した。

 http://www.epa.gov/otaq/renewablefuels/index.htm

 オバマ大統領は同日、アメリカのエネルギー安全保障を強化する一方、新たなクリーンエネルギー経済の基盤を建設、あわせて新たな産業と数百万の雇用を生み出すためにと、バイオ燃料促進とクリーン石炭技術の開発・普及を柱とする一連の手段を発表した。

 Moving America’s Clean Energy Economy Forward: Boost for Biofuels, Clean Coal,White House Blog,10.2.3
 http://www.whitehouse.gov/blog/2010/02/03/moving-america-s-clean-energy-economy-forward-boost-biofuels-clean-coal

 EPAのRFSに関する最終ルールの発表はこれに合わせたものだ。しかし、間接的土地利用変化の影響を計算に入れるとなれば、ただでさえ困難と見られているRFSの達成はますます困難になる。大統領にどんな成算があるのだろうか。

 RFSは、バイオ燃料利用(事実上は国内生産)を2009年の111億ガロンから2022年には、現在のトウモロコシエタノールに代わる”先進的”バイオ燃料210億ガロンを含む360億ガロンに増やすことを要求している(トウモロコシエタノールは2015年までに150万ガロンで打ち止め)。ただし、このRFSを満たすバイオ燃料は、化石燃料(ガソリン、ディーゼル)に比べての温室効果ガス(GHG)のライフサイクル排出量を、下に示すような一定比率以上削減しなければならない。

 再生可能燃料(2007年12月19日以後に建設が始まった新たな施設からの再生可能燃料、大部分は、現在大量に生産されているトウモロコシエタノール):20%

 先進的バイオ燃料(サトウキビエタノール含む):50%

 バイオディーゼル:50%

 セルロース系バイオ燃料:60%

 このライフサイクル排出量の計算にあたっての最大の問題は、米国でのバイオ燃料増産が引き起こす農産物価格の世界的上昇のために世界中で作物増産=森林や草地の農地転換が促されるという間接的な土地利用変化の影響を考慮に入れるのかどうか、入れるとすればそれをどう評価するかということであった。

 米国におけるトウモロコシエタノールの増産が穀物価格の世界的上昇につながり、それが食料輸入国や企業の大量の外国農地取得=森林・草地を潰してのトウモロコシや小麦の巨大モノカルチャー・プランテーション造成を引き起こしていることに鑑みれば、この影響は決して小さくはないし、巨大となり得る。

 従ってEPAは昨年、ライフサイクル排出量の計算にはこの間接影響も含めると断言、自ら開発した方法に従って、米国で生産されるか、今後生産・利用が拡大すると予想される主要バイオ燃料のGHG排出量を試算した(米大統領が新たなバイオ燃料促進策 トウモロコシエタノールはますます窮地に,09.5.6)。その結果は惨憺たるもの、現在主流(大部分)の天然ガスをエネルギー源とするドライミルで生産されるトウモロコシエタノールのガソリンに比べての排出量は、生産されたバイオ燃料の利用を通しての排出削減を差し引いた30年間の純排出で5%増えてしまう、100年でも16%しか減らないというものであった。大豆ディーゼルも30年で4%増加、100年でも22%しか減らない。つまり、米国の主要バイオ燃料は完全失格だ。これでは、現在の米国バイオ燃料産業は壊滅するほかない。

 この試算が発表されると、産業界は、間接影響分析の”不確実性”を理由に、この影響を計算に入れることに強く反対した。たとえば、ドライミル・トウモロコシエタノールのGHG30年純排出の61.7%は”国際的土地利用変化”(つまり間接影響)からくるというのだから、これさえ考慮に入れなければ”合格”は間違いない。アイオワのトム・ハーキン上院議員は、このためのEPAの仕事をストップさせるとまで脅しをかけた。それでも、EPAは譲らなかったわけだ。

