英国土壌協会 牛肉残留成長ホルモンの新たなリスクで警告 検査強化も要求

農業情報研究所(WAPIC)

06.7.4

 先般、EU検査官がブラジルの畜産農場にEUが禁止している獣医薬やホルモンが存在していることを発見したと伝えたが(ブラジルの獣医薬・農薬利用は野放し 食品残留基準も満たさない恐れーEU監視報告,06.6.30)、この発見を受け、英国有機農業団体・土壌協会(Soil Assosiation)が7月3日、2005年以来まったく実施されていない輸入牛肉中のホルモンの検査を即時再導入するように要求した。同時に、少数意見は最終的結論では取り上げないという獣医製品委員会(VPC)を律するルールの緊急の見直しも要求した。

 Expert’s concerns over sexual abnormalities and cancer from beef hormones blocked,06.7.3

 EUは1988年に、動物の成長を促進するとして広く使われてきた6種の成長ホルモン(エストラジオール17β、テストステローン、プロゲステローン、ゼラノール、トレンボローン・アセテート、メレンゲストロール・アセテート)のEU諸国での使用を禁止した。同時に、これらホルモンを与えられた牛からの牛肉の輸入も禁止した。

 しかし、米国とカナダは、禁止は科学的根拠はなく、違法な貿易障壁に当たるとしてWTOに訴えた。WTO紛争処理委員会(パネル)は1997年、米加の主張を認め、この禁止措置は衛生植物検疫(SPS)協定に違反とする裁定を下した。EUはこれを不服とし控訴、WTO控訴機関は1998年に、パネルのほとんどの事実認定を廃棄したが、このような禁止は人間の健康に対するリスクに直接関連するアセスメントに基づかねばならないという要件に合致しないとパネルの結論そのものは支持した。

 そこで、EUはこれら成長促進ホルモンを与えられた牛からの牛肉と牛肉製品の残留ホルモンから生じる人間の健康へのリスクの追加評価を行った。1999年と2002までの間に出された評価結果は、6つのホルモンのどれについても1日当たりの許容摂取量は設定できない、エストラジオール17については完全な発癌性が認められ、利用可能なデータではリスクの数量的評価はできないというものであった。

 このような評価結果に基づき、03年には新たなホルモン指令を採択、エストラジオール−17βの永久禁止、その他の5種のホルモンについては一層完全な科学的情報が得られるまでの暫定禁止を決めた。米加の制裁にもかかわらず、現在でもこのような禁止が続いている。

 ところが、英国ブレア政府は禁止解除を求める米国のブッシュ政府の立場に擦り寄っている。そしてVTCも、禁止解除を認める報告を今週中にもリスク管理機関である環境食料農村省(DEFRA)に提出する予想されている。土壌協会によると、その報告は、多くの不確実性はあるものの、「現在利用できる証拠の多くは、[ホルモンで処置された]動物からの肉の中のホルモン活性物質への人間の暴露のありそうなレベルは測定可能な生理的影響をもたらすには十分でないことを示唆する」と結論しているという。

 消費者代表委員・John Verrallは報告の結論に異論を唱え、報告発表前に最近の科学的証拠を再検討するように要求した。

 最近のオランダの研究は、以前は安全と考えられていた食品中のホルモンのほんの僅かなレベルでも人間に深刻な健康影響をもたらし得ることを示している。現在使われれている残留ホルモンの安全レベルは、200倍も高く評価されている。ホルモンを与えられた牛からの牛肉中のエストラジオール−17βのレベルは、ホルモンを与えられなかった牛からの牛肉中のレベルの5倍になる。これは、男児の生殖器異常発生を増加させ、少女の成熟年齢を引き下げ、後の生涯における乳癌、睾丸癌、前立腺癌、その他いくつかの癌のリスクを増すに十分なレベルだという(*)。

 *Daily Mailによると、ホルモン牛肉を食べるためとは誰も証明していないが、米国の子供では早熟化が着実に進んでおり、乳癌、前立腺癌はヨーロッパよりも米国の方がはるかに多い(Beef scandal shows it's time to put public health over profits,Daily Mail,7.4

 さらに、食品基準庁(FSA)は、なお未完の研究により、ゼラノールも遺伝毒性(変異原性)を持ち得ることが示されていることに懸念を抱いている。

 それにもかかわらず、VTCは、少数意見は政府に伝えないというルールに従って、Verrallの異論は最終報告に盛り込まないことに決めたのだという。

 EUの立場が変わらず、新たなリスクの証拠も現れるなかで、英国政府は、また科学委員会は、何故禁止解除を急ぐのだろうか。先のDaily Mailによると、英国獣医学協会は、ホルモン利用で利益を受けるのは牛肉産業だけだ、消費者には、また動物にとってさえ、何の利益もない、しかも危険の証拠は増え続けていると言う。狂牛病の人間への感染のリスクを否定し続けたかつての政府や科学委員会の産業の利益を最優先する姿勢が浮かび上がる。

 なお、検査については、英国産牛肉は毎年2500のサンプルが6つのホルモンの残留検査を受けているが、輸入牛肉についてはゼラノールとトレンボローンの検査しか行われず、最も懸念されるエストラジオール−17βの検査はまったく行われていない。しかも、2005年には、いかなるホルモンの残留も検査されておらず、2006年にも検査される予定がないという。政府が負担する輸入牛肉の検査費用が大規模な予算削減の犠牲になったように見えるという(国産牛肉の検査費用は牛肉生産者が負担)。

 この問題は、日本の消費者も対岸の火事として見過ごすわけにはいかない。米国産牛肉については専ら狂牛病のリスクに関心が集中してきたが、ホルモン牛肉の問題にも関心を向けねばならない。そのリスクは、それだけでも米国産牛肉輸入禁止の理由になり得るほどに大きいように見える。食品安全委員会も牛肉残留ホルモンのリスクの早急な見直しに取りかかるべきだ。