厚労省、国際カドミ食品残留基準の緩和を要求へ

農業情報研究所

03.11.26

 厚労省は9日、食品に含まれるカドミウムに関する国際基準への対応を決めるために薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会食品規格部会を開くが、7日付の毎日新聞インターネット版(汚染米国際基準案、厚労省「引き下げ」要求へ)が伝えるところによると、同省は、コメのの残留基準を「0.2ppm(1キロ当たり0.2ミリグラム)以下」とするなど、厳しい基準案を示しているコーデックス委員会(国際食品規格を決めるWHO・FAOに属する国際機関。そこで合意される基準は、ある国・地域の基準がルール違反の貿易障壁にあたるかどうかをWTOが判定する基準となることで、事実上、強制力をもつようになっている)に、基準値引き上げ求める修正案を提出する方針を固めたという。当所はこの事実を確認できていないので、事実ではなく、この報道の「リスクコミュニケーション」としての価値を伝えることを目的に、この問題に触れることにした。

 わが国では現在、米の残留基準を1ppm未満に設定、これを超える米は農家から買上げて焼却している。また、農水省は0.4ppm以上の米を「準汚染米」として買上げ、工業用原料に回している。しかし、コーデックス委員会は、米の残留基準を0.2ppmとし、わか国で基準がない大豆や野菜、水産物にも基準を設ける案を作り、今月15日までに関係国が意見を提出するように求めている。厚労省は、次のような修正を求めるという(単位:ppm、カッコ内は日本に適用した場合に基準値を超えることになる当該品目食品の比率=違反率:%)。

品目

コーデックス案 厚労省案

   0.2(3.3)

0.4(0.3)

大豆

0.2(16.7)

0.5(0.6)

サトイモ

0.1(11.0)

0.3(0.5)

ニンニク

0.05(29.5)

0.2(0)

オクラ

0.05(25.0)

0.2(0.7)

トマト

設定せず

0.05(0)

 コーデックス委員会の基準案が採択されれば、カドミウム残留が多い日本の農産物の生産への影響が大きすぎるというのが修正を要求する理由のようである。実際、上の表の数字が正しいとすれば、米、大豆、サトイモ、ニンニク、オクラの生産には大打撃である。これを避けるために、同時掲載の「毎日」の別の記事(基準引き下げ要求、背景に農産物生産への影響)は、厚労省が「日本人の食生活で、カドミウムの摂取量の国際基準(体重1キロ当たり週7マイクログラム)を上回らない範囲で修正案を作った」のだという。

 ただし、「この推定に使用した基礎データには不確定な要素も多い」と指摘する。また、コーデックス委員会案の米の基準(0.2ppm)さえ、健康影響の面からすれば甘いこともあり得る。千葉大医学部の能川浩二教授(衛生学)等は、イタイイタイ病が発生した富山・石川県の鉱山下流のカドミウム汚染地域での大規模な調査により、食べている米のカドミウム濃度が0.1ppmを超えると腎臓に障害が出る率が高くなることを確認している。この記事もこの研究の存在を指摘している。

 この記事が指摘する最後の二点は、本来ならば厚労省が自ら指摘すべきことである。消費者にリスク評価とリスク管理が適正かどうかの判断の手段を与え、また商品購入に際の適切と思われる選択の手段を与えるためには、このようなリスクコミュニケーションが不可欠だ。単に農産物生産への影響が大きすぎる、修正によっても摂取量の国際基準を超えることはないというだけでは消費者は納得できない。この二点を知って消費者の不安が収まるわけではない。しかし、不安を鎮めるためのさらなる情報、場合によっては基準の見直しも要求できる。その道が封じられれば、不安が「風評」として広がるだけだ。

 欧州委員会は今月4-5日、「リスク・パーセプション(リスクの受け止めかた):科学・市民論議・政策形成」と題するEU会議を開いた。それに先立ち、バーン食品安全担当委員は、「私は、私自身の経験から、政治家と科学専門家がリスクについてメディアに話すときに出会う困難を知っている」、政治家や専門家がバランスのとれた方法で「事実」を話しているのは確かなのに、市民やメディアは過剰反応すると嘆いている(David Byrne, Renate Künast and Miguel Arias Cañete to open EU conference on risk perception,03.11.27)。しかし、それは当然のことだ。ここにいう「事実」とは、「科学的」に確証された(と政治家や専門家が信じる)事実だけである。相当な根拠はあっても不確定な事実は無視するか、軽視する。この会議の本番の冒頭、バーン委員は、ヨーロッパ人は食品安全の見方を恐怖ではなく科学に基づいて決めねばならない、遺伝子組み換え(GM)製品は安全であることを示す科学的証拠にもかかわらず、この問題をめぐって「集団ノイローゼ」にかかっていると「EU市民」を批判した(SPEECH/03/593 David BYRNE European Commissioner for Health and Consumer Protection "Irrational Fears or Legitimate Concerns" - Risk Perception in Perspective Risk Perception: Science, Public Debate and Policy Making Conference Brussels, 4 December 2003)。

 これだからこそ「困難に出会う」のだ。丸ごとの食品が「安全」と証明する科学は存在しない。それは、長い間食べつづけてきた人間が「実感」するものだ。それなのにGM食品は安全だという科学的証拠があるという。食品中に含まれる添加物や残留物質がどれほどであれば安全かについては、科学は一定の判断を下すことはできる。しかし、多くの場合、確たる証拠は提出できていない。問題は市民やメディアによりも、このような不確定な要素を無視・軽視する、あるいはこのような不確定な要素があることをまったく伝えない「リスクコミュニケ―ション」の方にある。

 わが国農水省も、11日に「食のリスクコミュニケーション意見交換会」を広島で開くという。近頃のマスコミには、基礎知識さえ欠いてとんでもない「ミスリード」をする報道や主張が目立つ。そのようなものは論外として、今回の「メディア」の報道はリスクコミュニケーションの一つの模範例と受け止めることができるだろうか。逆に、いたずらに不安を掻き立てる悪しき例と受け止められるのだろうか。

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