農業情報研究所

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ウォルデン・ベローの東京WTOミニ閣僚会議報告

農業情報研究所(WAPIC)

03.2.28

 タイに本拠を置くNGO・「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」(Focus on the Global South(注)の代表であり、フィリピン大学の社会学教授でもあるウォルデン・ベロー(Walden Bello)が、東京で今月開かれたWTOミニ閣僚会議について報告している(From Tokyo with Love,02.2.17)。これを若干補整した記事もフィリピンの"INQ7.net"に'WTO Mini-minsterial:Stalemate in Tokyo(2.25)'と題して転載されている。それは、東京会議における最大の議題となった目下のWTO農業交渉、とりわけ3月末までの決定が迫られているその基本的枠組(モダリティー)の第一次議長(ハービンソン)案で途上国の関心がほとんど無視されていること、決定過程の透明性が問題にもされていないことを批判するとともに、東京会議とこれをめぐる外部の運動がこれらの問題を含むWTO新ラウンド交渉の諸分野が抱える問題を公衆の目に広くさらすのに失敗したことを指摘、その責任の多くが日本の農業団体の指導者に帰せられると言う。また、農業交渉において、日本の農業はEUの農業とは基本的に異なるにもかかわらず、日本がEUと同盟を結んでいることを訝り、日本の農民の真の利益は、安値輸出(ダンピング)に対して共同戦線を張る途上国小農民との同盟にあるとも指摘する。これは、多くの日本の関係者の反発を呼ぶであろう。しかし、国内発、狭いグループ内発の情報だけでは、日本人の思考と行動の枠組みは固定化され、発展の契機を失う。それはいずれ大きな損失となって帰ってくるであろう。そのように考え、恐らくは耳の痛いこの報告を紹介することにした。なお、彼は、東京「ミニ閣僚会議」の「観察者」として東京を訪れた。

 ベローは、まず、目下の「世界の注目は中東での差し迫った戦争に集まっているが、人々の目を離れたところで別のドラマ−今年9月、メキシコのカンクンで開かれるWTO閣僚会合への助走−が始まっている」と、WTO新ラウンドの現段階の重要性を強調する。

 途上国の関心を脇に寄せたハービンソン案

 彼が取り上げる第一の問題は、農業交渉、特にハービンソン案が途上国の関心を無視していることである。

 ハービンソン案は、日本の大島農相が農産物関税の大幅削減を提案しているからと拒否を表明し、EUも補助金の大幅削減や廃止(輸出補助金)の提案のために「アンバランス」だと攻撃したことから、会議が始まる前からも、東京会議のトップ議題に踊り出た。日本もEUも、このペーパーは米国だけが交渉の勝者になることを保証すると非難した。ペローは、この農産物輸出の巨人の間での戦いを前に、途上国の関心はすっかりかすんでしまったと言う。

 ハービンソン案は、「フォーカス・オン・ザ・グローバル・サウス」のアナリスト・アイリーン・クワ(Aileen Kwa)が指摘するように、EUと米国の補助金が、今や、大部分が「グリーン・ボックス」、すなわち直接または間接的に貿易を歪曲する農業関係者への大量の直接支払を含む[削減を]免除される補助金のリストに移されるという途上国の恐れに取り組んでいない。ハービンソン草案は、また、先進国により補助された作物への関税を補助に相当する額だけ引き上げることを途上国に許す相殺メカニズムを求めるアルゼンチンとフィリピン(どちらも東京会合に招かれなかった)の提案を完全に無視した。その代わり、途上国は、豊かな農産物輸出国が維持する補助金とは何の関係もなく、120%以上の関税は40%、20%から120%の間の関税は33%削減すべきとされた。さらに、それは、途上国農業部門対して、構造的理由−異なる農業発展のレベルと条件による−で大きな保護を与える「特別かつ異なる待遇」の原則を途上国に適用する意味のある勧告は何一つ含んでいない。

 彼は、「ハービンソン案は、基本的には、EU・米国・オーストラリア・カナダの間の独占的競争の条件を若干変える一方で、彼らが相戦う途上国市場の保護的障壁の除去を加速することを提案している」と批判する。

無視された透明性問題

 第二の問題は、問題の核心である決定過程の透明性の問題が無視されたことである。

 「ミニ閣僚会合」には、WTOの機構のなかに法的根拠がない。誰が招かれるのか、誰が訪れるのか、参加政府が何故招かれたのか、これらの問いへの答はない。それこそ、多くの途上国がこの制度の廃止を要求してきた理由であると言う。

 ミニ閣僚会合の透明性とその合法性に関する懸念は、それに参加したインドを含む22の政府の代表者が問題にもしなかったようである。これは、アタック・ジャパン、日本消費者連盟、その他の市民社会組織が2月14日に主催した市民社会集会で中心問題となり、日本におけるWTOに関する組織能力の大きさを示しはしたが、英語新聞の非常に短い間接的言及と日本のNHKテレビの一つの短いスポット・ニュースで報じられただけである。ペローは、このように、問題が滅多に報道されないことがこの事態の大きな原因であろうと言う。