 ただし、EPAは、間接影響の評価方法を大きく改めた。その結果、最終ルールにおいては、間接影響は大きく減った。2022年の施設で生産されるバイオ燃料の30年純排出量のガソリン・ディーゼル(2005年ベースライン)に比べての増減(%)は次の通りだ(カッコ内は”国際土地利用変化”による排出の%)。 

平均 排出量最小 排出量最大
天然ガスドライミル・トウモロコシエタノール −19.4(40.5) −45.0(38.9) −0.1(47.4)
大豆ディーゼル -56.7(102.4) -85.6(107.1) -21.6(100.0)
サトウキビエタノール(ブラジル) -61.2(10.5) -70.4(-17.2) 53.1(26.1)

  先進的なエネルギー効率的技術を使用する天然ガス・バイオマス・バイオガス燃焼施設*で作られるコーンスターチ由来エタノールも、20%以上削減の基準を満たすという。 ただ、このような施設がどれほどの割合を占めることになるのかは全然分からない。EPAは、旧来のローテク工場が新しく作られると思わないし、先進的技術のインストールなしの工場拡張がなされるとも思わないと言うが、これは希望 的観測に近い。今ある工場のほとんどすべては、このようなローテク工場だ。経済的困難のなか、どれほどの”近代化”投資が進むだろうか。

 トウモロコシエタノールの場合、蒸留かす(DGS)の乾燥工程を省くことがエネルギー効率の向上に大きく貢献する。しかし、エタノール生産の副産物であるDGSの家畜飼料としての全国・外国の市場での販売は、エタノール工場の重要な補完的収益源をなしている。湿ったままで腐敗しやすいDGSは、工場周辺の畜産農家しか使えない。DGS乾燥工程を省くことは、ただでさえ苦しいエタノール工場経営をますます苦しくし、 致命的になる恐れもある。

 まったくの憶測にすぎないが、2022年の施設が仮に排出量が最小と最大の間に均等に分布していると仮定すれば(それほど無理な仮定ではないと思うが)、ちょうど真ん中あたりの20%の削減率を境に半半に分かれることになる。 半分程度の施設は失格ということか。大豆ディーゼルについてもほぼ似たようなことが言える。評価方法を改めても、無視できない数の施設が失格を免れないかもしれない。

 *トウモロコシ油分留、トウモロコシ油抽出、膜(固形物)分離、未精製スターチ加水分解、熱電併給の諸技術のうちの二つを利用する施設、これら技術の一つを使用し・蒸留かす(DGS)の少なくとも35%をウエットのままで販売する施設。ただし、これらの技術を使用しなくても、DGSの少なくとも50%を乾燥前に販売する施設は20%基準を満たす。

 http://www.epa.gov/otaq/renewablefuels/rfs2-preamble.pdf

 GHG排出基準を満たしたとしても、RFSを実現するだけの需要があるかどうかも問題だ。金融危機以来の石油価格の落ち着きで、バイオ燃料はすっかり競争力を失っている。米国では、ガソリンの60%しかエネルギー価を持たないエタノールが、ガソリンと大した違わない価格で売られている。生産中心地の中西部でさえガソリンと競争にならない。ガソリンへの10%混合が完全実施されているのは数州にすぎない。

 それでも生産が100万ガロンほどにまで伸びてきたのは、オクタン価を上げるためのガソリン添加物・MTBE(発がん性が疑われる)の禁止が各地で続き、その代替にエタノールが使われているからだ。200919月、米国では678,000b/d1日平均バレル)のエタノールが生産されたが、うち400,000b/dMTBEの代替品として使われるものだ。ガソリン代替燃料として使われるのは278,000b/dにすぎず、エネルギー価で換算すれば、ガソリン相当で185,000b/d、ガソリン総消費(900万b/d)の2%足らずが石油代替燃料として使われるにすぎない*。石油価格が”暴騰”、それが固定しないかぎり、RFSの達成など、まったく非現実的だ。

 *Baker Institute Policy Report 43: Fundamentals of a Sustainable U.S. Biofuels Policy,January 2010.
    http://www.bakerinstitute.org/publications/EF-pub-PolicyReport43-121809.pdfます