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欧州委員会、農薬残留状況2001年報告、減らぬ農薬使用

農業情報研究所(WAPIC)

03.4.26

 4月24日、欧州委員会の食品獣医局は、EU15ヵ国とノルウェー・アイスランド・リヒテンシュタイン、計18ヵ国における食品の農薬残留状況に関する2001年度報告を発表した(Monitoring of Pesticide Residues in Products of Plant Origin in the European Union, Norway, Iceland and Liechtenstein - 2001 ReportAnnexAnnex2)。これは、欧州委員会により調整されたEU規模でのプログラムと各国が行なう国家モニタリング・プログラムの結果を示すもので、野菜・果実・穀物の4万6千のサンプルの農薬残留状況を分析している。この報告は、1996年以来、毎年出されており、6年間にわたる変化も知ることができる。

 国家モニタリング・プログラムの2001年の結果では、59%のサンプルからは残留農薬はまったく検出されなかった。しかし、農薬認可の際に定められるルール・制限に従って農薬が使用される場合に予想される安全レベルの最大限である最大限残留レベル(MRL)を超えるサンプルも、1.3%から9.1%、平均で3.9%存在した。これは規則違反に相当するわけであるが、欧州委員会は、MRLは食品中に検出される農薬残留の法的上限であり、毒物学的上限ではないから、必ずしも公衆保健の観点からの懸念を生むものではないとしている。また、18%のサンプルについて、複数の農薬の残留が認められた。これは、1999年の14%、2000年の15%より大きく増加している。野菜・果実・穀物全体での農薬残留率は、1996年以来ほとんど変わっておらず、MRL以上が残留する率は、むしろ増える傾向さえ認められそうである(1996年以来各年の残留率は3、3.4、3.3、4.3、4.5、3.9%)。

 同じ農薬と同じ品目(リンゴ、トマト、レタス、イチゴ、生食ブドウ)について検査するEU規模の特別プログラムでは、残留なしが51%、MRL以下の残留が47%、MRL以上の残留が2.2%で、個別農薬のレベルに関する明確なトレンドは認められない。最も共通に検出されるのは殺菌剤と殺虫剤で、MRL以上の残留率はレタスとイチゴで最も高い。レタスとリンゴのサンプルからは、少数ではあるが、2003年7月25日からEUでの使用が停止されるトリアゾフォス、EUで見直し中のエンドスルファン(ベンゾエビン)が検出された。

 農薬残留状況に大きな変化(減少傾向)が見られないことは、CAPが農業環境政策の拡充や食品安全・環境保全重視に大きく舵を取ったにもかかわらず、農薬使用量は減少せず、むしろ増加する傾向さえ見られることと関係するであろう。1991年と1993-1995年、一部は1992年のCAP改革による休耕措置・直接支払の変更などに反応して農薬使用量は減少した。しかし、それ以後、趨勢は逆転している。

 アジェンダ2000の改革では、生産者への直接支払を環境保護要件と関連づけ、環境要件を満たさない生産者への直接支払の減額も定められた。また、農村開発措置としては、農業環境措置・条件不利地域にかかわる多くの措置で、環境への悪影響を避ける「良好な農業慣行」の尊重が支援対象に指定される最低要件とされた。農業環境措置は、統合防除や有機農業などの促進により、既に農薬使用削減に直接的に大きな影響を与えたと言われている。果実・野菜共同市場規則の下では、有機生産や統合生産などによる農薬使用量削減も含む「良好な農業慣行」を超える環境対策を義務とする事業計画を実施するための支援が生産者集団に与えられる。このような措置の導入にもかかわらず、大勢としては農薬使用量の大きな減少傾向は見られないということになる。

 大量の農薬使用の継続は、食品の安全性の改善を妨げるだけでなく、環境汚染も重大化させる。EU最大の農業国であり、大規模集約農業が中軸をなすフランスは、依然として米国に次ぐ世界第二位の農薬使用国である。今年2月、フランス環境研究所(IFEN)は、水中の農薬に関する4回目の年次報告を発表した(Selon l'IFEN,les eaux francaise restent polluees par les pesticides,Le Monde,2.19)。2000年に3千の地点から44万のサンプルを採取、これを分析した結果であるが、河川のサンプルの90%、地下水のサンプル58%に農薬が存在した。主に、農業省が禁止したとトリアジン系の除草剤の分子が見つかり、グリフォサート、ジウロン、イソプロツロンも大量に存在した。さらに、何年も前に禁止された農薬がなお発見されている。1972年に禁止されたDDTが一定の地下水や河川水に発見され、1998年に市場から回収されたリンダンなども、低度であるが発見された。農薬が自然環境中で分解されるまでの時間は長い。環境中への蓄積は人間の健康に直接影響を与えるだけでなく、生態系を破壊・撹乱し、ひいては農業自体の持続可能性にも影響を及ぼす。