 ミニ閣僚会合では、別の問題、特に公衆保健のために知的財産権の貿易関連側面協定(TRIPs)を無効にするドーハ宣言条項をめぐる問題も議論された。米国政府は、公衆保健が特許権に優先される病気の範囲を厳格に制限するその立場を後退させることはなかった。国境なき医師団、アフリカ・ジャパン・フォーラム、オックスファム・インタナショナルのようなNGOは、決定的に重要な薬の強制ライセンスを「国家的緊急事態またはその他の極度の緊急性」に限定するTRIPs理事会の最近の勧告(明らかに米国により鼓吹された)を拒否するように参加政府に訴えた。彼らは、ドーハ閣僚宣言には、TRIPsの無効化を「国家的緊急事態」に制限するとなど何も触れていないと指摘した。

筋書きの決まった会見

 ペロー等には、2月15日、これらを含めた様々な問題で、日本の川口外相の話を聞く機会があった。ところが、帝国ホテルの会議室に招き入れられて10分後、藤崎副大臣に外相から「スケジュールが厳しい」からと欠席の電話が入った。彼は、これはすべて川口・藤崎の筋書きだったと強く感じたと言う。やむなく、TRIPsや会議の透明性の問題は脇に置き、副大臣を相手に、途上国が強く懸念し、日本が強硬に主張を続ける「投資」に関する外国企業への「内国民待遇と最恵国待遇」の適用の問題を取り上げたが、丁寧に話を聞いた後の副大臣のコメントは、ミニ閣僚会合は「非公式会合」である、投資に関する日本の立場は他の国も共有しているの二言だけであったという。

東京会議は議論を公衆の目にさらすのに失敗

 ペローは、シドニーでのミニ閣僚会合に比べ、東京での会合は、議論を公衆の目にさらすという点で明らかに失敗したと指摘し、その責任の多くは、日本の農業者団体、特に全中の指導者に帰せられると断言している。2月15日の朝、全中が組織したデモは、参加者が2千人足らずというペローにとっては惨めなもので、WTOをめぐる世論の動員力の弱さを示していると言う。

 第一に、デモの前の日比谷公園集会での15人ほどの演説者は、TRIPs、非透明性、投資に関する日本の立場のような農業以外の問題についてはほのめかすことさえなかった。彼の目には、主催者は、日本の農民の苦闘を、他の、特に若い有権者に広く伝えるのではなく、WTOの問題を農業に限定しようとしているように見えたと言う。

 第二に、集会のテーマは、日本政府とEUに対する日本農民の支持を示すことにあった。農業は工業と同じではない、それは環境を保護し、改善するなどと小農民保護の必要性が叫ばれた。しかし、日本とEUの同盟の維持のために、日本の農業とEUの農業は基本的に異なることは語られなかった。彼によれば、日本は農産物輸出国ではなく、農民が、ただ生き残ろうとし、社会の他のグループとの有機的つながりを維持しようとしている国である。EUは、その補助された生産物が途上国全体の小農民に大混乱を引き起こしている大量の農産物輸出国である。彼は、「日本農民の真の利益は、大規模なEUの利害とブリュッセルの農業テクノクラートではなく、ダンピングに反対する共同戦線で途上国の小農民と同盟することにある」と言う。

 デモの大詰め、農民以外の市民組織も行進に加わったが、カメラから遠い最後尾に回された。ともあれ、行進は、午後1時まで、日本農民と政府は一体であることを他の21の政府に示すという全中と日本政府の目的に奉仕した。行進は突然終わりを告げ、大部分の参加者が大急ぎでバスに乗り、帰途についた。ある参加者は、「彼らは主催者に言われてやってきた。恐らく、去年は彼らの隣りの者が来ただろう。今度は彼らの順番だった」と言う。

 ペローは、このように、日本の農民、市民の行動に大きな失望感を表明している。しかし、農業がWTOの「アキレス腱」になり得ることは「グッド・ニュース」だと言う。それは、9月に予定されているメキシコ・カンクンでのWTO閣僚会合をシアトルの二の舞にさせる可能性があるからである。しかし、東京での抗議の弱さは「バッド・ニュース」と言う。2002年11月のシドニーでのミニ閣僚会合の際の巨大な抗議は、非合法な会議をある程度食い止めたが、それが復活することになろうからである。

 ペローの議論や彼が報告する事実には、大いに異論があるだろう。しかし、WTOの決定過程が、その決定によって生活に巨大な影響を受ける市民・農民の手から遠く離れていることに対する彼の危機感は、深く受け入れる必要があるように思われる。

 (注)ペロー等が1995年に組織したNGOで、草の根レベルと国家的・世界的レベルの発展の関連を明確にし、適切なものとすることを目指し、主として調査・研究活動を行なっている。最近、本文中にも出てくるアイリーン・クワの手になる”Power Politics in the WTO(03.1)”を刊行したが、それは、とりわけWTOの決定過程の透明化・民主化の重要性を強調している。