 フランス養蜂全国同盟によれば、毎年30万から40万の蜂が死ぬ。10年間で、冬季の死亡率は10%から60%に不断に上昇した。蜂蜜生産は、1995年の32万トンから、2001年には4万トンにまで落ちた。ひまわりの蜂蜜だけで、一匹当りの生産は、1995年から97年の間に75sから30sに落ちた。蜂に重大な免疫不全を起こすバイエル社の殺虫剤・ゴフォ(アドマイヤーなどの商品名もある)が主な原因ではないかとされている。この薬剤によるひまわり(種子)の処理は19991月以来禁止されたが、その後も蜂集団の衰弱は続き、最近は、蜂がトウモロコシの花を通してこの薬剤分子に曝されていることを研究が確認した。別の研究も、この殺虫剤の蜂への「生物学的悪影響」を結論し、さらにその主要活性成分が多くの作物に発見されて、人間のリスクも否定できないとしている。養蜂産業が今こうむっている被害は、農薬過剰依存農業の招来を暗示する。農民同盟は、集約農業は作物の花粉媒介者である蜜蜂を殺すことで自分が拠って立つ基盤を崩壊させているという。EUは一刻も早い実効性のある措置を迫られている。

 それにしても、農薬使用はなぜ減らないのか。違反があとを断たないのか。

 EU全体の有機農地面積(転換中を含む)は1992年の61万2千500haから2000年には394万5千haへと、10年足らずで6倍以上に増えた。しかし、それでも利用農地面積の3%にすぎない(The Agricultural situation in the European Union: 2001 report:statistics,03.3.31)。フランスの有機農地面積も近年急増、2000年から2001年にかけての1年だけで21%も増えたが、それでもなお全体の1.7%を占めるにすぎない。農薬使用の大勢に大きな影響を与えるにはほど遠い。

 「良好な農業慣行」とは、「リーゾナブル」な農業者が当該地域で従う農業基準(EC理事会規則125/99)でしかない。いわば環境や安全性に関して農業者が当然従うべき当たり前の農業方法であり、農薬に関していえばラベルに従って安全に保管し・取り扱い・使用するということにすぎない。「統合農業」は、1992年のリオ・サミットで、経済的に持続可能で、環境的・社会的に健全な農業と定義されたものであり、経営全体の農業慣行の全体的合理化を図ろうとする。それは「良好な農業慣行」を超えるものとされる。フランスでは”Agriculture raisonnee”(合理的農業、理性的農業)と呼ばれ、集約農業を棄てるつもりはないが有機農業が得たような利益に与りたいと望む農業者(団体)の強い要求に押されて認証制度を導入した。農業者は国土経営契約(CTE)を改変した持続可能契約(CAD)による助成を要求している。しかし、その基準(LE REFERENTIEL DE L'AGRICULTURE RAISONNEE )は「良好な農業慣行」をどれほど超えるものか、極めて曖昧である。ル・モンド紙は、この農業について「新しい技術の採用を禁じることのない農民の良識の再発見」と言う農民の言葉を引き、「土壌を消耗しないように一つの圃場に様々な作物を作り回す、農薬のブリキ缶を川で洗わない、動物薬は動物が病気の時にだけ使う」ことが「農民の良識」かと皮肉っている(L'agriculture raisonnee revendique son originalite,Le Monde,02.1.8)。農民同盟は「一層長期にわたって汚染するために汚染を減らす」のが統合農業だと批判している。しかし、裏を返せば、現実の農業慣行はそれほど乱れているということにほかならない。

 従って、「良好な農業慣行」であれ、「統合農業」であれ、その基準が遵守されれば違反がなくなるのはもちろん、農薬使用量も多少なりとも減るであろう。しかし、基準を遵守させるための実効ある手段はなかった。個別農場レベルでの農薬の使用状況についてのデータはほとんど集められていないし、使用量とされる数字さえも実際の使用量ではなく、販売量で代替していたにすぎない。

 交渉が進行中の新たCAP改革がこの要請に多少なりとも応えるかもしれない。それは既存措置を強化するとともに、農場監査制度も導入しようとしている。そこで基準違反が発見されれば、直接援助は停止されるか減額される。フランスのCADによる統合農業助成が実現すれば、当然ながら厳格な認証を必要とする。欧州委員会は、2002年7月、第6次環境行動計画(6EAP)の枠内で、「農薬の持続可能な使用」に関する戦略に向けて」と題する閣僚理事会・欧州議会宛て通信を採択した(Towards a Thematic Strategy on the Sustainable Use of Pesticides)。現在、広範な関係者の論議に付されており、来年には正式採択が予想される。

 農薬使用量はその毒性や環境影響の程度と直接結びつくわけではない。毒性や環境影響がより少ない農薬が開発されてきたことも確かである。しかし、全体としての傾向はどうなっているのか、それをはっきりさせるデータはないし、分解されずに長期にわたって環境中に残留することへの恐れも強い。消費者・市民は農薬使用の可能な限りの削減を要求しているし、食品中の残留には特に敏感である。EUの新たな措置がこのような社会の期待にどれほど応えることになるのか、今後を注意して見守りたい。